静かな教室と、背筋を伸ばす朝
訓練初日。
私は朝から何度も深呼吸を繰り返していた。
昨日のうちに準備は済ませたはずなのに、服に袖を通し、指輪を確認し、ドアに手をかけるまでに随分と時間がかかってしまった。
「大丈夫。やるしかないんだから」
小さく自分に言い聞かせて、ようやく扉を開ける。
廊下には人気がなく、しんと静まり返っていた。
その静けさが、かえって緊張を高めていく。
目的地は「教室」
マニュアルの案内に従い、建物の奥へ足を進める。
扉の横に取り付けられた小さなランプが青く灯っていた。
開いていいという合図なのだろう。
私は扉に手をかけて、中へと入った。
教室の中は広く、前方には講師用の台と透明な板が設置され、赤い輝石を使った照明がやさしい光を放っていた。
すでに三人の訓練生が座っていて、みな男性。年齢も雰囲気もばらばらだった。
私はそっと空いている席に腰を下ろす。
女子は、私だけのようだった。
分かっていたことだけれど、実際にそうだとわかると、少しだけ胸の奥がざわついた。
それでも動揺を見せないように、机に手を置き、背筋を伸ばす。
ほどなくして、教室の扉が再び開いた。
入ってきたのは、短髪で体格のいい中年の男性だった。
軽装の冒険者スタイルに身を包み、腰には赤い輝石を埋め込んだロッドのような武器を下げている。
「今日から、冒険者訓練を始める」
その一言で、空気が一気に引き締まった。
男性は講義台の前に立ち、手元の板を操作する。
教室前方の透明板に赤い光が走り、数行の文字が浮かび上がった。
《冒険者養成所 基礎訓練カリキュラム》
・1日目~3日目:座学(基本知識・ルール・訓練の流れ)
・4日目~6日目:基礎実技(動き方・装備の使い方・連携基礎)
・7日目以降:初級迷宮「はじまりの洞」挑戦
「最初の三日間は座学だ。難しい話はしない。
この施設での動き方や、訓練の流れをまず覚えてもらう」
声は意外と落ち着いていて、思っていたよりも聞き取りやすい。
「ここでは年齢も性別も関係ない。今日からは皆、冒険者の卵として同じスタートラインに立つ。
まずは基本をしっかり身につけていくこと。それが大切だ」
私はメモを取りながら、小さくうなずいた。
教官はさらに話を続ける。
「四日目からは実技に入る。装備の着脱、動きの基礎、連携訓練も少し行う予定だ。
だが心配はいらない。奇声を上げながら斧を振り回すような訓練はやらないからな」
その言葉に、誰かがくすりと笑った。
教官もそれに気づいたのか、口元が少し緩んだように見えた。
「もちろん、冒険者の基本は単独行動だ。今動いている冒険者の七割は、一人で任務をこなしている。
けれど、大型モンスターの討伐や緊急事態には、連携が必要になる。
いざというときに対応できるように、最低限の動きは覚えておくべきだ」
言葉の端々から、実践を重ねた人だけが持つ説得力がにじんでいた。
「強いだけでは冒険者にはなれない。
準備を整えておく者だけが、生きて帰れる」
その言葉が、胸の奥にじんわりと沁みていく。
戦うためだけじゃない。
勝つためだけでもない。
生きて、戻ってくること。それが冒険者という仕事。
私はペンを止めて、ふっと息を吐いた。
この教室でなら、私もきっと、
一歩ずつ進んでいける気がした。




