正しさと情のあいだで
訓練三日目の朝。
私は昨日と同じ時間に教室へ入り、静かに席に着いた。
今日で座学は最後になる。
赤い輝石の仕組みも、訓練所の施設も、ようやく少しずつ理解できてきたところだ。
教官のオルドが教室へ入ってくると、自然と空気が引き締まった。
「今日の座学では、判断について考えてもらう」
彼の声が、いつもより一段低く響いた。
板に浮かび上がったのは、冒険中に起こりうる想定シナリオだった。
探索中、仲間の一人が怪我をして動けなくなった。
撤退するか、その場に残して調査を続けるか。
選べるのはどちらか一つ。
「この手の判断に、正解はない。ただ、選ばなければならない瞬間がある」
そう言って、教官は皆に考える時間を与えた。
沈黙が流れる中、エルマーが静かに手を挙げた。
「効率を考えるなら、置いていく一択です。
怪我人を庇って全滅するのは、本末転倒でしょう」
その言葉に、私の中で何かが反応した。
「でも、ひとりにして、もし何かあったら?
モンスターが来るかもしれないし、容体が急変することだって……」
「だからこそ、初めから危険に対して備えておくべきなんだ。
回復手段も、救助手段も。それが無理なら、最悪の事態を覚悟するしかない」
「私は、誰かを置いていくなんて……できない」
「理想論だな。命のやり取りに“情”を挟んでも、誰も助けられない」
鋭く、冷静で、突き放すような言葉。
けれど、わかっている。エルマーはただ、現実を直視しているだけなのだ。
「……それでも、私は……」
喉の奥がつまって、言葉が続かなかった。
すると、不意に教官が口を開いた。
「正解はない。だが、どちらを選んでも、それは選んだ者の責任になる」
その声に、教室の空気が変わる。
「救えたはずの命を見捨てたと責められるかもしれん。
逆に、全員を危険にさらしたと悔やむこともある。
それでも、選ばなければならない時が、必ず来る」
静かなその声は、戦場の真実を知る者の重みを帯びていた。
教室が静まりかえったその時、ぼそっと声が聞こえた。
「……俺なら全員で帰るけどな。ひとり残されるとか……無理だもん」
カイルだった。目を開けて寝ていたあの彼が、珍しく真面目な顔をしていた。
「怪我して、じゃあ後で!って置いてかれたら……俺、たぶん泣いちゃうわ」
思わず、誰かの笑いが漏れた。
カイルは気にせず続ける。
「それにさ、置いていかれた方もさ、きっと……寂しいと思うし」
続いて、ボルド・メイスンが、やさしい声で口を開いた。
「私はまず、怪我した仲間に訊いてみたいですな。お前はどうしたい?と。
それでも行けと言うなら、信じて進む。置いていかないで”と言うなら、一緒に帰る。
そのくらい、仲間ってもんは信じてやりたい」
その言葉に、私は、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。
エルマーも目を伏せたまま、ほんの少しだけ口元をゆるめたように見えた。
教官は最後に一言、静かに告げる。
「お前たちは、まだ冒険者ではない。けれど、いつかは決断する立場になる。
その時に後悔しない選択をするために、こうして考える時間がある」
板の表示が消え、授業は終了を迎えた。
座学三日目。
知識を得ただけでなく、仲間との距離が少しだけ縮まった気がした。




