33話 短剣で勝負
俺達は桜木さんの部屋で、防犯カメラを見つめていた。
メイプルの話によると、隠れ家が無くなってどうしようと考えた結果、星の提案でメイドカフェに行くことにしたらしい。メイドカフェなら星は優遇されるからだ。そこで桜木さんの私物を発見。少し休んだ後、忘れ物を届けに来たという訳だ。ちなみに私物とは付け耳だそうだ。
何にしろ無事で良かった。
桜木さんには巻き込んで悪い事したがな。
しかし桜木さんは気にした様子は無く「良いよ、気にしないでよ〜」と言っているし、ここは遠慮なく思いっきり戦うかな。
15分ほど経過したところで変化があった。
銃撃戦が始まったのだ。それもマンション周辺の道路でだ。工事業者同士で撃ち合いが始まったのだ。と言うことは、あいつらはやっぱり味方では無く、他国同士の情報機関なんだろう。俺を狙って来てカチあった訳だな。それで私服警官はと言うと、傍観している様だ。もしくは応援を待っているのかもしれない。
銃撃戦は直ぐに終わり、水道工事業者が勝ったらしい。近くにまだ仲間が居たからだ。
そしてそいつらが、エントランスホールに入って来るのが防犯カメラに映る。ガードマンは早々に降参。外に逃げて行った。さすがに銃には勝てないか。
工事業者達はエレベーターと階段に別れて上がって来る。
エレベーターに乗り込んだ5人が、受け付けから奪ったカードキーを差して、最上階のボタンを押した。
その途端、ボタンを押した男が悲鳴を上げる。
「あがががっ」
雷電魔法だ。
助けようとしたもう一人の男も通電して「あばばばば」と叫んだ。
防犯カメラのモニターを見ながら俺達は、全員で腹を抱えた。
別の男が慌てて近い階のボタンを押して扉が開くや、残りの3人は急いでエレベーターの外に出る。
それに合わせて桜木さんがゲームパッドのようなもののスイッチを操作。
すると床が抜けて、背丈まで泥水の溜まった部屋へ落下。泥まみれになりながら暴れる男達。
監視モニター前では爆笑の渦。
そして階段を必死に登る4人はというと、桜木さんがニヤニヤしながらスイッチを押す。すると階段がいきなり平らに変化。滑り台さながら滑り落ち、エントランスホールに逆戻りした。そこで桜木さんがつぶやく。
「振り出しに戻る〜」
階段から滑り落ちた4人は、訳がわからないと言う顔。それにエレベーターの5人がどうなったかも彼らには分からず、階段が駄目ならエレベーターとばかりに乗り込もうとする4人。
そうなると俺達はゲームパッドの取り合いになる。
「あたいにやらせろよ」
「次は私がやるにゃん」
「え〜、もうちょっと私がやりたいんだけど〜」
「そこは天使の私の出番でしょ」
女4人が見苦しい戦いをしていた。
そんな言い合いを横目で見ながら、俺は桜木さんが落としたゲームパッドを拾い上げ、△☓□□◯と続けて押した。さっきこっそりメモらしき紙を見た時のコマンドだ。それも裏コマンドとか書いてあったやつ!
4人がエレベーターに乗り込み扉がしまった瞬間、エレベーター内が暗くなり悪魔の様な魔物が現れ4人に襲い掛かる。幻影魔法なので物理的ダメージは無いが、精神的ダメージはまぬがれないだろう。
10分に渡り何度も何度も恐怖を与え続けるというから、下手したら後遺症が残るのでは無いだろうか。
それに気が付いた女性陣4人が、俺に「ずっる〜い」とか言い始めるがもう遅い。
もうやることは無い。
しかしこのマンションは凄い。鉄壁の守りだよな。そう思ったのも束の間。奴が現れた。
防犯カメラに写るエントランスホールには、大男が立っていた。
俺はゲームパッドを使って、エレベーターを一階に停め扉を開いた。
中からは漏らしてしまった男達が、ヨロヨロと出て来て大男の前で倒れ込む。精神的ダメージを相当に浴びた奴らだ。
大男はそんな事は気にせず、そいつらを踏み潰してエレベーターの前に立つ。
部屋にいる皆から「乗れ」コールが掛かる。エレベーターに乗ったらこっちのもんだからな。
そして大男はエレベーターに窮屈そうに乗り込んだ。体がデカいからな。
俺はすかさずさっきと同じ△☓□◯と早押し……したつもりがミスったらしい。
エレベーターが急に狭くなっていく。
空間が縮まっているのか、大男が一緒に潰れていく。だが監視カメラが先に潰れてしまい、最後まで確認は出来なかった。
そこで桜木さんが言った。
「せん君さ〜、違う隠しコマンド押したっしょ〜。それって死の隠しコマンドでしょ〜。あいつ死んじゃうよ〜」
そんな強力な隠しコマンドもあるんかいっ。って言うかさ、そんな危険なトラップを似たような隠しコマンドにすな!
まあ、そうは言っても簡単には死なないんだろうなあ、あの大男は。
大男は潰れていきながら「ぐああっ」とか悲鳴を上げる。相当に効いている様だ。もしかしてイケる?
そう思ったのも束の間で、大男は気合いと共に押し寄せるエレベーターの壁を払い除けてしまった。
代わりにエントランスホールの監視カメラを見ると、一階のエレベーターの扉が吹っ飛ぶ映像が映る。
そして壊れたエレベーターからのっそりと出て来た大男は、エントランスホールで雄叫びを上げた。
これには桜木さんも驚いた様だ。
「こいつさ〜、ランカークラスだと思う。アブダクトされた中でも相当上の方だと思うよ〜」
良く分からんが、強いって事らしい。
潰れたエレベーターから這い出して来た大男だか、無傷と言う訳にはいかなかった様だ。両肩が粉砕されたのか、だらりと両腕が垂れ下がったままだ。
だがそれも見る見る回復していき、ピクピクと動き始める。何度見ても凄い回復の早さだよな。継続して発揮する魔道具の能力なんだろう。
そこで俺は気が付いた。
「大男攻略法を思い付いたかも」
すると俺と大男の戦いを見ていたフェリスが聞いてきた。
「あの再生怪物の攻略法かにゃ?」
「そう、そう。えっと誰か魔石付きの短剣か小剣を貸してくれないかな」
すると桜木さんが魔石付きの短剣を出して言った。
「短剣ならあるけど、こんなんで良いの〜」
桜木さんが腰に差していた、護身用の短剣の様だ。それを受け取って見てみると、魔石は普通色だが問題はなさそうだ。これでも十分にイケると俺は判断した。
俺はこの短剣で大男を倒すつもりだ。
皆は不思議そうにそれを見ているが、何故か俺には自信があった。それは指輪の能力で短剣の性能を分析して確信したものだ。
そして俺は一人、壊れた隣りのエレベーターを使って一階へと降りて行く。もちろんフル装備である。
一階に到着してエレベーターの扉が開くと、大男が工事業者の格好の奴らを投げ飛ばしているのが見えた。マンションの外にまだ居たようだ。それもちょうど最後の一人を壁に叩き付けた時だった。
エントランスホールに入って来た俺に気が付き、こちらに身体を向ける大男。俺と視線が合うとニヤリと笑って言った。
「よお、砕き屋。再戦に来たぞ」
しつこい野郎だ。
「そうか、なら相手になってやる」
大男は魔石付きの斧を両手で握り締めて、野球のバットの様に横薙ぎに振り抜いた。
動きは鈍い。
これくらいなら俺でも避けられる。
俺は避けながらメイスを振るう。
鎖が伸びて鉄球が大男の腹に食い込む。
一瞬うめき声を発するが、直ぐに回復して斧を左右に振ってくる。
タフだな。
後ろに回り込めれば良いのだが、中々そうはさせてくれないか。思ったより苦戦しそうだな。
エントランスホールは広いとはいえ、大男が暴れるにはちと狭い。斧を振り回せば、直ぐに壁や天井にぶつかる。
その隙を俺は逃さない。
左足にメイスを叩き込む!
態勢が崩れた所で、また左足へメイスを叩き込む。徹底した左足攻撃だ。
再生する早さよりも、負傷する速度を上げれば良いだけのこと。だが止めを刺すにはまた別の方法を使うつもりだ。足では止めは刺せないからな。
左足が完全に潰れた所で、俺は大男の背後に回る。
大男も後ろを取られまいとして、必死に身体を捻るが余りに遅い。
俺は大男の背後を取ると、その背中に魔石付きの短剣力一杯突き立てた。
問題はここからだ。
俺は敢えて刺さった短剣を抜かずに、そのままにした。
大男は必死に背中の短剣に手を伸ばすが、筋肉が邪魔をして届きやしない。手が届かなければ、短剣を抜くことも出来ない。
それで刺さった状態で魔石付きの短剣はどうなるかと言うと、それは魔石が光り続ける。それは魔石が効果を発揮し続けるということ。
背中の短剣に手が届かず、苦しみもがき始める大男。
俺の思った通りだ。
俺は大男の目の前に立って言ってやった。
「早く短剣を抜かないと、傷がどんどん広がるぜ?」
短剣が刺さった箇所は再生はされずさらに魔石が効果を発揮して、傷の拡大をし続けている。
それが抜けないとなると、大男は死んだも同然。
勝ったな。
それとだ、俺にはまだやりたい事があるんだよな。
俺は瀕死の大男に近付いて行った。




