ここが、私の部屋
マリアさんに一通り、扉の説明を受けたあと、私は床の中央に刻まれた円形の模様の中へ入るように促された。
「もう遅い時間だし、疲れているでしょう?
この円の中に入るとね、指輪に反応して、あなたに割り当てられた部屋に転移するようになっているの」
「訓練は明後日からだから、今日はたっぷり寝て、明日はゆっくり休んでちょうだいね~」
そう言って微笑むマリアさんの顔が、やけに眩しく見えた。
――たしかに、疲れていた。
天候は悪く、ぬかるんだ地面に足を取られながら、私はひたすら歩き続けた。
保存用にと持ち歩いていた干し果実も、もう残りわずか。
ここはドーム内とはいえ、脅威がないわけじゃない。
野生の動物だっているし、私は警戒しながら、半刻ほど木の上で仮眠を取ったりしていた。
あれから、一日半。
水も食料も尽きかけた頃――
偶然、近くの集落へと行商に向かう馬車に出会った。
でも、そこでのやり取りは決して優しいものじゃなかった。
「別にあっしはここで売らなくても困りやしませんし。値下げはしません。さあ行った行った」
そう言われ、本来80ミリムで売られているはずのものを300ミリムで買う羽目に。
渇きには勝てなかった。
……残金は、わずか20ミリム。
「そうですね……。マリアさん、いろいろと説明してくださってありがとうございました」
私は深々と頭を下げる。
「いいのよ~。それじゃあ、おやすみなさい、レイナちゃん」
マリアさんの姿が、再び薄赤い光に包まれ――そして、消えた。
私は、そっと円形の中心に足を踏み入れる。
すると、その瞬間――
身体全体が薄赤い光に包まれた。
光に目が眩んで、思わず一瞬だけ目を閉じる。
そして――開けた先にあったのは、目の前にあるたった一つの扉と、
その背後や左右を囲む堅牢な壁だった。
私はそっと手を伸ばして、壁に触れてみる。
ひんやりとしていて、動かない。
押しても、叩いても、びくともしない。
足元には、小さな円形の模様が刻まれているだけ。
「……これが、転移」
私は左手の親指に装着された指輪を見つめながら、静かにそう呟いた。
このままずっと扉の前に立っているわけにもいかない。
私は意を決して、扉に手をかけた。
カチャッ。
扉を開けた先には、またしても一つの扉と、大人が二人並べる程度の空間が広がっていた。
そしてその足元には……やはり、円形の模様が描かれている。
けれど、その模様はさっき見たものとは微妙に形状が異なるように見えた。
私は部屋の中に足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。
その瞬間――
足元から、ふわりと身体全体を撫でるような風が吹き抜けた。
「……?」
思わず足元を見下ろす。
先ほどまでぬかるんだ土にまみれていたブーツが、まるで新品のように綺麗な状態に戻っていたのだ。
「あんなに……汚れてたのに」
間抜けな声が漏れたが、答える者はいない。
ここに来てから、不思議なことばかりが起こっている。
マリアさんは、薄赤い光に包まれて消えたり現れたりしたし、あの模様の中に入ったら、瞬時に別の場所へと転移した。
汚れていた装備品も、今のように自動で元の姿に戻る。
(……一体どうなってるの?)
昔、婆様がこんなことを言っていた。
「冒険者養成所と、ドーム内最大の町リンデベルグには、赤い輝石を用いた最新技術が施されているんだよ」
……まさか、ここまでとは思ってもみなかった。
私は再び、奥の扉へと手を伸ばす。
ギィ……と音を立てて開いた先の部屋は、整然とした空間だった。
右手には、見たことのない形の流し台と調理台。
その隣には、大きな縦長の箱。
正面には机と椅子がセットされており、
その奥には、中身の入っていない本棚らしき棚が立っている。
左手側にある二つの扉を開けてみると、
片方はトイレ、もう一方は寝室だった。
……ここが、私の部屋。
私の――新しい生活が始まる場所だ。