一矢、そして一撃
訓練5日目の朝。
これまでの座学と基礎訓練を終えた私たちは、いよいよ模擬戦闘という次の段階に進むことになった。
教官のオルドが指輪を操作すると、転移の光が私たちを包み、一瞬の浮遊感のあと、広大なドーム状の空間に降り立つ。
ここは、養成所内の地下にある特別訓練場。
赤い輝石の柱が等間隔に並び、中央部には薄い霧のような影が、静かに蠢いていた。
「今日からは“相手”がいる。模擬とはいえ、油断すれば叩きのめされるぞ」
教官の声が響き、空気が一気に張り詰める。
「この空間は、赤い輝石の魔力で模擬モンスターを作り出している。倒しても害はないが、痛みは現実と同じだ。死ぬことはないが、恥はかくぞ」
そう言って、彼は片手を掲げた。
すると奥の霧から姿を現したのは――ぷるぷると揺れる透明なスライム、ぎょろついた目を持つゴブリン、小さく蠢く芋虫のような存在たち。
「一人ずつ戦ってもらう。順番は俺が決める。まずは……レイナ、前へ」
え、私が最初!?
驚きつつも、私は深呼吸をして一歩前に出た。手には、訓練用の短弓。
相手はスライム。距離は約十メートル。
「構えと呼吸を忘れるな」
教官の声に背を押され、私は慎重に矢をつがえた。
引き絞った弦の震えが、指先に伝わる。矢羽が頬に触れる。
(落ち着いて。いつも通りに)
矢を放つと、鋭い音と共にスライムの中心へ命中。
“ぶしゅっ”という鈍い音とともにスライムが揺れ、やがて霧のように溶けて消えた。
足元には、何も残っていない。本物のモンスターではないため、素材もドロップしないらしい。
「よくやった。戻れ」
教官の声に、私はほっと息を吐いて列へ戻った。
次に呼ばれたのは、エルマー。
彼の前に現れたのは、小型の芋虫型モンスター。うねうねと不規則に動き、見ていて気持ち悪さすら感じる。
「……無駄に蠢くのはやめてくれ」
呟いた彼は、淡々と短杖を構え、詠唱を始める。
杖先に淡い光が灯ると、芋虫の動きが止まり、光に包まれて蒸散するように消えた。
「効率的だな。次」
教官は淡々と告げ、次にボルドの名を呼んだ。
彼の前に現れたのは、小柄だが鋭い牙をむくゴブリン。動きは素早く、ナイフのようなものを手にしている。
「さて……来るかい」
ボルドは盾と鈍器を構え、落ち着いた様子で前進した。
ゴブリンが飛びかかると、ボルドはそれを盾で受け止め、即座に反撃。
ゴンッ!という重たい音とともに、ゴブリンは霧散する。
「年の功ですかねぇ」と照れくさそうに笑いながら列へ戻るボルドに、私は思わず拍手を送りたくなった。
そして、最後に呼ばれたのは――カイル・ブランド。
現れたのは、再びスライム。跳ねるような動きで、のそりと近づいてくる。
「よっしゃ!俺の剣技、見せてやるぜ!」
カイルは剣を高く構え、勢いよく踏み出す――が。
「せいやっ!」
大振りの一撃は、あらぬ方向へ空を切った。
「えっ、ちょっ、なんで!? 今の完璧なタイミングじゃなかった!?」
その後もカイルは振る、振る、振る。だがスライムはするりと跳ねて避け、ついには自ら転んで地面にごろん。
「あいたたた……ま、まだだ……!」
彼は最後に、勢いで自分の足を剣の柄で打ち、悶絶。
「ぐえっ!? ……今のは……練習だから……」
教官は頭を抱えながら、「貴様は笑わせに来ているのか」と呟いた。
だが、それでも最後には見事に一撃を叩き込み、スライムを消滅させる。
「……やった……倒した……俺、やればできる……!」
どこか誇らしげなカイルの笑顔に、教室の皆がつい笑ってしまった。
初めての模擬戦闘。
緊張も失敗もあったけれど、私たちは確かに、一歩進んだ気がした。




