治癒院まで、あと4220リル
翌朝。
ぼんやりと目を覚ました私は、しばらく天井を見つめたまま、体を起こす気力を探していた。
頭の奥が、鈍く重い。
「……うん、昨日よりはマシ」
無理に笑ってみたけれど、痛みはまだしっかりと残っている。けれど、動けないほどではない。それだけで、今朝は少し前向きになれる気がした。
ベッドの端に腰掛けながら、私は部屋の静けさに耳を澄ませる。時計の代わりになるような機械音も、窓からの光もこの部屋にはない。ただ、整然とした寝室と、今日という一日が静かに始まっているだけだった。
昨夜の時点での所持金は、1290リル。
だが、ここで生活する限り、毎朝の家賃は避けて通れない。
このドームの居住区では、日の出とともに家賃500リルが自動で精算される仕組みになっている。特に何か操作をするわけでもなく、ただ、知らぬ間に残高が減っている。
《家賃500リル 引き落とし完了》
《現在の所持金:1290リル → 780リル》
「……今は、780リル」
呟いた声が、少しだけ現実味を帯びて響いた。
5000リルあれば、一度だけ風邪をひいたとき婆様に連れていかれた「治癒院」で診てもらえるはずだ。
あのとき聞いた治療費の金額に、思わず驚いた記憶がまだ新しい。
輝石を用いた治療や薬もそろった、町の中でも特別な施設。町の人間でも、よほどのことがない限りは足を運ばないという。
「一度は経験しときな」と婆様に言われて連れていかれたあの日、短時間の診察と、ごく軽い薬でも、5000リルが必要だった。
あと4220リル……か。
数えやすい額ではある。でも、気軽に手に入る金額でもない。ため息を飲み込んで、私は寝室を出る。
調理台と流し台のある部屋に入ると、右手にある縦長の箱、冷蔵庫の前に立ち扉を開けた。
中には昨日残しておいた果実水がある。瓶を手に取ると、ひんやりとした感触が指先に伝わってきた。
ソファに座り、机の上に果実水を置いて、蓋を外す。口に含んだ瞬間、冷たく甘酸っぱい風味がじんわりと広がった。
「……ふう」
少しだけ、落ち着く。
治癒院へ行くには、まだ足りない。
でも、今日も外に出れば、輝石はきっと手に入る。
まずは装備を整えて、再び外へ。
もうすっかり見慣れた転移陣の上で、私は指輪に意識を集中させた。
《転移先選択:自室/始まりの洞/冒険者ギルド前/ドーム北/ドーム東/ドーム南/ドーム西》
「……ドーム東で」
選択を確定すると、足元の転移陣が薄赤く輝き、視界が淡い光に包まれる。
そして次の瞬間……私は、ドーム東の転移陣の上へと移動していた。




