第六話【記念すべき最初の相手】
土煙を上げて出てきたのは、頭がカメレオン、体がトカゲ、そして尻尾が蛇という爬虫類限定のキメラが登場した。
体長は…正確にはわからないが長さ約15メートル、高さが約8メートルあたりが妥当だろう。
こちらにはまだ気づいておらず、あたりをキョロキョロするキメラに既視感を覚える。
はて、どこかで見たような気がしなくもないな
だが直ぐに思い出すのは無理そうだったのでとりあえず服の胸元から一枚紙を取り出す。
そして素早く親指を噛み切り血を出させてその紙に染み込ませた。
『白虎!』
そう叫び、その紙をキメラの元に向かって投げ込むと、その紙は徐々に変化し白い虎となって咆哮した。
あの虎はスキルで取得したわけではなく、自分の神用紙から派生して作られている紙人形、いわゆる式神だ。
「俺から気を逸らし時間稼ぎをしろ。殺すことは許さんぞ」
あの式神だけで倒せてしまうだろうが、それでは俺の楽しみがなくなってしまうのでそこもしっかりと命令しておく。
腕の中のクルルを見ると先ほどよりかは震えがおさまっていたため、その崖の穴から少し離れることにした。
ある程度森を飛びながら、移動していると上から小鳥の鳴き声が聞こえてきたため、生き物がいるならある程度安全なところまで来たと判断し、体を止めてクルルを地面に下ろす。
「あ…」
まだ不安などはおさまっていないのかひどく不安そうな顔を見せたので、クルルが好きだと言っていた顔を作る。
そうして前にしゃがみ目線を合わせて肩についた土をたんたん、と払ってやる。
「ではお嬢様。あとはお一人で帰られますね?」
「あ、あんたはどうするの…?」
「少しやることがありますので終わり次第、追いかけさせていただきます。」
「いやよ!一緒にかえるの!」
「そう言われましても…」
早くあの穴に戻りたいのだが…どうしたものかと腰に手を当てるとあのキメラの耳をつんざくような咆哮が聞こえてくる。まずい早く行かないと式神が片付けてしまう。
いまだ駄々を捏ねるクルルの顔を両手で包み込んで固定してやると俺の目を見るように指示をする。
「大丈夫です!帰りが少し遅くなるだけですので!…ね?」
早く帰れと念じるがあまり、
つい口調が強くなってしまっだが、この切羽詰まった状況では許されるだろう。
「……っ、絶対だからね…!嘘ついたらゆるさないわよ!」
ポロポロと大粒の涙が俺の手を伝い、落ちて地面に吸収される。
クルルはこちらを振り返らず森の外へと走っていった。うむ、泣かせてしまったのは想定外だ。
もしや俺があいつに負けるとでも思っていたのだろうか?それは侵害だ。
「あぁ、楽しみだ」
そう呟いて元来た道に目を向ける。
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木の枝を蹴り伝いながら崖の穴まで急いで戻ると、土をかぶって汚れているキメラといまだ変わらずの綺麗な毛並みの白虎がお互い唸り合っていた。
『戻れ』
その言葉に白虎の体がだんだんと紙のようにペラペラと剥がれ始め、やがて紙の破片がこっちに飛んでくる。
その紙の群の中に『核』に当たる紙を人差し指と中指で取ると、その紙を口で破り捨てると全ての紙が灰になって燃え消えた。
「俺のペットが腕を噛みちぎったようで大変申し訳なかったな」
カメレオンのようなギュルとした目がこちらにグルンと向いた
その勢いに思わず体をびくつかせてしまったが、身体共有で式神の経験値から攻撃パターンを吟味する。
「爪と尻尾と舌に毒か?ふむ気をつけるべきはこんなものか」
首を傾げて相手を見るとそれが気に入らなかったのか体を振り切り蛇の尻尾をこっちに向かい振り切ってきたのでしゃがんでそれを回避する。
「情報収集は戦闘の基本だぞ」
少しは頭を使ったらどうだ。と挑発してみるが、そのまま体を震わせどす黒いと言えるほどの液体をこちらに向かって吐いてくる。が軽々それをかわし相手の背後にまわる。毒に触れられた部分は煙を立たせながら溶けていくのが見えた。
(挑発に乗ってくるほどの頭脳はない…では通常の爬虫類とあまり変わらない…)
ゆっくりと、かつ慎重に体の構造について考える。
あまり見た目に関しても突起して変わった部分はない。
で、あれば
背後から飛び出し、強行突破で顔面に拳を入れてみることにする。
硬度がどれほどのものかを調べるためだ。
大きく拳を振り、手に力を込める。
「オラァ!」
勢いよく殴りつけるとガキィンと音を立てて地面に倒れる。
俺は相手に攻撃が効いているのかを確認するために一度距離を取った。
それにしても硬い…ぷらぷらと手を振り痛みを軽減させる。あんなに顔が硬いとは流石だな異世界。
キメラは地面に大きく倒れたものの、首を二、三回振ると立ち上がってくる。
いくら弱体化しているからといって、俺のパンチを食らってもなお立ち上がることができるとは…!俺の心は踊りに踊っており、キメラが大きく地響きを鳴らしながら近づいてきているのを見てもその惚けは直らない。
残った前足で大きく振りかぶるが俺は動く気になれずにその場に止まる。
これは本格的に武器を出さないといけないな…
そう思いながら振り下ろされた腕は確実に俺を狙っている。
ドゴォン!
その様子を俺は空中から眺めながら腰袋に手を伸ばす。
何かいい武器はないものか…ここは異世界だから剣を使うか?王道すぎるだろうか。ならば弓はどうだ?うーん遠距離だし使いずらいな。斧なんてどうだろうか?タンクが使ってるイメージだ。どれか…どれがいいのは…
そこでペラッ、と一枚捲る。
お、これなんかいいじゃないか?
こんないい武器も登録してあったなんて何十年前か分からんが俺よ、最高だ。
神用紙を一枚取り出して上に投げる。そしてこう叫ぶ
『神殺しの大鎌、ディル=ボッフォスフィーナを獲得する』
すると手元には大きく光を放ち、やがてその光が鎌のような形に変形。その光が消えると赤と黒のなんともカッコイイデザインの鎌が手に残った。それにしても神が神殺しの武器を使うとはなんとも皮肉なことだ。
「うんすごくかっこいいな」
だが、このデザインを前にして男は振り回さずにはいられないと言うもの。何回か手に握り込み、感触を確かめると軽くブンッ、と振ってみる。
結論から言うとものすごく重いため、もはや鈍器としても使えるんじゃないかと思ったが、そこは目を瞑り、下にいるキメラに向かって思い切り振り上げる。
「えぇと……この辺りか?」
浮遊を解除したあたりでかなり滞空時間があったので座標をしっかりと確認して正確に頭に向かって大鎌をさらに振り上げて
バゴン!!!!!!
落とした。
振り上げたと同時にキメラの頭は潰れ、その勢いは止まることなく地面にめり込み周りを巻き込んで大きなクレーターを作った。
そして大きな音と共に爆風も現れ周りの木々もその風に巻き込まれて草花を散らした。
「ふー…」
舞い上がった粉々パンパン、と払って周りを見た。まぁ、興奮してやりすぎてしまった感も否めないが、中途半端に攻撃するのは失礼だしな。うん、
大鎌を大きく回し、上に放り投げる。投げた大釜は亜空間に飛ばされたため、どこかになくす心配もない。
えーと確か魔物とわかる体の一部を切り取るんだったな…どこを切り取れば良いのだろうか。
目?いやここだけ見るとただのカメレオンなんだよな。体も一部と言われても同じような魔物がいたらどうしたものか。………もうそのまま全て持っていくか
面倒くささが勝ってそのキメラの尻尾を掴み思い切り上に放り投げる。そしてお馴染みの亜空間にぶち込んだ。
「これでいいだろう。さてと、帰るか」
手を数回払ってから凸凹になってしまった道を伝い、崖の上まで登ろうと足を踏み込んだ
「………」
その瞬間、クルルの薬草を取る姿が思い浮かんでしまったため、はぁ、とため息をついて、その跡形も無くなってしまった景色に頭をかいて、現状回復ができるスキルをかけることにした。
「あっ!」
森の中を抜けてクルルの屋敷の前まで行くとずっと家に入らずに帰りを待っていたのか、不安そうな顔をしたクルルと目が合った。
そのクルルは目が合った途端に俺の方に向かい走ってくるので俺は腰を落として大人しく待つことにした。
「帰ったのね!」
「グフっ、」
助走をつけて抱きつかれたためか、首が締まり変な声が出る。なにするんだと言おうと思ったが、クルルの泣いて喜ぶ顔を見ると怒る気力がなくなったため、力加減を間違えないようにゆっくりと頭をポンポンと叩いた。
「心配したのよ!急に大きな音がして、それで、何かあったらどうしようって……」
えぐ、えぐと泣き続けるクルルにえー、と困惑したが、そんなに悪い気はしないのでクルルの顔を両手で包み、ぐいっと顔を合わせた。
「大丈夫ですお嬢様!私は生きておりますよ!」
クルルが好きだといっていた顔を見せてやるとさらに泣いてしまったため、間違ったかと思い、全力であやしていると、反対側の道から見てくれの良い老紳士が歩いてくるのが見えた。
あぁ、あらぬ誤解が…と思ったが、その老紳士が慌ててこちらに向かってくるのが見えて、俺は頭を抱えた。
「この度は…何とお礼をしたら良いか…」
「いえいえ、本当に大丈夫ですから」
あのあときちんと理由を説明するとお礼する、しないの押し問答が続いていた。正直早く宿に帰りたかったのだが、意外とこの人間、しぶとい。
パッと見た時計はもう昼を回っている。宿の飯も食ってみたいものだが、このままだと離してはくれないだろうな。もうこう言う場合はこちらから折れた方が早い。
「わかりました…ならば報酬を上乗せしてください……」
「いえ、それだけでは」
「それだけで結構ですので!!本当に!」
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「本当によろしいんですか?」
「えぇ、あの魔物もそこまで大きくはなかったので…」
結局あの後押し問答は1時間続き疲弊していたので、魔物は大きいものではなかった。元々森の薬を一緒に取りに行くと言う内容だったから報酬を上乗せしてもらえれば結構だ。と言うことを伝えるとあちらも渋々了承した。
しっかし、親子共々、変なところで図々しい。もう正直関わりたくはないな。
ふと父親に撫でられているクルルを見ると元気がなく、服をギュッと握って下を向いていた。
「お嬢様?そのお手に持っている薬草でお母様を元気にするんですよ」
膝をついてそういってやると歯切れの悪そうに答えるのでん?と思いながらどうしたのかと聞く
「お母様…元気にならなかったら…どうしよう」
「え?」
でもその病気に効く薬を新調したんだよな?と思っていると父親がちょいちょいっと手招きをする。
俺が近づくと耳打ちでその病気のことについて教えてくれた。
どうやら医者にもどうにもできないと言われている不治の病らしい。ほう、と少し興味が湧いた。
せっかくここまで付き添った依頼人なので最後の慈悲で『おまじない』をかけてやろうとクルルの手から薬草を引き抜き、そしてゆっくりと額に押し付けた。
「我が助力となり得る癒しの精霊よ。今、目覚めこの者に聖なる治癒の加護を与えん。」
「?なにして」
『セング・ヒール』
そう唱えてやればその草は光り輝きだし、やがてその光は消えた。
「わっ!なにしたの?」
「なに、ちょっとしたおまじないです」
「すごい!すごいわ!」
「ええ、私の故郷に古くから伝わるまじないです。それをお母様に上げればきっと良くなるでしょう」
「ですが、この力は…」
すごいすごいと喜ぶクルルとは変わり呪いのことについて驚いている父親に向かって指を唇に添えて、シィー…と言ってやると察したのかそれ以上はなにも言ってこなかったので踵をかえして宿に帰ろうとすると待って!と声をかけられた。まだ何かあるのか?
「名前…聞いていなかったわ……教えてくれないかしら」
あぁ、そういえば名乗ってなかったな。このままなもない冒険者として放浪するのもありだけど、黒髪ってところで調べられたらバレてしまうしな……
「ネーロ・シュルテンです。放浪の冒険者です」
素直に名乗っておくか。めんどくさいことは起こるかもしれんが…まぁ今更一個も二個も変わらん。
今度こそもういいかと一礼してその場を立ち去ろうと今度こそ足を進める。
「また!会えるかしら?ネーロ!」
それは知らないし分からん。だがそれをまた足を止めて伝えるのは面倒だったので軽く手を振りながらやんわり伝えておくことにした。
「えぇ、いつかまた会えるのではないですかね。お嬢様もお元気で」
そう言って軽く後ろを向いた時にチラッと見えたクルルの顔にどことなく見覚えがあった。
うーん……俺、ちょっと……やらかしてしまったか?
「ネーロ・シュルテン……素敵なお人」
マントを返しながら歩く冒険者を見つめる少女の顔は世間一般で言う恋をした乙女の顔だった。