第五話【初任務】
つい先日冒険者とやらになった。
やっぱり異世界といえば、そういう冒険だと思う。
今は何ができるか任務を探しているところなんだが、なかなかいいのがない。
ドカンとお金が欲しいからレベルの高い任務を取りたいんだが、ランクが一番下の青の俺にできる任務はたくさんあるものの、報酬金が微々たるものばかり。
「まぁでも仕方がない。贅沢は言ってられないしな」
このまま悩み続けるわけにもいかず結局、『薬草採集の護衛』を受けることにした。
これなら比較的楽そうだし、最初だから一連の流れを掴むのにもちょうど良さそうだ。
早速紙を任務板から剥がし、受付に持っていった。
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「あんたが私の護衛?ふーん、弱そうね。使えるのかしら」
どうやら楽勝だと思っていた薬草採集の護衛の正体は薬草の勉強するために内緒で依頼を出した貴族のお嬢様からだったようです。
正直帰りたいと思った。薬草採集…なんて言うから薬師とか医師系人の護衛かと思ったが、
約12歳ほどの見た目に宝石とも見間違うほどの綺麗なブルーグレー瞳。金髪の見事な立て髪ロールをツインテールにしている髪の毛とその明らか上質なお召し物と装飾品の数々は貴族であることを隠そうともしていない。
まさかこの服装で行くつもりじゃないだろうな
「何してるの早く行くわよ」
そのまま行くのかい。
いやこの子は貴族だよな?どっからどうみても貴族にしか見えない。騙し絵でも通用しないぞ。
貴族のレベルうんぬんは知らないがこのままだと貴族を連れ出した不届きものとして首を刎ねられかねないので、第一関門はどうにかして服装を変えてもらわなければいけない
「お嬢様、大変申し訳ないのですが、そのお召し物では汚れてしまうかと。もう少し外遊び用の…目立たない服が好ましいかと」
「なに?私に指図するの?」
「いえいえ滅相もございません」
大体貴族は大きく分けて二パターン
『私に文句をおっしゃるのかしら!?』 悪役令嬢タイプと
『あらあら、小鳥さんこんにちは』 純情令嬢タイプだ。
これは思いっきり前者なので非常に扱いがめんどくさい
どうにかして納得する方向に持っていかないと後が大変だ。
それならとことん紳士的に接して差し上げよう。
「お嬢様、貴方を引き立たせるドレスはごまんと存在しないのです。そのうちの一つであるそのドレスに汚れが付いてしまわれては大変だ」
「はっ、」
相手の頬がほぅ、と赤く色づく。
もうちょっとだ。
「なので、どうか…動きやすく汚れてもよいお召し物にお着替えを」
「……ふん!そこまで言うなら変えてやってもいいわよ!」
「お心遣い感謝致します」
よし、第一関門突破だ。
完全勝利とはまさにこのことだろう。こんなちょっとした事でも嬉しく感じるとは非日常バンザイ
お嬢様はパタパタと軽い足音を立てて家の中に入っていく。
さて、しばし空き時間ができたのでどうしたものかと考える
そう言えばあとどんなスキルがあったのかと、腰袋から本を取り出す。
「えーと、他に使えそうなスキルは…魔眼、武技、プロテクト魔法、 魅了の術……」
一瞬なぜこんなに一貫性がないのだろうと思ったが、そういえば元々没になった能力をいっぺんに突っ込んだから
他の世界の能力とごっちゃになってしまっているのだと理解した。
「武技…はここの世界の能力か?…そういえば俺が積極的に取り入れている『○○スキル』シリーズは一体どこの世界のものだろうか。
ふむ…別の世界の能力も一緒に使いこなすことができるのなら相当反則だと思うが、
そう考えてるうちに着替えが終わっているらしく遠くの方から「ねぇちょっと」と声をかけられて
瞬時に本を仕舞い腰袋に突っ込んだ。
「終わりましたか」
「あんたがどうしてもって言うから…着替えてきてやったわ!」
手を広げて衣装を見せるようにこちらに歩いてくる。
顔をあらかめてふふんと目線を外す仕草は前に部下の一人がゲームでやっていた『つんでれ』というものになんだか似ている。
しかし、服装が…さほど変わっていないように思える。
それよか先ほどより豪華になってないか…?
「お嬢様、そのお召し物は…」
「あんたの要望どうり私を最大限引き立たせるドレスを着てきてやったわ!」
いや動きやすくて汚れてもいい服って言ったよな…?ん?俺は何か言い間違いをしてしまったか?
とにかく、このまま行って汚しでもしたら…
『何だね!?この汚れようは!薬草採集?知らん!なぜ着替えさせなかった!弁償しろ!』
とかこの子の親に詰められでもしたら借金返済生活になりかねん。……仕方ない
「わっ、ちょ、ちょっと!」
なぜかドヤ顔でいらっしゃるお嬢様の服の装飾品を引っ掛けないように慎重に持ち上げて脇に抱え、家の方に足を動かす。
「な、なにするのよ!」
「そのようなお召し物では薬草を取りにいけません。着替えていただきます」
「はぁ!?せっかく1人で着替えられたのよ!また脱げというの!」
「汚れをつけるわけにはいけませんので」
バタバタと暴れるが正直人間子供の力なんて微々たるものである。
生まれたばかりの子猫となんら変わりはない。
あまり暴れないで欲しいのだがな…装飾がない無印のマントの上から抱き抱えているものの、どこかに引っ掛けてドレスの装飾品を壊すのが正直とても怖い。
早めに着替えさせてしまおうと早足で屋敷の扉を開けると、さらに腕の中の子供の暴れ具合がひどくなる
「いや!いや!いやーーー!!」
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鳥が木の上でチュンチュンと機嫌良さそうに鳴いている。
森特有の透き通った空気がとても清々しくつい息を限界まで吸い込んでしまうことを止められない。
遠くの方では川が流れているのか、水が流れる音が聞こえてくる。
あぁなんて素晴らしいのだろうか!
……このお嬢様がいなければの話だが
「クルルお嬢様、そろそろご気分を直していただけませんか?」
「嫌よ!ふん!」
このお嬢様の名前はクルル・リスタ。ここいらの村を統治している領主の一人娘だ。
なぜ俺が歩けるクルルお嬢様を片手で抱っこしながら歩いているのかというと、どうやら先ほど無理やり服を着替えさせられたのが問題らしい。
言い分としては、『せっかく綺麗なドレスを見せてあげたのにしんじられない!』とおっしゃられていた。
そんなことを言われても回避できる金銭問題にわざわざ金を支払うなんて馬鹿げている。
結局クルルに来てもらったのは丈の短いスカートの色が濃いめのワンピース。
クローゼットに入っていたのはどれも上品なものばかりだったが、このワンピースだけ糸のほつれや汚れが目立っていたのでこれに着替えてもらった。
というわけで俺は『どうやったら機嫌を直すのか』という問いに『抱っこ』と返ってきたので大人しく言うことを聞いていると言うわけだ。
まぁ、一応は依頼主であるし、俺は依頼内容にも同意しているのである種契約を交わしたとも言えなくはないため、この任務中だけは言うことを聞いてやることにした。
「そろそろ腕が疲れてきたんじゃないかしら!」
「いいえ?問題ありません」
「そう…」
話は少し変わるが、先ほどからずっとこのような質問をしてくるのは何故だろうか。
気遣っているつもりなら邪魔なので降りて欲しいのだが、
「疲れたら言うのよ!絶対によ!」
またそれか 今日何回その単語を聞いただろう。
…正直に言ったら降りてくれるのだろうか?
「では疲れました。降りていただけますか?」
「いやよ!私は降りないわ!」
子供がなにを考えて何をしたいのかがこのジジイにはもはやわからない…これがいわゆるイヤイヤ期なのだろうか?
それにクルルの顔が心なしか意地悪そうな………満足気な顔をしている理由もとんと見当がつかないな…
「降りないわよ!ぜっ、たい、に!」
「そうですか、わかりました。ならば結構です」
「えっ」
何故かがっかりされたような顔をしたが、何がそんなに気に入らないのかが分からずじまいだ。
理由を聞こう口を開いたが、クルルが指を前に指して「次はあっち」と指示を出すので
まぁそこまで深掘りしなくても良いかと少しムズムズが残ったが気にしないようにした。
「次はあっちをまっすぐね。ずっとまっすぐ行くと大きい木が立ってるからそこを右よ」
案外指示は的確で方向音痴の俺でもしっかり理解できて大変助かっている。
少々クセがあるだけで、案外頭はいい子なのかもしれない。
「そう言えばなぜ薬草採取を?」
雑談のつもりでそう話を持ちかけると、クルルの顔が分かりやすく曇っていく。
あ…振ってはいかん話だったか…
慌てて話を戻そうとするが、意外と冷静な口調で話し始める。
「お母様が病気なの。だから私が薬を作ってあげるの」
ほう?わがままなだけかと思っていたが、案外力強く優しい子なのだな。俺の中の株がぐんと上がったぞ。
「では沢山薬草を取って早くクルルお嬢様のお母様には元気になっていただきましょうか」
そうニコッと軽く笑うとクルルは意外そうに目をパチパチさせたが、その後すぐに笑顔で「もちろんよ!」と答えた。
「それにしてもあんた!笑ったほうがずっといいわ!私の前ではずっと笑いなさい!」
指をこちらに向けながら力強く言ってきたので
「……それは少し難しいご相談ですね」
と少しその気迫に押されて言葉尻が小さくなったのは少し情けない気がしなくもない。
「おぉ…これは」
そうして雑談もそこそこに歩き進めていると、森のちょっとした崖下の中にある、静かでまるで意図的にそこだけ日の光が集中するように作られたのかと思うほど、綺麗で暖かい花畑のような開けた場所に来ることができた。
するとクルルが前のめりになって「わぁ!」と子供らしい良いリアクションを取ると、俺に顔をバッと向けて
「おろして!」
と一言。
おそらく此処に欲しかった薬草が此処にあるのだろうと言う通りに下に下ろすと、足がついた途端走り出して行ってしまった。
走って花畑の中心まで行くと、今度はこちらに手を振りながら笑う金髪の少女はなんとも絵になる。
こちらに向かって手招きしているので少し駆け足でクルルの元へ急ぐ。
「ほら見なさい!これが薬草よ!綺麗でしょう!」
「ええ、とても綺麗な花です」
「この花はね!病によく効くって本に書いてあったわ!」
クルルは俺が持っていた小さいバスケットを受け取り、その花を抜いて中に入れ始めた。
その間俺は周りを観察して何があるのかを見てみることにした。
(思ったより…何もいないな‥?)
観察して気付いたことだが、あたりに動物がいなさすぎる。日当たりの良いところなのだから動物一匹ぐらい寄ってきても良いはずだが、いくら人間が入ってきたからと言ってこんなに気配が無いものだろうか。
先ほど聞こえていた小鳥の囀りすらも聞こえない様子に異様さを覚え眉を顰める。
「ほら見なさい!こんなに取れたわ!」
クルルが花いっぱいのバケットを両手でこちらに差し出し中身を見せてくる。
ちょうどいい。
「クルルお嬢様もう用事はお済みでしょうか?でしたら花が新鮮なうちに早く帰って薬をお作りになられたほうが良いでしょう」
早く、離れたほうが良さそうだ。こんなにも生き物の気配を感じない森などいい所なわけがない。
「え、こんなに綺麗なのだからまだいても良いじゃない!」
「クルルお嬢様もお母様に早く薬を飲ませてあげたいのではないですか?」
頷け、早く。帰ると
これ以上時間が引き延ばしにされると何があるか分からないからな。
ぐずられると無理やり抱き抱えて帰る羽目になってしまうが…仕方がない
クルルに手を伸ばしたその時、クルルの首がコク…と頷きを見せた。
「そうね…そこまで言うのなら分かったわ…もう帰るわよ」
よし、聞いてくれた!あとはクルルを連れて帰るだけ………
安堵したその時、花の下、いやもっと下の下から感じる何かが迫る気配に自前の鋭い感が働き、
急いでクルルとバケットを抱え、斜め横に飛ぶ。
「きゃあ!!」
クルルの叫び声と同時に先ほど自分らしくがいた所の地面に亀裂が入り、その迫る何かに耐えられずに土破片となって周りに散らばった。
その亀裂からはみ出た緑色の鱗を持った触手のような何かがこちらに迫ってくるのが見えたため、バケットを空中の亜空間に投げ入れクルルを両手で抱え込み、真上に飛んで回避する。
バゴンバダン!!
先ほど俺らがいたところは見事に地面が割れ抉れており、周りに生えていた木も無惨に薙ぎ倒されていた。
これを為した生き物はどんなのだろうかと口角が上がってしまう。
とりあえず距離を取るため、崖の上に着地をした。
「お嬢様お怪我は?」
腕の中のクルルはガクガクと怯えているが受け答えはできるようで、俺からの質問にはコクコクとブリキのように首を振った。
「さてと…誰だ?俺の記念すべき異世界最初の相手ができる幸運な生き物は」
パラパラと音を立てて地面から完全に姿を現したのは、蛇ともトカゲともカメレオンとも取れる、
この世界でいう魔獣と呼ばれる生き物だった。
ここまで見ていただきありがとうございます。
補足ですが、クルルがずっと疲れたかどうかを気にしていたのは、クルル自身、人の困った顔を見るのが好きで駄々を捏ねていたところもあるので、
『疲れたから降りて欲しい』と言われて『いやよ!』とわがままを言いたかったのに、全然主人公が『疲れた』『降りて欲しい』と言い出さないことにハテナを立ててあのような謎行動をとりました。