消えた人と、消えない痛み
「……!?」
目の前の光景が、信じられなかった。
私は、ぽかんとしたまま、マリアさんが立っていた場所をじっと見つめる。
さっきまで、たしかに会話していた相手が……
薄赤い光に包まれて、そのままふっと消えたのだ。
「き……消えた……?」
誰だって、固まると思う。
――ズキッ。
こめかみを突き刺すような、鋭い痛み。
私は思わず手を当てて、じっと耐える。
(大丈夫……長くは続かない。大丈夫……)
自分にそう言い聞かせながら、ただ、痛みが引くのを待つ。
もう、何度目だろう。
この痛みが始まったのは、あの日。
二日前に、婆様が亡くなった、あの日から。
(まさか、何かの病……?)
そんな不安が、じわじわと胸の奥を広げていく。
ようやく、痛みがおさまってきた。
なんとかやり過ごせたけど……安心なんて、できるわけがない。
お金は、もう尽きかけている。
治療師にかかる余裕なんて、どこにもない。
(……稼がなきゃ)
冒険者養成所では、課題をこなせば報酬が出る。
モンスターを倒せば、素材や輝石も換金できる。
少しでも早く、治療費を手に入れなければ。
そんな決意のすぐあと――
ふわりと、薄赤い光の中からマリアさんが現れた。
「お待たせしちゃったわね~」
驚きはしたけど、私は努めて落ち着いた声で返す。
「いいえ、そんなに待っていませんよ」
マリアさんは柔らかく微笑みながら、ちょっと照れたように目を細めた。
「ありがとね~。研究者さまたちのところに行ってきたんだけど、
マニュアルは“各部屋の机の上に置く”って仕様に変わってたの。
昨日、ちゃんと聞いてたはずなんだけど~……ちょっと怒られちゃったわ~」
そう言って立ち上がると、手を差し出してくれる。
「お部屋に案内するから、ついてきてちょうだいね~」
私は立ち上がり、彼女のあとに続いた。
部屋の中には、2つの扉。
「この部屋にはね、右と左の扉しかないんだけど、右が女性棟、左が男性棟よ~」
カチャリ。
鍵はかかっていなかったようで、あっさりと右の扉が開く。
(……少し不用心なんじゃ)
そう思いながらも、マリアさんの笑顔に誘われて中へと入った。
扉の奥に広がっていたのは、さっきまでの無機質な白い部屋とはまったく違う空間。
あたたかみのある、薄赤い木材で作られた室内。
床には円形の模様が刻まれていて、正面にはさらに2つの扉。
そして左側には、大扉と同じくらいの存在感を放つ大きな扉がそびえていた。
「安心してちょうだい。この扉には、輝石の加護があるから。
異性は、入ってこれないようになってるのよ~」
「……それなら安心ですね」
(……でも、輝石の加護って何なんだろう)
そう思いながら、私はうなずいた。
マリアさんは、ふわりと笑ってこう言った。
「でもね~、ここで恋人ができる子も結構いるのよ。
結婚する子だって、珍しくないの。
だからリリアちゃんも、もし相手ができたら教えてね。男女一緒に住める部屋もあるから」
「いえ……予定はないので、大丈夫です」
私はそう答える。
今まで山奥で婆様とふたりきり。
異性と関わったのなんて、二月に一度、物売りの親子が来たときくらい。
“恋”なんて、考えたことすらなかった。
「あらあら~」
マリアさんは、まるで楽しむように、にこにこと微笑んでいた。