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第11話:先輩美女も力説の、ヒューリスティック?


挿絵(By みてみん)



(あああっ! また私の最ラブの7番席に、また今朝もあいつが座ってるじゃんっ。このぉぉっ)



 リサは前回よりちょっと早く来たのに、今朝もいつものネイビースーツ姿の爽やか男子が、リサのお気に入りの7番席で資料並べてお仕事してる。


 早朝6時台のファミレスはいつもガッラガラ。広いガラス窓で明るい席ばかりの中、7番席は窓に接してなくて二方向を壁に囲まれた角席だけど、手元の作業に集中できる神席だ。しかもドリンクバーに近い。


 早起きして来て通学前までノーパソを楽しめる最高の席だったのに、最近はこの人がいつも先にこの席にいる。しかも今朝はシャインマスカットパフェなんか食べてる。飲み物はまたお冷だけ。



(ドリンクバーを使わないなら、もっと明るい他の席のほうがいいでしょうよっ。なんだよーその美味そうなパフェ。出社前だから、シャインと社員をかけてるとでも言いたいの。緑の果実が瑞々しく輝いてるなー。席譲ってよ)



 リサは心の中でぶつくさ文句を言いながら、あてつけに左隣りの8番席にドサッと座る。広い4人席の7番テーブルと違って、ここは窮屈な2人席。無言のプレッシャー作戦だ。でも彼はパフェに夢中で、全然こっちを気にしない。朝からスイーツ食ってるキミは、いったい何の仕事の人なんだ。怪しい変な仕事なんじゃないだろうな。


 でも「一生懸命なら、仕事に貴賎はない」というのが、お父さんの口癖だった。職業差別はしちゃダメだよね。お父さんは家庭の事情で高校に行けなかったらしく、中学を卒業して小さな町工場の工員になったらしい。自分が携わった機械が一流企業のロックテムズ社に採用された時には大喜び。納入の時、ロックテムズの担当者さんたちはみんなエリートなのに、学歴のないお父さんを見下す人は一人もいなくて、みんなが親切にしてくれたみたいで。お父さんは窓からロックテムズの本社ビルの見えるファミレスに、わざわざ小学生だったお兄ちゃんと私を連れて行ってくれて。パフェ食べさせながら「おまえたちも勉強して、将来ああいう素敵な会社に入るといいぞ」って力説が始まって。



 お母さんの実家はエリート揃いだったから、無学のお父さんはいつも母方の親戚に見下されてて嫌味ばかり言われてて。でもそんな人ばかりじゃない会社も世の中にあるんだって、その話に触発されてお兄ちゃんは勉強を始めて、やがて良い大学に合格した。お父さん、大号泣してたな。入学式は父子二人揃ってスーツ姿。私は高校あるから行けなかったけど、じゃあその日の夜は外食でお祝いしようって約束して。でもお兄ちゃんはあのファミレスでいいなんて言ってさ。お兄ちゃんもファミレス気に入ってたんかよって。


 母方の親戚はお兄ちゃんが良い大学に受かった途端、突然手のひらを返したようにうちを親戚扱いし始めて、お祝い金なんかちらつかせてきてさ。人間の嫌なところを見たな。仕方なく、別の用途に使わせてもらったけど。


 そして私も2年後に、お兄ちゃんと同じ大学に入学することができた。伯母さんらは「あなたたち兄妹は我が親戚の誇りだ」なんて言ってきて。今まであんなにお父さんの無学と貧困を馬鹿にしてきたのに。ふざけんなよ。今でもふつふつとそんな怒りが湧いてくる。


 7番席でシャインマスカットパフェを美味しそうに頬張っている彼を見ると、お父さんやお兄ちゃんとまたいつか一緒にパフェを食べたくなってくる。今度はお兄ちゃんも家計なんか気にせず、豪快に盛大に分け合って食べてほしいぜ。今の私はもうお兄ちゃんの年齢を超えてしまったけれど、毎朝お隣りのパフェを見せつけられるたび、無性にそんなことを想ってしまうんだ。



 今日はドリンクバーで鳳凰水仙烏龍茶をチョイス。ここのドリバにはいろんな種類のティーバッグが置かれてあって、紅茶だけじゃなくて中国茶も充実してる。鳳凰水仙烏龍茶もあれば凍頂高山茶もある。茉莉花茶っていうのもあって、てっきり「マリファナ茶」かと思ってずっと警戒してたんだけど、ジャスミン茶だった。茉莉花って字面的にマリファナに見えるじゃん。私だけ?


 こっちが美味しそうに鳳凰水仙茶の湯気を楽しんでても全く気にしていない7番席の彼を、リサは不適な笑みを浮かベながら横目で見る。



(ふっふっふ。マスカット朝活中の若手リーマンくん。キミはその7番席を至高の秘密の隠れ家だと思い込んでいるようだけど、キミの情報をこの「リサーチリサっち」の私はとっくに把握済みなのだよ。本名が「カイ」くんってことも、SNSでは「めぐ」を名乗ってるネカマだってこともね)



 リサは内心で謎の優越感に浸りながら、ノーパソを見る。画面にはSNSの「めぐ」のアカウント。7番席の彼の寂しい一人語りアカウントだ。


 リサは興味を持ったことはすぐさまリサーチしちゃう性格。特定班レベルのリサーチ力で、有名なタレントが乗っている車の車種も探り当てちゃうし、学歴自慢をしているインフルエンサーの留学経歴の詐称まで見つけちゃう。だからと言ってそれを晒したり自慢したりするわけでもなく、ただ情報に行き着くのが面白いというだけ。


 7番席の彼の本名は「調所 廻」だと判明済み。リサは「シラベドコロ カイ」と勝手に呼んでいたけど、どうやら苗字は「ずしょ」と読むらしい。薩摩藩にそういう苗字の家老がいたらしく、調べているうちに鹿児島あたりの情報に詳しくなってしまった。凱旋門を見にパリに行かなくても、鹿児島の姶良市にも実は凱旋門があることも分かった。見に行きたい。


 リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。昔からのあだ名は「リサーチリサっち」。こんなにもリサーチャーとして究極の名前を持っているリサにとって、「シラベドコロ カイ」はちょっと好敵手感。ダイセイさんという苗字の女性と結婚して「ダイセイ カイ」という名前になるがいい。仕事がうまくいくたびに「やっぱダイセイカイを選んで大正解だったよ!」と同僚のみんなに褒められていくだろう。楽しい出世人生を歩みたまえよ。



 でも本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。ネカマなのである。投稿に「Yノ先輩」という先輩の名前がちょくちょく出てくるので「夢野先輩」かと思ってたのに、「柚芽乃さん」という下の名前のようだ。めっちゃ美人らしく、姉のように憧れてるんだって。柚芽乃先輩の心を奪いたいなら、まずそのネカマ気質をやめて正攻法でアタックしろよ。


 7番席のカイくんのPCにはリサと同じSNSの画面が映っている。虫眼鏡と書籍を組み合わせた独特のアイコン。あれは「めぐ」のアカウントページだ。何やらカタカタと入力を始めた。このSNSにまた新規投稿しているのだろう。どれどれ。



めぐ『Yノ先輩からはヒューリスティックの良い面と悪い面を深く教わった。確かにヒューリスティックは早くゴールに達しやすい。しかし、よくないバイアスにならないように気をつけないと』



 キタ━━(゚∀゚)━━!!。隣の席でいま書き込んでいたものを、リサーチリサっちの力があれば1秒で読めてしまうのだ。楽勝楽勝。投稿を読んですぐに、リサの洞察が始まる。



(柚芽乃先輩からヒョーリスティックの良さと悪さを教わった……。ヒョーリスティックって何だよ。思考とは分解だ。まずは分解。単純に考えて、ヒョーリとスティックに分けることができるよね。

 ヒョーリっていうのは「表裏一体」とかの表裏だよね。スティックというのは杖とかバチとか、棒状のモノ。棒状のものの表裏……、ってもう怪しい雰囲気があるけど、スティックの表と裏を深く知れば、早く達しやすい……って、ぅおおおおい!

 いや、よく見るとヒョーリスティックじゃなくて、ヒューリスティックって書いてあるじゃん。あぶねっ。拗音の小書き文字は紛らわしいからちゃんと大きくしっかり書いてくれよ、めぐっぺ。いやブラウザのフォントの問題か。

 となると、問題は振り出しに戻ったぞ。ヒョーリだったら表側と裏筋側かなって予想つくけど、ヒューリとなるとなんだか分からないぞ。森昌子の『越冬つばめ』か? ヒューリラーみたいな歌詞だった気がする。作曲者の篠原義彦は実は『夢想花』の円広志の別名だ、ってお父さんが力説してたな。娘に何を教えてんだよ。

 ここは分解の発想を変えてみよう。ヒューリ・スティックではなくて、ヒュー・リスティックではないのかな。 じゃあリスティックって何かと言われたら、知らんけど。リスティック……、メモリスティックの略かも。そうなるとヒューは何だろう。ヒューマンの略か、もしくは牧瀬里穂の「ヒューヒューだよー」の略かどちらかだろう。ヒューヒューだよーは牧瀬里穂のモノマネをする森口博子のモノマネとか言ってお父さんがよくやってたな。娘に何を見せてんだよ。

 ということはヒューリスティックは、ヒューマン・メモリスティックの略だから、要するに人間自体を記憶媒体として使用するということなのかな。そりゃデジタルじゃなくて人間に記憶させるわけだからバイアスまみれになるでしょうよ。

 カイくんが柚芽乃先輩をメモリスティックに見立てて、いろんな記憶を刻ませようとしてるってことか。キモすぎでしょ。無垢な柚芽乃先輩の頭の中を汚れた記憶で汚さないでー。そんなキモキモめぐっぺは、次からシャインマスカットパフェを注文するたびに店員さんに「ご注文はシャイニングウィザードでございますね」と膝でぶち蹴られるの刑に処されるがよいよ)



 リサの妄想洞察が止まらない。


 気になったら何でもすぐに調べる行動力が、リサの良いところ。でも、情報に行き着くとなぜか妄想全開になって、全然深くまで調べられていないのが、リサのちょっぴり残念なところ。今朝もどうでもいい妄想ばかりで時間が過ぎてく。


 そんなこんなで通学時間がやって来た。冷えちゃった玉子雑炊を全部蓮華で集まれして食べて、お会計へ向かう。飲み放題のドリンクバーなのに、ゆず鳳凰水仙烏龍茶1杯しか飲めてない。もっとカプチーノとか飲みたかった。



 彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。ヒューリスティックとはある程度の正解に近い部分に行き着くための簡略化した思考方法を表すビジネス用語であることに。森昌子や牧瀬里穂は関係ないのだ。


 そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗る「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。




■リサが帰宅後に学んだビジネス用語


「ヒューリスティック」

 複雑な問題に直面した時、厳密な分析で最適解に至るのではなく、ある程度正解に近ければよいという判断で、経験則や直感に頼って効率的に早く思考すること。思い込みによる誤判断(認知バイアス)のリスクもある。




<最終話(第12話)へ続く>



※リサっちを気に入ってくださったら、高評価をよろしくお願いします! (きっとリサが喜びます)



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