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記憶を封じられた新米冒険者、森で誰にも見えないはずのS級冒険者を拾いました  作者: ちぱ


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触るつもりなかったのに毛皮がぬるかった件

 転移の光が収まったころ、私はドーム東の転移陣の上に静かに立っていた。


 空は晴れ、澄んだ朝の光が地面を柔らかく照らしている。


 軽く伸びをして装備の具合を確かめた私は、そのまま歩き出す。目的地は、東の平原。昨日も訪れた場所だ。


 周囲の人々の姿を横目に、私は赤いドームの外縁へと向かった。朝の空気は少しひんやりとしていて、草の香りに混じって、湿った土の匂いが鼻先をくすぐる。


 足元がふっと軽くなるような感覚と共に、赤い光を抜ける。


 視界が開けた瞬間、私はドームの外にいた。


 風に揺れる草原。まだ誰の足跡もついていない、朝露に濡れた緑の大地がどこまでも続いている。


 今日も、輝石を集める。それが今の私の目標だ。


 さっそく弓の紐を確かめようとしたときだった。


「わわっ!? あっ、やば、あっぶなっ!」


 草むらの奥から、騒がしい声が響いてくる。


 思わず視線を向けると、そこには盛大に転んで地面に尻もちをついている、一人の少年の姿。


「……カイル?」


 間違いない。訓練所で同じだった、ちょっと抜けてるあのカイルだ。


 そのカイルの目の前には、毛を逆立てたスモッグラットが威嚇音を立てている。どうやら戦闘中というよりは……戦闘「前」、という感じだ。


「れ、レイナ!? お、おはよう! じゃなくて……ちょ、ちょっと手ぇかしてくれ!?」


 ……今日も元気そうで、なによりだ。


 ────


「まだ距離を詰めようとはしてない。焦らなくて大丈夫」


 私は声をかけながら、弓を構えずにそっと歩み寄る。スモッグラットは依然として威嚇の姿勢を保ったまま、飛びかかる様子は見せていない。


「カイル、大剣はちゃんと両手で握って。柄がブレると威力が落ちるよ」


「う、うん……! あ、でもこいつ、速いんだよ! あっという間に懐に――」


「それなら、一撃で仕留めるしかないね」


 私は腰のポーチから、赤い輝石を埋め込んだ短剣を取り出す。軽く回して感触を確かめたあと、説明を続けた。


「スモッグラットは、飛びかかる瞬間に重心が浮くの。そのタイミングで踏み込んで。少し斜めから、喉元を狙うように」


「お、おう……! そっか……!」


 尻もちをついたまま、カイルの目にほんの少しだけ自信の光が宿る。彼はゆっくりと腰を上げ、大剣を両手で構え直した。


 スモッグラットの尻尾が左右に揺れる――警戒の合図。


 くる……


 私は半歩だけ踏み出し、矢は番えずに、ただ静かに狙いを定める。


 次の瞬間、スモッグラットが地面を蹴って跳んだ。


「今!」


 私の声と同時に、カイルが踏み込む。


 ぎこちないけれど、懸命な一太刀。重心が浮いたスモッグラットの胸元に、大剣が真っ直ぐに叩きつけられた。


 ズザッ、と土煙を巻き上げながら転がるスモッグラット。その身体は小さく痙攣した後、赤い輝石と灰色の毛皮を残し、霧のように溶けて消えていった。


「……や、やった……やったぁ!!」


 その場にへたりこむように、カイルが両手をついた。


「ふふっ、おめでとう。ちゃんと自分で仕留めたね」


「レイナ、ありがとな! アドバイスなかったら、倒せなかった……!」


 どこか照れ臭そうに笑うカイルを見て、私も思わず微笑んだ。


「さて……素材、回収しとこうか。訓練でやったでしょ? 指輪をつけてる手で触れば、自動で回収できるよ」


「あ、うん……分かってる。えーっと……こっちの手、だよな?」


 カイルは右手をちらりと確認して、毛皮へと手を伸ばした――が。


 勢い余って、指がそのまま毛皮をわしづかみにしてしまった。


「――ぬるっ!? うわっ、うわっ!? なんか体温残ってんだけど!? ひぃっ、気持ちわるっ!!」


 あたふたと手を振り回しながら、彼は数歩分飛び退いた。


「うわーん、俺の朝、返せえええっ! 手ぇ洗わせて……!」


 私は口元を押さえ、こらえきれずに小さく笑ってしまった。


「……逆の手でやろうとしてたでしょ?」


「ち、ちがっ……いや、ちょっとだけ、ほんのちょっと勢いが強かっただけで……! あれは事故! 完全に反射!」


 必死に弁解しながらもしょんぼりするカイル。だけど、すぐに顔を上げて、ぐっと拳を握る。


「つ、次はちゃんとやるから! 見てて!」


「うん、楽しみにしてるよ」


 にぎやかで、ちょっとおかしな朝。けれど――


 こんなふうに笑い合えるのも、悪くない。



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