30話 大男現る
俺がメイスを振り上げると、そいつらがショットガンやサブマシンガンで撃ち返してきた。
まさかこの煙の中、俺が見えてるのか⁉
だが逆に銃口からの発射光で敵の位置が分かる。
俺はその方向へメイスを横なぎに振るった。
ジャラジャラッと鎖が伸びる。
複数の男の悲鳴。
一旦戻して頭上で回す。
そしてもう一度振るう。
さらに悲鳴。
それ以外にも、リビングの中の何かを破壊する音も交じる。
しまった、隠れ家を壊してしまった!
グリムに怒られそう……
敵からの弾丸はキッチリ盾が防いでくれた。
メイスを引いて構えたままの姿勢で様子を見る。
撃ち返してこなくなったな。
その代わりに、今の攻撃で倒れた者の声が聞こえる。
「くそ、二班は全員やられた。リビングへ応援頼む、至急応援頼む……」
無線連絡しているようだ。だが声はその男だけ。
そこでフェリスが叫ぶ。
「廊下から来るにゃ!」
そう言われても視界不良でリビングと廊下が繋がる位置が分からない。恐らく玄関から侵入した連中が他の部屋の確認を無視して、リビングに一直線で向かって来るのだろう。
俺は視界がふさがっている中、構わず廊下のある大体の方向へメイスを振るった。
すると鎖が伸びて行く感覚。
そして壁を砕く感覚。
さらに男の悲鳴。
鎖で伸びた先の鉄球が壁を貫いて、廊下の敵何人かを倒した様だ。
すると怒鳴り声が聞こえた。
「後退、後退!」
逃げて行くらしい。
俺はメイスの鉄球を戻してまた構える。
負傷者を連れて玄関外へと出た様だ。
だが前回の自衛隊との戦闘の時の様に、次の手が絶対にあるはず。油断は禁物。
それより俺達がここから脱出する事を考えないといけない。
「足音は玄関の外へ行ったにゃ……でもまた誰かが入って来たにゃ」
突入部隊は一旦下がって行ったようだが、別の誰かが玄関から入って来た。
その足音は俺にも聞こえた。
ズン、ズン、といった具合にゆっくりと歩いて来る。
どうやら一人で来るようだ。負傷者の回収かもしれないから少し様子を見る。
しかし負傷者を回収どころか、リビングで倒れる者を踏みつけるか蹴飛ばしている様だ。先ほど聞こえた声で「ぐわっ」という悲鳴が響いたのを最後に、人の声は聞こえなくなる。
そして足音はリビングの中央付近で止まった。しかしそこから動かない。
微動だにしないし周囲に変化もない。
静まり返るリビング。
こいつは何をしたいんだ?
そのうちガスが消えてきて徐々に視界が開けてきた。
すると大男がリビングで立っているのが見え始める。俺達に背を向けた状態で立っている。
身長は二メートルを超える大男で筋肉で出来たような背中。着ている白いTシャツが破れそうなほどにピチピチだ。それにしっかりガスマスクを着けているが、特殊ゴーグルの類は着けていないように見える。そして右手には石が嵌った斧。
ゴブリン製ってことか。これは厄介だ。
その大男は視界が晴れてきたところで動き出した。
リビングをキョロキョロとし始める。俺達に背中を向けたままだ。
そこへフェリスがキッチンのテーブルを飛び越えて襲いかかった。
「ふんにゃあっ!」
「ああ、勝手に動きやがって」
慌てて俺もリビングへと出て行く。
フェリスのサーベルのような剣が、大男の背中を切り裂いた。重傷レベルの傷である。さすが魔石付きの武器だな。
フェリスが満足そうにつぶやく。
「どうにゃっ」
すると大男はゆっくりと振り返る。
するとその首からは、大きなメダルが掛けられていた。黄色い魔石のメダルだった。それにベルトにも魔石が嵌められている。
魔道具の複数持ちかよ!
「フェリス下がれっ、そいつは魔道具を幾つも持ってやがる!」
大男が斧を振り上げる。
だがフェリスの反射神経は半端ない。
振り上げたと同時に大男の後ろへと回り、斧を振り下ろす時にはその背中に斬り付けていた。
そこでフェリスが声を上げる。
「こいつ変態にゃ。傷口が塞がるにゃんっ」
首からぶら下げたメダル、もしくはベルトの能力か?
手に触れられれば、今の俺にならその能力が分かるんだがな。
大男は再び振り返りフェリスに向かって斧を叩き落とす。
それは凄まじい威力だった。
魔石の色は普通なんだが、それを腕力で威力を上げているといった感じだろうか。
一撃で床が抜けそうな威力だった。
二度の男の空振りで、床に大きく割れ目が出来た。僅かだが下の階が見える。
「その手があったか!」
俺は大男の足元を狙いメイスを振るう。
いとも簡単にメイスは男の左脚を砕いた。
どうやら動きは遅いみたいだな。それなら何とかなる。
がくりと片膝を突く大男。
だが大男は数秒で立ち上がった。
砕けたはずの左脚が、完全とまではいかないがかなり復活している。
思った以上に回復が早い。
そして自らガスマスクを脱ぎ捨てる。現れた顔は醜くく、下顎から牙が2本突き出ている。まるでトロルといった感じだな。そしてそいつは俺を睨みつけて言った。
「貴様が“砕き屋”とかいう奴か」
何それ?
もしかして俺の二つ名なの?
格好悪い名前なんですけど!
その隙にフェリスが治り切っていない左脚のアキレス腱を切り裂く。
「良くやった!」
俺は叫びながら床に力一杯メイスを打ち付けた。
その一撃で床に穴が空く。
「フェリスっ、下の階へ逃げるぞ!」
フェリスの俺の言葉に対する反応が早かった。
四つ脚で走りだし、床に空いた穴からスルリと下の階へと抜けて行った。さすが猫だな。
俺も逃げるかと穴に飛び込もうとするが、フェリスの様にはいかない。ゆっくりと足場を確認しながらじゃないと降りられそうにない。メイスや盾は凄い性能だが、俺の身体能力は上がっていないんだから当たり前だ。
だが目の前には大男がいる。
俺は大男の頭に向かって、力一杯メイスを振るう。鎖が伸びて鉄球が大男の側頭部にクリーンヒット。
大男が吹っ飛び壁に激突。
これで逃げる時間くらい稼げるだろうと、俺はメイスを腰に差して穴に入り始めた。
甘かった……
大男が数秒で起き上がり始める。
即死してもおかしくない衝撃だったはずなのにだ。
「傷が再生とか、まさにトロルだよな……」
俺は必死に穴から下へ降りようとするが、服が引っ掛かって中々抜けられない。
大男が片膝立ちになり、さらに膝に手を当て一気に立ち上がる。
「おい砕き屋、遠慮なくやってくれたよなあ。次は俺の番だ、覚悟しろ」
そう言って大男は斧を構えた。
大男が斧を大きく振り上げるのだが、それが天井に食い込み抜けなくなる。
これはチャンスと思ったが、大男はもう片方の拳で俺を頭上から殴り付けやがった。
盾が防いでくれたが、衝撃で床が抜けた。
ガラガラと家具や瓦礫が階下へと落ちる。当然のことながら、俺と大男、それに倒れていた突入者も落ちた。
たが俺の場合は盾の防衛機能が働いて、全くの無傷だ。階下に住人もいないから問題なし。
そこで改めて倒れていた突入者の格好を見たのだが、その装備や服装は自衛隊でも無く警察でも無かった。それに記章や部隊章も着けてない。ということはCIAか他国の秘密機関か。
階下に俺が落ちた事に気が付いて無いのか、他の奴らはまだ降りてこないようだ。
「まとっち、こっちにゃ」
そこでフェリスが、ベランダから俺に手を振っているのに気が付いた。非常ハシゴで降りるつもりのようだ。
ベランダから下を覗き込むと、下にも何人か怪しい奴らが見える。突入者の仲間だろう。危険だが他には行く道がない。
俺とフェリスは避難ハシゴを使って、階下へと降りて行った。




