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第2話:先輩美女と何度も、ペネトレーション?

挿絵(By みてみん)



(あああっ! こいつまた、私の推し席の7番席に座ってる!)


 昨日より数分早く入店したリサだったが、今朝もネイビースーツ姿の彼は、リサのお気に入りの7番テーブルに座って仕事の準備をしていて、こっちはメンブレかまされる。メンタルブレイクね。


 早朝6時台のガラッガラのファミレス。壁に囲まれた角席でドリンクバーに激近の7番席は、早起きして来て通学時間までノーパソと戯れるリサの特等席。それなのに最近は、この若い会社員がその席を占拠するようになった。今日は優雅にキウイとパインのヨーグルトパフェを食べている。そしてお冷だけ。



(ドリンクバーを使わないなら他の席に行ってよっ。こっちはその席だけが生き甲斐なんだから。生き甲斐無くしたら私も死ぬだろコラッ。そして、朝からパフェを食うな。志賀廣太郎かっ。パインひと切れぐらいくれるっていうならもらうけど)



 リサは心の中で文句を言いながら、当てつけのように隣りの8番席にドスンと座る。7番席は4人席。8番席は2人席。作業には狭いテーブル。ただただ無言の抗議のための着席。でも彼は手元のお仕事に集中してて、全然気にしてくれてない。まあ、正確には8番席のほうが7番席よりもドリンクバーは近いのだけども。でも7番席に執着至極なのだ。


 モーニングセットはお得にドリバ付き。飲み放題。ドリンクバーからアイスティーを注いで持ってきたリサは、グラスに氷を入れすぎてちょっと反省しながらも、キュキュッと飲んで落ち着くと、男性のテーブルをチラ見して笑みを浮かべる。



(ふっふっふ。キミはその神席の7番席を秘密基地として使っているかもしれないけれど、キミの秘密はすでに「リサーチリサっち」の私には筒抜けなのだよ。キミの名前がカイくんってことも、この「めぐ」がキミのネカマアカウントだということもね)



 リサはノーパソに映ったSNS画面を見ながら、心の内で意地悪くつぶやく。名前は「めぐ」だが、その本人が隣りの男だってのは調べ済み。リサは特定班級のリサーチ上手なのだ。


 そもそもリサは彼に対して、二段階のムカつきがあった。第一段階は、最愛の7番席を占拠され始めたムカつき。まあそれは、もう少し早く来店したら勝てる勝負かもしれないからいいとしよう。勝ててはいないが。


 初めてムカついた日、調べたがりの性分でつい、彼が7番テーブルの上に広げていた企画書が気になって横目で盗み見した。ステープラーで綴じられたいくつかの企画書の表紙にはどれも、題名の他に、


『調所 廻』


っていう文字が見えた。調所が名字、廻が名前なのだろう。恐らく「シラベドコロ カイ」っていうのが彼の本名に違いない。調べどころ? リサは、この苗字にマジでカチンと来た。


 リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。調べもの上手の自分にとって、これ以上の苗字はない。「リサーチリサっち」の二つ名と合わせれば、最強リサーチャーのフルネームである。白辺リサっち。こんな運命的な名前があるだろうか。いや、ない。反語。


 ところが、彼の苗字には「調べる」の一字が入ってる。しかも「調べどころ」ときた。運命的な私のこの名前に肉薄するリサーチャーネーミングだ。リサーチャーネーミングって何。


 この二段階目のムカつきで、リサのリサーチャー魂に火がついた。フルネームさえ分かれば、こいつが何者かぐらい余裕で分かるってもの。




 さっそく「調所 廻」を手元のノーパソで検索。


 本人に関係するサイトは見つからなかったけど、「調所広郷」っていう人名がやたら出てくる。幕末の薩摩藩の財政を支えた家老だとか。読み方は「ずしょ ひろさと」だった。確かに以前の大河ドラマで竜雷太か峰竜太かが演じてた重臣が「ずしょ」と呼ばれてた気はする。じゃあこいつは「シラベドコロ」じゃないわけ? せっかく言い慣れたところなのに、正解のほうが短いのかよ。


 それにしても薩摩藩には、難読の苗字の人物が多いみたい。戦国時代の薩摩藩の武将で「帖佐宗光」という人物名も出てきた。「帖佐」と書いて「ちょうさ」。めちゃくちゃ調査力高めの苗字じゃん。鹿児島県はリサーチャーの巣窟なんじゃないの。スパイ養成地か? 中国の長沙市を超えるのか? 香川県の豊浜ちょうさ祭もなかなかよ。



 ふと我に返る。いやいや、薩摩藩の人よりも先に、隣りの7番席のおすまし会社員のリサーチだ。SNSを使って「調所」の苗字でそれらしい人を探す。珍しい名前だからきっと多分楽勝。でもすぐには見つからなかった。


 なんとなく7番席を横目で見る。彼が見てるPCの画面は短文投稿系の有名SNSだ。まさにリサがいま見てるやつ。文字は小さくてよく見えないが、アイコンは開いた本に虫眼鏡が重なったマーク。何のマークだよそれ。


 ビンゴ。姓名入力系の別のSNSで検索してみて、一覧に並ぶ調所さんの中に、同じアイコンがあった。クリックしてみる。アカウント名には「調所めぐ」。ネカマじゃねえか。


 そして彼がいま表示しているのと同じSNSで検索。こちらは苗字なしの「めぐ」がアカウント名。こっちでもネカマ炸裂かよ。


 彼が1日数回投稿してきた内容を、過去に遡っていくつも見ることができる。そして数日前の投稿に、見慣れたそこの7番席にスイーツが置かれた写真があった。



めぐ『早朝に行ったファミレスで、いつもと違う良い席発見! こんな良い秘密基地、気づいたのは僕ぐらいしかいないだろうな。これからの朝の基地。愛用していくぞ。朝は気持ちがいいね』



(うるさいわ。この承認欲求の藤原のカタマリが偉そうに。あんたより先にその席の魅力に気づいてる女が私だよ。「朝は気持ちがいいね」って下ネタか、キモっ。そして今、こうやって「リサーチリサっち」の私に全情報を晒されて、そこはキミにとって秘密基地でもなんでもないのだよ。オープンキャンパスぐらい開かれているのだよ)



 リサは得意になって「ズショ カイ」、いやもう慣れた「シラベドコロ カイ」でいいが、そのカイくんのアカウントの過去投稿を読みまくる。



 同じ部署にYノ先輩さんという美人な同僚がいて、カイくんはそんな彼女に憧れを抱いていることが分かる。Yノ先輩だと苗字は矢野さんとか与野さんとかいろいろ考えられるが、一度だけ「Yメノ先輩」と書いてしまっている。バックスペース忘れか、それか隠す気ゼロだろ。Yメノなら夢野さんで決定でしょうね。ヤメノ先輩やヨメノ先輩はきっといない。「俺のヨメノ先輩」という意味なら殴る。


 顔までは映っていないが夢野先輩の姿を撮っている写真もアップされてる。明らかにスタイルが良く、美しい黒髪。絶対こいつは胸元にピントを合わせてる。胸の膨らみフェチが、朝からここでパフェ食ってんじゃねえ。夜半に家でおっぱいプリンでも食ってろ。まあ以前にうちのあの兄にそう言ったら、本当におっぱいプリン取り寄せて夜食べてたからね。父も便乗して律儀に2個ずつ。ホント男ってやつは。まあ私も片チチ分けてもらったけど。


 とにかくそうやって、彼の隠された情報を読み漁って丸裸にして、7番席占領の恨みを内心で報復してやっているのである。内心でね。誰得ではあるが。


 自分と同じ画面を開く横のカイくんが何かカチャカチャ入力し始めた。お、ネカマめぐっぺの最新投稿か? こちらもSNSを更新してみる。



めぐ『昨晩も、Yノ先輩と遅くまでペネトレーションテスト。何度も、何度も。穴がある限り続いた。流石に先輩もぐったり。つき合ってくれて感謝してます。お疲れさま」



 キタ━━(゚∀゚)━━!!。案の定、新しい投稿だ。キミの投稿は真っ先にお隣りのリサーチリサっちに入れ食いされてしまうのだよ。分からないカタカナ用語があるが、何だかリサの顔は紅潮していく。



(おおおおおい! これ鍵アカでもないここに書いて大丈夫なやつなのかよっ。夢野先輩と遅くまでペネトレーションテスト……、ってどんなテストなんだろ。ぺネトレーションって何だっけ。受験英語で出たっけか。まあネットの英和辞典で調べたら一発ですよ。

 えーと、ペネトレーションは「浸透」。浸透のテスト……。何かの溶液の浸透圧の実験とかかな。細胞膜みたいな半透膜とかを使ってやるとか。でも「穴がある限り続いた」って書いてるし、穴って何よ、穴って……。ちょ、なんか変な予感しかないんだけど。ペネトレーションの他の意味は?

 二つめの意味は「侵入」か……。穴に侵入して先輩が……ぐったり? 他にも意味があるよね。三つめの意味は「貫通」……って、おおおおぉい! 本当に大丈夫なやつなのこれ。遅くまで先輩と貫通テストを? 穴がある限り何度も何度もやって先輩ぐったり……、ってモロのド直球か。少なくとも、朝にパフェ食べながら涼しい顔で全世界に発信することじゃないだろ。

  よく夢野先輩もそこまで付き合ったな。 今すぐ彼女を抱きしめて護ってあげたいよ! ん?「つき合ってくれて感謝」って……もしかして「付き合って」じゃなくて「突き合って」? なにその突起物二本みたいな字面。こっちの突起はアレで向こうの突起はアレで、って、ぅおおおおおい!

 夢野先輩、こんな人は会社にパトカー呼んで連れてってもらったほうが身のためですよ。そしてネカマ気質のメグっぺは、キウイのデザート注文したら鳥のキウイが来ちゃって、うちの国鳥だからとニュージーランド政府に引き渡されるの刑に処されるがよいよ)




 リサの妄想洞察が止まらない。


 何でも調べちゃう行動力は、リサの良いところ。しかし、その情報に辿り着いちゃうと、途端に妄想が暴走しちゃって調査を止めちゃうのが悪い癖。おかげで今朝も、ただただ顔を赤らめて妄想しているだけだ。


 そして通学時間が来ちゃって、リサは我に返る。ぬるくなったモーニングの玉子雑炊を慌ててかっ込んで、ごはんつぶもちゃんと集まれして、お会計へと退散する。飲み放題のドリンクバーなのに、アイスティー1杯しか飲んでない。もっとオレンジジュースとか飲みたかった。



 彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。ペネトレーションテストとは、システムにセキュリティの穴があるかどうか、実際に攻撃者のつもりで侵入を試みるテストのことを表すビジネス用語であることに。


 そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗るネカマの「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」だということを……。




■リサが帰宅後に学んだビジネス用語


「ペネトレーションテスト」


 サイバー攻撃に対して自社のセキュリティ対策が有効に機能しているかを検証・確認するために、実際に攻撃して侵入を試してみること。




<第3話へつづく>



※リサっちを気に入ってくださったら、高評価をよろしくお願いします! (きっとリサが喜びます)




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