38話 オーク
目の前に立つオークが突然言葉を話す。
「貴様が持っている無限の盾と狂乱のメイスを返せ。それはオレに作られた武具だ」
流暢な日本語だった。
俺が手にしているのは、名前付きの武器だったらしい。無限の盾と狂乱のメイスって言うのか、初めて知ったぜ。
無限の盾は意味が何となく分かる。攻撃の数に合わせて、四方八方に幾つも盾が出現するからだろう。でも狂乱のメイス? まあ確かに俺もそんな感じで暴れたりしたか。まあ、それは良いとして……
「断わる!」
言ってやった。
するとそのリザードマンは、握り締めた戦斧を俺に向けて言った。
「ならば勝負しろ。オレが勝ったらその武具は全て貰う。もしオレが負けたらオレの武具は全て貴様にやろう、どうだ?」
それを聞いて俺はオークの全身を観察した。
盾と戦斧は普通の魔石だな。でも革鎧とブーツかなり大きな赤い魔石が嵌っているし、左腕には魔石の嵌った腕輪が見える。
それは確かに欲しい。欲しいけど……
返答に困っていたら、ビルの中から人が出て来た。新人類のメンバーと桜木さんに妹の星だった。
「お兄ちゃん!」
「あたい達が助太刀してやるよ」
「お手伝いしましょう」
「ボッコボコにしてやるにゃん!」
そして桜木さんが少し距離を置きながらボソリと言った。
「私も応援するかも……」
何その微妙なセリフ。
そこで俺はオークへの返答を思いついた。
「よおし、俺が勝ったら地球を元通りにして二度と来るな。元通りってことは連れ去った地球人も戻して、ファンタジー化した環境も元に戻すってことだからな」
するとオーク。
「オレに勝てたら何でも聞いてやる。勝てたらだけどな。ふはははは」
しゃべり方だけじゃなく、笑い方まで人間だな。
「戦う前に地球を元通りにする方法を教えろ。お前が死んでからじゃ遅いからな」
ちょっとだけ眼つきが変わった気がする。怒らせたようだ。
するとオークは声のトーンを変えて返答した。
「オレが乗ってきたカプセルの中に、大きな黒い魔石がある。それを叩き壊せ。そうすれば魔素が徐々に無くなっていき、この星の環境も元に戻るし変異した動物や人間も元に戻る。それに連れ去った人間どもの転移門も開放される。これで良いだろう」
それを聞いたメイプルとフェリスの目が輝く。そして「人間の姿に戻れるっ」とか「やっと戻れるにゃん」とか言っている。
そして妹の星も辺りを飛び回りながら「やった〜、戻れる〜」と叫んでいる。
だがオークが言葉を挟む。
「そこのフェアリーよ、貴様は無理だ。元に戻れば死ぬ」
は?
思考が一瞬停止した。
フェアリーって妹のことだよな?
無理って何?
星が疑問を口にする。
「え、何、お兄ちゃん、ど~ゆ~ことかな?」
星がホバリングしながら、俺をジッと見つめている。俺に説明を求めている様だが、俺が知る訳が無い。
だが思い出す。
星は一度死んでから天使に生まれ変わった。つまり天使になる前は……
待て待て、じゃあ何か。
地球が元に戻ると星が死んだ時の姿に戻るって事か?
それってまた死んでしまうって事か!
有り得ない、有り得ない、有り得な〜っい!
「断わる!」
「……?」
「もう一度言う。断るっっ!!」
「貴様は何を言ってる?」
「地球はファンタジー世界が似合ってる!」
「結局、貴様が何を言いたいかが分からん」
オークが困惑し始めた。
そこで俺は声を上げた。
「オークをぶっ殺せ!」
俺がメイスを振りかぶると、新人類のメンバーも困惑した表情だが何とか俺に続く。
そして戦いが始まった。
メイプルが魔法を発動。
コンクリートの地面を破って植物の根が伸び、オークの足に絡み付いて自由を奪う。植物系の魔法だ。
そこへフェリスが瞬速で接近。
両手に持った魔石付きの小剣でオークを切り裂く。
オークの周囲で火花が飛んだ。
フェリスの攻撃は盾と戦斧で弾かれたのだ。
驚いたフェリスは一旦は距離を取る。
オークの足は根っこでグルグル巻きなのは変わらず、上半身の動きだけであの瞬速のフェリスの攻撃を躱しやがった。
するとオークが動き出す。
「その程度の力量でオレを倒すつもりなのか。ふざけるのもいい加減にしろよ」
そう言って歩き出す。
するとオークの足に絡み付いていた根っこが、ブチブチと簡単に切れていく。オークは力を込めている様には見えない。いとも簡単に根っこの拘束から脱出した。
一番驚いているのは魔法を行使したメイプルだった。
「信じられない。この根っこを引き千切るのかよ……こいつ、化け物だよ。皆、気を付けて!」
そこで突然オークが戦斧を振り下ろした。
間合いには全然遠い距離。
戦斧は地面に激突。
コンクリートの地面が陥没した。
その衝撃が凄まじい。
オークを中心にして衝撃波みたいなのが、一気に周囲に広がった。
フェリスとメイプルがその衝撃波で吹っ飛ぶ。
離れていたグリムと星は飛ばされずに済んだが、まるで爆発を受けた様になっている。
俺は盾が防いでくれて問題ない。
だがそれだけでこいつが、今までの敵とは違う事を悟った。
俺はメイスを振り下ろす。
鎖が伸びる。
前は「ジャラジャラ」という音だったが、今は「ジャッ」と短い音になった。
伸びた鉄球をオークが盾で防ぐ。
俺は直ぐに鉄球を戻して、再び投げ放った。
今度は低い軌道で下半身を狙う。
するとオークは首を横に振りながら身体を捻って躱した。
「その程度なのか」と言っている様だ。
ならばこうだ!
今度は巨人の力だけじゃなく、遠心力も加えて投げ放った。
だが鉄球は盾で防がれ上に弾かれた。
そこで俺はメイスの鎖を思いっきり引いた。
一度上空に弾かれた鉄球が、俺が鎖を引いた事で再びオークの頭上へと落ちて行く。
オークは明らかに油断していた様だ。
「小賢しい!」と喚きながら、その鉄球に戦斧を叩き付けた。
金属同士がぶつかり火花が飛ぶ。
かなり苦しい姿勢だが、オークは鉄球を防いでしまった。
だがこっちは一人じゃない。
メイプルが矢を放った。
矢がオークの盾に突き刺さる。
オークが盾で防いだのだ。
あの姿勢から盾で防ぐのかよ!
たがフェリスが猛ダッシュ。
オークの盾を足場に跳躍。
一回転してオークの背後に出るや、後頭部へ小剣を振り下ろす。
「もらったにゃ〜!」
その時、オークの腕輪が光り輝いた。
それと同時に視界の全てが、さながら逆回転映像のように後戻りした。
気が付くと、ほんの数秒前に戻っていた。
ちょうどフェリスが、オークの盾を足場にしようとしている時だった。
「にゃにゃ?」
慌てるフェリス。
そこへオークが盾を大きく振った。




