9話 俺の10万円とTV放送
夜を明かそうと公園に行ったのだが、そこは避難民で一杯だった。さらに橋の下などの河川敷周辺にも、避難民が溢れかえっている。
火事がまだ鎮火していない地域もあり、俺は行く宛に困った。
仕方無く、ビルの片隅で夜を明かすことになる。
翌日になっても災害派遣などは一切見かけることもなく、町は混乱が続いていた。
俺は食べ物が欲しくて、町中をウロウロしてみたんだが、なんと営業している銀行を見つけた。ただしATMだけだが。それも長蛇の列ときた。
幸いなことに、俺の会社の給料が振込まれる銀行。
ならばと俺もキャッシュカードを握りしめ、長蛇の列の一番後ろに加わった。
何時間待っただろうか。やっと俺の番が来た。誇らしげに現金で10万円卸してやった。ほぼ貯金全部だけどな……
これで色々買えると思い、ATMから離れて現金を財布に入れようとした所で誰かに突進された。
吹き飛ばされる俺。
格好悪くコンクリートに這いつくばり、手を擦りむいてしまった。
そこで手に持っていた札束が無い事に気が付く。
ハッとしてぶつかった奴の方を見ると、中年のおっさんが俺の金をポケットに突っ込みながら逃げて行く姿が目に映る。
「あの野郎!」
一瞬で怒りが頂点にきた。
追いかける俺、そして逃げるおっさん。
さすがに俺はギリ20代なのに対して、逃げるおっさんは40代中盤ってところ。若い俺が負けるはずが無い!
あっという間に追い付く。
どうだ、若さの力!
だが、ゼェゼェしてる。
するとおっさんは急に立ち止まり、くるりと振り返って俺に向き合う。
それに合わせて、俺もおっさんの前で立ち止まった。
お互いに肩で息をしているが、おっさんの方は汗だく。
みるみる周囲に人集りが出来た。
ちょっと前なら大騒ぎで「誰か警察呼べ」とかやるのだが、今は興味本位で人が集まって来て眺めているだけだ。
これが今の日本の現状だ。
充電を節約しているのか、スマホを向けてくる者もあまりいない。
おっさんは切羽詰まった顔で、バックから何かを出した。
おっさんの手にしたのは小剣。
石が嵌め込まれた、ゴブリンが使う小剣だった。
ヤバい、こいつもゴブリンの武器を持っていやがったのかよ。
どうする?
10万円を諦める?
いいや、そんな訳無いだろ!
絶対に取り返す!
俺もバックから盾とメイスを取り出すと、周囲のギャラリーから「おお」と感嘆の声が聞こえた。
それを見ておっさんも驚いている。
おっさんと俺は、お互いに相手の武器をジロジロと観察する。
そして覚悟を決めたのか、おっさんは小剣を振りかぶって間合いを詰めて来た。
俺は盾を構える。
するとおっさん、小剣をブンブン振り回す。素人の俺が見ても素人と分かるレベル。
何だこいつ、もしかして凄く弱いんじゃないか?
俺が前に出て、敢えてそれを盾で受けた。
盾は広がり小剣を弾く。
するとどうだろう、激しい衝撃が盾を通して俺に襲い掛かる。
「うわっ」
思わず後退りする。
やっぱりゴブリンの武器は強力らしい。俺の武器は特別とか思ってたが、普通にそれ以外のゴブリン武器も凄い性能だった訳だ。
しかし斬りつけたおっさんも、小剣を弾かれてバランスを崩し、転びそうになるも直ぐに立て直す。
ギャラリーから「武器が光ったよな」とか「異星人の武器に似てないか」などと聞こえてくる。
そしてお互いに数歩、後ろへと下がって相手の顔を見る。
「「それどこで手に入れた?」」
おっさんと俺の言葉がハモった。
お互いに返答はしない。
代わりにほぼ同時に攻撃していた。
俺はメイスで殴り付け、おっさんは小剣で斬り込んで来る。
だが盾がある俺の方が有利。
おっさんの小剣を盾で受ける。
同時に盾をグイッと引く。
するとおっさんが、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。
その拍子におっさんは、腰を押さえて「痛たたたっ」とか言い出した。
ギックリ腰みたいだな。
その時の俺は、右手のメイスを横に広げていた。
「10万円返せ!」
気合いとともにメイスを真横から、斜め下へと振り下ろす。
狙ったのはおっさんの左足。
ボコリと嫌な感触が、メイスを持つ手に伝わる。
おっさんの足は、関節とは違う方向へと曲がった。
ギャラリーがビビるくらいの悲鳴が響き渡る。
「ひぎゃああああっ!」
おっさんは、足を引きずりながら倒れた。
ヤバい、力加減を間違えた。
これでも手加減したんだがな。
周囲からは「うわっ」とか「キモ」とかの言葉が乱れ飛ぶ。
目を背ける者もいる。
苦しそうに横たわるおっさんから10万円を取り返し、ついでに小剣を奪ってやろうかと思ったところで男達が乱入。
「おい、そこの犬帽子、ここで何やってるか!」
2人の警察官だった。
ちょうど10万円を取り返して、ポケットに入れる瞬間だった。
警察官の視線が10万円の札束を見る。次に俺の右手の血が付いたメイスを見た。
「今すぐ武器を捨てろ!」
そう言いながら拳銃を抜く。
いやいや、俺は被害者だっての。
何、ピストルとか抜いてんの!
「ちょい待ってくれるか。俺は悪くないから……」
「なら、その血のついた武器と金は何だ!」
「いや、何だって言われても俺の金だし、正当防衛だし!」
1人の警察官が俺に警告し、もう1人の警察官が俺の横に周り込もうと移動している。
そういう作戦ね。
「とにかく武器を捨てろ。話はそれからだ」
警察官も必死だな。
身近に死の恐怖がある日常になっちまったからな。
でもね、武器を捨てたら捕まえるでしょ?
さあて、どうしたら良いか。
逃げたら銃を撃ってくるかな。日本の警察官は、逃げる相手には撃たないはずだよな。
もし撃たれた場合、この盾で防ぎ切れるのか?
色々と考えた結果……
良し、逃げる!
俺は猛ダッシュした。
「あ、待て、止まれ!」
当然だが追いかけて来る。
警察官に暴力を振るうのは気が引けるから、逃げる一手しか手がないんだよな。
幸い、警察官の1人は運動からは縁の遠そうな肥満体質で、もう1人は走るのも辛そうな年配の人だ。これなら引き離せる。
俺は何とか逃げ切った。
そして橋の下の避難民の人混みの中へと、何気ない顔して俺は入り込んだ。ほとぼりが冷めるまでここで過ごすか。俺は乾燥パスタをそのままかじって腹を満たす。
夕暮れ時になり、俺は町に食料を買いに出かけた。その後、ここから逃げるつもりだった。
だが、飲み屋のテレビを見てピンチを悟る。
俺がテレビに映っていたからだ。
俺の10万円を奪ったおっさんとの戦闘を、誰かがスマホで撮影していて、それをテレビ局に投稿したようだ。
迂闊だった。
この辺りでは、ネット回線も繋がっていたらしい。
テレビには俺が映っていた。
特徴のある犬帽子にマスクしたおっさんの絵。
マスクはスーパーで買ったものだが、色がピンク色。色まで気にしないでカゴに入れてしまっていたのだが、映像を見ると大いに目立っている。
そしてひとつ不満がある。俺はまだ20代なんだが、映像ではおっさんに見える。
そのおっさんが夢のランドて売ってる犬の帽子を被り、派手なピンク色のマスクを付け、普通じゃない威力の盾とメイスを持って暴れまくる絵。
異星人のスパイだと報道されてしまった。
俺は帽子とマスクを外し、その日の内にこの町を出た。