第3話：先輩美女に教わる、デューデリ！？
（あああっ！ 今朝もこいつが先に、私の愛する7番席取ってる！ ぐぬぬ）
リサは昨日より数分早く来てみたけど、今朝も例のネイビースーツの若い爽やかリーマンが、リサのお気に入りの7番テーブルでお仕事の準備をしている。
早朝6時台のファミレスはガラガラだ。空いている席は貸切かってほどめっちゃあるのに、7番席は壁に囲まれた角席で集中して作業できる。ドリンクバーにも近い。この席しか勝たん。早起きして来て通学時間までノーパソと戯れるリサの特等席だったのに、最近はこの若い会社員が早く来て座ってて、ホント闇落ち状態。今日はイチゴのソースがかかったベイクドチーズケーキなんか食べてる。そしてお冷だけ。
（ドリンクバーを使わないなら、他の席に行ってよっ。私に7番席をくれっ。家には居場所なくて居づらいんだから、ファミレスぐらいは好みの居場所にいたいのよ。あと、朝に食べてるのは別にパフェオンリーってわけじゃないの？ チーズケーキて。かわいいなオイ）
リサは心の中で恨み節を叫びながら、完全あてつけで左隣りの8番席にドサリと座る。7番席は4人席の広いテーブル。8番席は2人席の小さなテーブル。無言のプレッシャーディフェンスのためだけに座ってる。いやこっちはむしろプレッシャーオフェンスよ。でも彼は手元のお仕事に集中してて、全く気にならないようだ。何よこの人。私が現代の赤毛のアンなら、この7番席ギルバートの頭上にiPadクラッシュを叩き込んでるかもしれない。今日もネイビースーツて、うちのお父さんの一張羅か。
まあ、わざわざ7番席を使っていること以外は、それほど不平はない。スーツ姿も小綺麗だし、ヘアスタイルもさっぱり短髪だし、イケメンとは言わないがあどけない童顔で、清潔感もあるフツメンちょい上で好感は持てる。背筋の姿勢はいいし、スイーツ美味しそうに食べるし、そんなに変な音も立てないし、物静かな感じ。美容室行ったらよく当たる、やたら馴れ馴れしくつまらない話を延々しやがって、しまいにゃ他の業界の経験もねえくせに説教垂れてくるカリスマ気取りのチャラ美容師よりは百八倍マシだ。黙ってもらってその会話分の労力の料金引けやって思う。
ドリバ付きのモーニングセットを、テーブル上のQRコードを使ってスマホでオーダー。この店はフリーWi-Fiがあるから好き。QRコードでの注文強いるくせにWi-Fiない店がちょくちょくある。お客の通信料金にタダ乗り便乗してくんなよ潰れろって思っちゃう。
ドリンクバーに行って、今朝はオレンジジュースを選ぶ。ちゃんとグラスをマシーンの定位置にセットしたのに、なぜか原液が分離してグラスからはみ出して、うっすいジュースになっちゃってる。この機械たまにこういう調子の悪い萎えぽよな時がある。全部ひっくるめて7番席のあいつが悪いんだ、きっと。スイーツ食べすぎて糖尿病にならないでよね。糖尿病はマジできついから。自分も周囲も。
オレンジジュースを入れ直して持ってきたリサは、一口飲んで喉の渇きを蜜柑色に癒すと、7番席の男性のテーブルをチラ見して笑みを浮かべる。
（ふっふっふ。キミはその7番席を最高の秘密基地と思っているようだけど、キミの秘密はすでに「リサーチリサっち」の私にはバレバレなのだよ。キミの名前がカイくんってことも、「めぐ」がキミのキモネカマアカウントだってこともね）
リサはノーパソに映ったSNS画面を見ながら、心の内でつぶやく。ボロくて画面が割れててなぜか背面に変な虎の絵のシールが入っている謎センスなPCを前に、謎の優越感で不敵な笑みが浮かぶ。
リサは気になったら何でも調べちゃう。特定班級のリサーチ力で、ムカついたバイト先の先輩の裏垢だろうが、セレブのフリして配信するライバーの瞳の中に映った部屋の間取りのアパートの場所だろうが、なんでも突き止めてしまう。だからと言ってそれを拡散するわけでも何でもなく、情報に行き着く自分に酔いしれる愉悦だけなのだが。
7番席の彼の本名は「調所 廻」だということも分かっている。名前はカイだろう。リサは「シラベドコロ カイ」って呼んでいる。でも苗字の調所は「ずしょ」と読むらしい。南九州に多い苗字らしいから、鹿児島県出身なのかも。一人称はおいどんかもしれない。豚肉は黒豚以外受け付けないのかもしれない。昨日のおやつはボンタンアメかもしれない。
リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。異称は「リサーチリサっち」。このリサーチャーにふさわしい最強の名前に、「シラベドコロ カイ」は肉薄してて困る。ボウネンさんという女性と結婚して「ボウネン カイ」という名前にでもなるがいい。きっと勝手に忘年会の幹事に任命させられて忙しい年末を送ることだろう。太ってる人がキャッチャーやらされる理論みたいにね。
本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。朝からスイーツ三昧の変態系ネカマのめぐっぺはこいつですよ、ポリスさん。
夢野先輩という超絶美人の同僚がいるらしく、SNSでちょくちょく写真も出てくる。顔は写していないけど、スタイルの良いパンツスーツ姿は確認できる。つーか女性の身体を撮るな。斜めから撮ってバストラインを強調しようっていうネカマめぐっぺの魂胆がキモい。おかげでリサも夢野先輩の曲線美を堪能できてはいるが。うちのあのムッツリ兄には見せられないな。思春期だもの、りさを。
彼がテーブルの上で開くPCにも同じSNSが。虫眼鏡と書籍が重なった謎のアイコン。彼がチャカチャカと何か入力を始めた。これは投稿が来るな。こちらもSNSで最新投稿をリアタイ確認してみる。どれどれ。
めぐ『Yノ先輩とのデューデリが佳境だ。真剣に、そして慎重に進めていく。DDのことはYノ先輩が優しく教えてくれる。Yノ先輩、どこまでもついていきます！』
キタ━━(゚∀゚)━━!!。やっぱり新しい投稿が上がってる。Yノ先輩が夢野先輩のことだってのは確認済み。えーと、Yノ先輩とデューデリ……？ DDのことを優しく教えてくれる？
（デューデリ……。デュ……って何だろ。デュエット、デュエル……二人でやることには間違いなさそう。じゃあ、デリって何だ。デリで始まる言葉といえば、デリカシー、デリシャス、デリバティブ、デリヘ……デリバリー、デリカテッセン、デリミタ、デリートキー、デリヘ……デリバリー、デリンジャー現象、デリースルタン朝、デリゾール、デリケートゾー……、デリケートゾーン！？ まさか、二人でやるデリケートゾーンの何か……？
いや、落ち着け私。デリバリー2回出したな私。デューは受験英語で出たぞ。due toで「～する予定」とか「当然～する」とかだったような。「デュー」ってパソコンで打とうとすると「ヂュー」ってなっちゃう時があるよね。何の話だよ。つまりはデリケートゾーンの予定……、当然のデリケートゾーン……。うん、まずデリケートゾーンから離れようか。
DDっていうのは、まあ普通に考えて「誰でも（D）大好き（D)」だよね……。いや、夢野先輩が「誰でも大好き」を優しく教えるって何。不倫推奨キャラじゃないよね。不倫とは言ってないか。DD……ってまさか、ダンジョンズ＆ドラゴンズ？ 兄がオタク友達集めてやってた、3D6～とか言って6面ダイス3個振ってたアレ？ 半透明の20面ダイスがコロコロしててかわいいやつ。
待て待て、華麗な淑女の夢野先輩が教えてくれるものだぞ、DDは。女性が教えてくれるDD……。カップサイズ？ DDカップ？ 確かに輸入下着とかでDDサイズとかDDDサイズとか見たことあるけど……。いや、Dカップが左右でDDサイズ……？ いやいやいや夢野先輩、女性がそんなこと優しく教えるな。男を甘やかすな。
そうやってネカマめぐっぺを甘やかすから、めぐっぺが「Yノ先輩、どこまでもついていきます！」なんてガーチャーストーカーに成り下がるんですよ。しかもSNSでストーキング宣言て。こいつは通報して懲役五百年ぐらい求刑しておいたほうがいいですよ。そして、入牢前の最後の晩餐にチーズケーキ注文したのに何度ベル鳴らしてもいつまでもフォークを持ってきてもらえないの刑に処されるがよいよ）
リサの妄想洞察が止まらない。
気になったことは何でも秒で調べちゃう行動力が、リサの良いところ。でも、情報に辿り着いたら途端に妄想が暴走して、調査がそこまでになっちゃうというのがリサの欠点。だから今朝も、ただ一人で妄想してただけ。Dカップが左右でDDカップとか、結局ワケが分からない。
そうこうしてると通学時間がやってきた。リサは妄想から現実に戻って、左手のブカブカの黒い腕時計で時刻を見てビビる。冷めちゃったモーニングの玉子雑炊セットを慌ててかき込んで、お会計に急ぐ。飲み放題のドリンクバーなのに、オレンジジュース1杯しか飲めてない。もっとカフェラテとか飲みたかった。
彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。デューデリとはデューデリジェンスの略語で、企業が行うべき調査や査定のことを表すビジネス用語で、DDとはさらにそのデューデリの略語であることに。TRPGではないのだ。
そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗っている「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。
＜第４話へつづく＞
■リサが帰宅後に学んだビジネス用語
「デューデリ」
不動産状況の調査やM&Aの財務調査など、当然実施すべきとされる様々な視点からの調査のこと。デューデリジェンスの略で、DDとも略される。
＜第3話へ続く＞
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