ひとりで踏み出す冒険者の一歩
「じゃ、またなレイナ! 変なモンスターに食われんなよ!」
軽口を叩きながら、カイルは手を振って出ていく。
「困ったら、すぐ逃げることも大切ですよ。……じゃあね」
ボルドは穏やかに言葉を残し、ゆっくりと扉の向こうへ。
「……生き残れよ」
エルマーの短い言葉と、最後の視線が妙に重たく感じられた。
気づけば、私はひとりになっていた。
教室の静けさが、少しだけ寂しい。
……さて。
私は教室の扉を開け、廊下へと足を踏み出す。
静かな通路に、窓から差し込む陽光がやわらかく広がっていた。
訓練が終わった今日からは、正式な冒険者としての生活が始まる。
まずはギルドに行って、換金と依頼の確認をしないと。
そのためには、自室へ転移する時にも使っていた、転移陣のある円形の扉の部屋、転移の間へ向かう必要がある。
私は廊下を歩きながら、自然と足をその方向へと向けていた。
───
転移陣に足を踏み入れると、赤い輝石が埋め込まれた床の中央に、いつもの転移装置が静かに輝いていた。
私はその中心に立ち、指にはめた赤い指輪へと意識を集中する。
《転移先選択:自室/始まりの洞/冒険者ギルド前/ドーム北/ドーム東/ドーム南/ドーム西》
「……え?」
思わず、小さく声が漏れた。
これまで選べたのは「自室」だけだった。けれど今は、明らかに項目が増えている。ギルド前に加えて、ドームの四方……北、東、南、西まで。
正式な冒険者になったから……?
理由はわからない。けれど、これで自分の足で行動範囲を広げていけるのだと実感する。
……あとでヘルプに聞いてみよう
ひとまずギルドへ向かうつもりだった私は、一度意識を「冒険者ギルド前」に合わせかけて、ふと考え直した。
(でもその前に、もう少しだけ素材を集めておこうかな)
家賃のこともあるし、冒険者生活のスタート資金が少しでも多いほうが安心できる。
もう一度、始まりの洞へ行こう。
私は項目を「始まりの洞」に合わせ、転移の光に包まれた。
────
転移の光が消えると、そこは見慣れた始まりの洞だった。
薄暗い通路には、赤い輝石の明かりがぽつぽつと灯っている。どこか湿ったような冷たい空気が、肌を撫でていった。静まり返った空間には、自分の呼吸と足音だけが微かに響いている。
……訓練のときと、同じ場所。でも、今日はもう訓練じゃない
私は矢筒に手をやりながら、そっと歩を進めた。
奥へ進むにつれて、現れるスライムの様子に変化が見えてくる。色が透明から淡い青へ、さらに緑や紫に。
動きも速くなり、時には矢を一撃で仕留められないこともあった。
今までは教官や仲間がいた。でも、今は……自分ひとり
私は矢をつがえ、じっくりと狙いを定めて放つ。矢は緑色のスライムの核に命中し、ぶしゅりと鈍い音を立てて弾けた。
霧のように溶けていくスライムの残骸。その場に残された小さな素材に手を伸ばすと、指輪がきらりと光り、それらを吸い込むように収納していった。
素材を一つ、また一つと集めながら、私はさらに奥へと進む。
通路の先はやや開けていて、複数のスライムが群れているのが見えた。
……これ以上奥に行くのは、危険かもしれない
今の私にはまだ早い、と本能が告げていた。
私は矢を収め、軽く息を整えてから指輪へと意識を向ける。
そろそろ、ギルド前へ……
集めた素材と、この数日の成果を手に、私は再び転移の光に身を委ねた。




