第4話:先輩美女たちと話し合う、4P?
(あああっ! 今朝もラブリーなあの7番席が、あいつに占領されてる……)
リサはまた前回より数分早く来たはずなのに、今朝も例のネイビースーツの若い爽やか男子が、リサのお気に入りの7番テーブルで仕事の準備をしている。まただよ。
早朝6時台のファミレスはいつもガラガラ。ガラス張りでどのボックス席も明るくていい席なんだけど、7番席だけは壁に囲まれた角席で、手元のこっ恥ずかしい作業も見られないし、とにかく集中できる神席だ。なんと言ってもドリンクバーに近い。トイレはちょっと遠いけど、この席しか勝たんのよ。
早起きして来て通学時間までノーパソと戯れるリサの推し席だったのに、最近はこの若い会社員が早く来て陣取ってる。今日はベルギーチョコバナナパフェを食べてる。そしてまたも、お冷だけ。
(ドリンクバー使わないなら、別の席を使ってよっ。てか、そんな豪華なチョコパフェをお食べになってるのに、なんでお冷だよ。コーヒーとか一緒に嗜めよ。チョコとコーヒーのマリアージュを楽しみたまえよ)
リサは心の中で文句を言いながら、明らかなるあてつけで左隣りの8番席にドサリと座る。7番席は広い4人席。8番席は小さな2人席。パソコンとトレイ置いたらもう満員過密状態。でも無言の抗議のためだけに座ってる。睥睨戦術。でも彼は手元のお仕事に集中していらして、こっちを全く気にしてない。空気かよ私。
でも、ムカついているのは7番席を取られてることだけ。彼はなかなかスーツも小綺麗、ヘアスタイルもさっぱりショート、姿勢もいいし食べ方もなんかスマート。スイーツ美味しそうに食べる。分けてほしい。そんなに変な音も立てない。イケメンとは言わないがにこやかスマイル青年で、清潔感もあって好感は持てる。うちのネクラムッツリスケベな兄やガサツガッツリスケベの父らとは違って、爽やかな清涼感はあるんだよね。なんで私はこんな月旦評をやってんだ毎回。許劭きょしょうか。
QRコードで注文を済ませる。朝5時から10時までのモーニングメニューは全品ドリバ付き。いつもの玉子雑炊セットにした。299円だもん。銀鮭と明太子の和定食セットは639円だからその半額以下。和定食の「おふくろの味」っていうキャッチコピーは、やっぱり気になってるんだけどね。
ドリンクバーに行って、カフェラテを注いで持ってくる。カプチーノにすればよかったかな。カフェオレもあるんだここ。実はコーヒーのことはよく分からない。以前にエスプレッソってのを選んだら苦くて死んだので、そこは注意してる。きっとエスプかレッソか、どちらかが苦いって意味なのだろう。調べたら違った。エスプレッソはイタリア語で「急速」「急行」っていう意味なんだって。高速で抽出するからか。うん、なんでカフェラテを飲みながらエスプレッソを検索しているのか、っていう疑問は私もいま思ったよ。
唇についたカフェラテを親指でかっこよく拭って、まあ結局その指を紙ナフキンで拭って、リサは7番席の男性のテーブルをチラ見して笑みを浮かべる。
(ふっふっふ。爽やかリーマンくん。キミはその7番席を最高の秘密スペースと思っているようだけど、キミの秘密はすでに「リサーチリサっち」の私によって突き止められているのだよ。キミの名前がカイくんってことも、「めぐ」がキミのネカマアカウントだってこともね)
リサはノーパソに映るSNS画面を見ながら、心の中でつぶやく。この情報戦に勝ったという優越感。そもそも情報戦などないが。
リサは気になったら何でも調べちゃう。特定班級のリサーチ力で、気になるアイドルのSNSのプライベートで行った店もすぐ見つけるし、韓流ドラマのどうでもいい野外シーンのロケ地まで突き止めちゃう。なんなら、いま窓の向こうに高く目立って見えている一流企業ロックテムズの本社ビルの竣工年度だってすぐ検索で分かる。いつ使う知識だよ。でも、情報に行き着いて新しいことを知る行為が楽しいだけなのだ。
7番席の彼の本名は「調所 廻」だということも分かっている。リサは「シラベドコロ カイ」って呼んでいるけど、苗字の調所は「ずしょ」と読むらしい。薩摩藩にそういう苗字の家老がいたらしく。調べているうちになぜか薩摩藩のことにも詳しくなっちゃった。そういえば大河ドラマとかで幕末の話をよく見るのに、薩摩藩のことは大して知らなかった。郷中ごじゅうシステムすごいな。示現流も気になる。
いや、まあ彼が鹿児島県出身かどうかは知らないけど。調べたら、鹿児島県よりも宮崎県に多い苗字らしいから、宮崎県出身かもしれない。どげんかせんといかん人生かもしれない。チキン南蛮で育ったのかもしれない。
リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。二つ名は「リサーチリサっち」。リサーチャーとしては最強の名前だから、「シラベドコロ カイ」というのはちょっと癪にさわる。雲藤ウンドウさんという女性と結婚して「ウンドウ カイ」という名前にでもなるといい。『ハイスクール奇面組』に出てきた名前のような気もするが、きっと運動会の時期には注目を集めることだろう。まあそれで運動神経が悪い奴なら、逆に地獄の期間だろうけど。
本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。スイーツ優雅男子の皮を被った変態ネカマというわけだ。ご両親が泣くぞ。ご両親離婚したらあんたのせいだよ。親は泣かしちゃだめよ。
夢野ゆめの先輩という超絶美人の同僚がいることもSNSで分かってる。顔までは写してないけど、たまにスタイルの良いパンツスーツ姿の写真がアップされる。女性の身体を撮ってんじゃないよ。ピースしてくれてるけど、絶対イヤがってるからなそれ。かわいい後輩のために仕方なく写ってんだよ。かわいい後輩つっても、その正体はムッツリ変態ネカマですからね、夢野さん気をつけて。
彼がテーブルの上で開くPCにも同じSNSが表示されている。虫眼鏡と書籍が重なったアイコン。そこに彼がキーボードで何か入力を始めた。最新の投稿だな、どれどれ。
めぐ『Yノ先輩たちと今までの4Pについて話し合う。もう以前の4Pの形は、見直さなければならない時期かもしれない。あれだけ有能なYノ先輩も、今までの4Pでは物足りなくなってきているようだ。4Pは奥深いなー」
キタ━━(゚∀゚)━━!!。案の定かまちょ野郎が、新しい投稿をしてくれてる。なになに、Yノ先輩すなわち夢野先輩との……話し合い……。リサの顔が妙に赤らむ。
(今までの4Pについて話し合う……って、今まで4Pだったの!? いや、4Pが何かっていうのは知らないっていうか……、まあ純粋に、ラノベ作品とかで見る例のアレだよね……。でも「4Pの形は見直さなければならない」って。何の形を見直すのよ。ポーズ的なやつ? 男女比? 男女比なの? 2Pじゃ足りないの? か弱い夢野先輩を、カイくんら3人の屈強な男たちが……、でもカイくん、全然屈強じゃなくない? えっ、もしや、カイくんが夢野先輩たち3人の先輩肉食女子たちからあわあわわわわわ……。
いや落ち着け……。夢野先輩は有能だって書いてるし。そんな卑猥方面の話じゃないはずだ。誰だよ卑猥な発想する奴。あ、Pって言ったら、ほら、バスケで3Pシュートとかあるじゃん。4ポイント入るといえば……野球の満塁ホームランとか? でも「今までの4Pでは物足りなくなってきている」って書いてるし……。ホームランはどう話し合っても4点までにしかならなくない? 物足りない4Pって何なの? 5Pになっちゃう話なの? 五塁打?
いやいや、だから落ち着け私。Pと言ったって、もっといろんな単語があるはずだよね。ピコとか、ページとか。そう、ページ! 4Pだから4ページ。薄っ。たった4ページのペラッペラ文書についての話し合いはしないか。
ポアズかな。粘着質ネカマめぐっぺに相応しい、粘度の単位の。 いや、もっと日常に即したPの単位があるはずよね。
そうだ、予算とかの話なら、通貨単位かも。チームの予算が4Pだったら物足りないっていう話なのかな。Pの通貨単位って……? ペソとか? 4ペソっていくらよ。調べちゃおう。4フィリピンペソは今……、10.31円。少なっ! ペソじゃなくて、パタカなのか? えっと4マカオ・パタカは……、70.93円。ちょっと増えた! いや何喜んでんの。
他にPで始まる英単語と言えば……パピプペポ……、パーソン! パーソンがあるじゃない。えっと、4パーソンだから……、って結局4人のやつの話じゃん! フォーサムじゃんか。
もう、夢野先輩はその4P界隈にいて大丈夫なのっ。粘着キモキモめぐっぺたちから夢野先輩を救えるのは、私しかいないの?
それにしても、カイのヤロー。「4Pは奥深いなー」じゃねーわ。深刻さゼロかっ。一回捕まれ。その上で、パフェが来てもミントの葉っぱの代わりにパクチー大量に載せられちゃうの刑に処せられるがよいよ)
リサの妄想洞察が止まらない。
気になったことは何でも調べちゃう。リサの秒で行動する意識は見習うべき良いところ。でも、情報に辿り着いたら途端に妄想が暴走して、調査がそこまでになっちゃうという欠点がある。だから今朝も、ただ一人で顔を赤らめて妄想してただけ。
そうこうしてると通学時間がやってきた。リサは我に返る。モーニングセットの玉子雑炊を慌ててかき込んで、小皿のたくわんもちゃんと食べて、お会計へと立つ。飲み放題のドリンクバーなのに、カフェラテ1杯しか飲めてない。もっとジンジャーエールとか飲みたかった。
彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。4Pとは、マーケティングミックス戦略で用いる、プロダクト(製品)・プライス(価格)・プレイス(流通)・プロモーション(販促)の頭文字をとって表したビジネス用語であることに。結局その年の大学の授業で習うことになるのだけれど。
そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗る「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。
■リサが帰宅後に学んだビジネス用語
「4P」
マーケティング戦略を考える上でのフレームワークで、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、広告宣伝(Promotion)の4つの頭文字をまとめたもの。
<第5話へつづく>
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