25話 桜木タワマン探訪
結局、俺の鼻血のせいでカタカンベさんを呼ばれてしまい、肝心の場面で俺は天井を見ていた。
俺がリビングのソファーから起き上がると、桜木さんはスエットに着替え終わっていたのだ。俺は千載一遇のチャンスを逃したのだ。敗北感が物凄い……
俺が残念そうに「ちっ」と舌打ちするとカタカンベさんは、してやったり的な表情を浮かべて部屋を出て行く。そしてリビングを出る寸前、チラリと振り返り捨て台詞を残した。
「どうぞお気を付けて下さいまし……ふっ」
あ、今鼻で笑ったよね?
何なの、あのメイドは!
改めて部屋の中を見ると、そこはテレビドラマで見るような部屋。壁にはプロジェクターがあるし、スピーカーがあちこちの壁に設置されているし、床には虎の毛皮が敷いてある。しかも頭付きだ。見た目からして触りたくないレベルに怖いし、それ以上に気持ち悪いくらいにリアル。きっと本物なんだろうな。
その隣には白熊の敷物まである。ちょっと趣味悪いなと思う。
だが窓に目を向けるとそこは別世界。
最上階らしくベランダから見える外の景色は絶品。赤く染まる夕焼け空が異世界を見る様だ。
俺は窓際に近付いて外を眺める。
桜木さんも隣に来て外を眺めはじめた。
「ここからの景色は別世界だな。地球ってこんなにも美しかったんだな……」
ここでハッとする。ガラにもない事を言ったと後悔。からかわれるかと思ってそっと隣にいる桜木さんの顔を垣間見る。
何も言わず夕焼け空を見つめていた。
何か物悲しい表情で遠くを見る女性。
まるで別人にさえ見えた。
一言でそれを表現するなら
――美しい
その一言に尽きた。
こんな表情も出来るんだなとちょっと感動する。
自然と桜木さんの肩へと手が伸びた。
そこでガチャリと扉が開く音。
慌てて手を引っ込めて、頭を掻くフリをする俺。
リビングの扉を見ると、カタカンベさんがバームクーヘンとコーラを持って入って来た。
桜木さんはどうやらバームクーヘンが大好きらしく、テーブルに置かれるなりパクつき初め、何処の店のバームクーヘンが美味しいとか語り出す。
そしてカタカンベさんは「失礼致しました」と言ってリビングを出て行く。しかし扉を閉じる瞬間に「ふっ」と笑ったのが見えた!
あんの野郎っ、絶対に狙って入って来やがったよな!
そこで突然桜木さんの一言。
「部屋ん中くらいさ、バック下ろしなよ」
まともな事を言われたんだが、バックを下ろせない理由がある。
「異星人事件があってから、急いで逃げる時が多くて、心配でバックは手放せないんだよ。悪いね」
苦しい言い訳だ。バックの中にメイスと盾があるからだなんて言えない。
「ふ~ん、そうなんだぁ。それとさあ、前から気になってたんだけど~、その指輪はどったの?」
ちょっとドキリとした。
「あ、これね。お、俺もちょっとおしゃれしようと思ってね、安かったから買ってみたんだよ。ダメかな」
ゴブリン祈祷師から奪ったとは言えない。
「ふ~ん、良いんじゃな~い」
聞いておいて、何か投げやりな返答だな。
そんなどうでも良い話をしていると、またしてもカタカンベさんがリビングに入って来た。
「私はそろそろお暇します」
その姿は先程までのメイドでは無く、私服姿であった。
すると桜木さん。
「あ、もう上りの時間か、お疲れちゃ〜ん」
帰り際、カタカンベさんはちょっとだけ残念そうな表情を見せる。
そして桜木さんが見てない隙に「ちっ」と舌打ちをしてきた。
もちろん俺に目を合わせてだ!
俺は胸を張って手を振ってやった。俺の勝ちだな。
そうか、メイドも仕事だから当然上がりの時間がある訳だ。ってことは、この家には俺と桜木さんの2人きり……
「よっしゃぁっ、やる気出てきたぜ!」
「せん君、何言ってるの?」
ヤバい、つい嬉しさが言葉に出ちまったよ。
でもこれでワンチャンが巡ってきたな。
「いやあ、何でもないよ。はははは」
「そうだ、せん君。御飯食べるっしょ」
「ああ、もうそんな時間だよな」
俺がそう言うと、桜木さんはスマホに何か打ち込み始めた。
「ネット注文?」
「う〜ん、まあそんな感じかな……40分くらいで到着するってさ」
「何を注文したの」
「え〜、色々に決まってんじゃ〜ん」
「そっか、え〜と、シ、シャワーは何処にあるのかな〜なんて」
「うん、勝手に使って〜。廊下の右の扉だからさ。タオルも置いてあるの使っちゃって良いよ〜」
桜木さんはまだ、スマホで何か打ち込んでいて忙しそうだ。仕方ない、俺が先にシャワー浴びるか。汚い男は嫌われるからな。ふんふふん♪
俺は一人バスルームへと入る。
「マジか!」
俺の目に飛び込んできたのは、巨大な浴槽にシャワーが4つ。
何人で入る風呂だよ!
温泉旅館の風呂じゃね〜か!
浴槽には既にお湯が張られているし。
いつでも入れるようにだろうな。
それに最上階ならではの夜景。
全面ガラス張りの風景で遮るものは何もない。
絶景とはこういうのを言うんだな。
本当に凄えな……
俺は一人、この大浴場で楽しんでやった。
・
・
・
1時間程して俺はリビングに戻った。
するとそこには……
「お前ら何で居るんだよ!」
「おう、まとっち、遅かったな」
「男が長風呂とか何やってるにゃん」
「まとっち、先に食事を頂いておりますよ」
リビングにはテレビゲームをする新人類のメンバーがいた。
コンビニで買って来たのか、お菓子やらパンや惣菜、それにビールまでが置いてある。それを皆で食い散らかしながら、テレビゲームをしているのだ。
「何でお前らがここに居るんだよ」
俺が眉間をヒクヒクさせながら質問すると、桜木さんがゲームをしながら言った。
「私が呼んだんだよ。メイドカフェでラムちゃんと仲良くなって、連絡先聞いてたからねーーあ〜、あっぶな、中々やるなメイプルっちーーそしたら友達連れて行ってもーーおおっと、そうきたかっーー良いかって言うからさ、」
ゲームしながらだと、話が分かりツラいんだけど。
早い話、フェリス繋がりで新しい友達を紹介されたってことかよ。
ああ〜、これで俺の夢が崩れ去った。
所詮はモブってことだな。
「メイプルどけっ、俺がやる!」
俺はゲームパッドを奪い取り、桜木さんを見据える。
「あれれ〜。せん君のくせに、私に挑む気かな〜」
「俺の長い自宅警備歴の凄さを、見せてやんよ!」
その夜はアルコールもあった為か、夜遅くまでゲーム大会を楽しんだ。
女の子達とやるゲームがこんなにも楽しいとは、全く知らなかったよ。ゲームの神様、有り難う!
「そろそろ寝よっか。部屋は一杯あるから使って良いよ〜。私は自分の寝室で寝るね〜、じゃね〜、おやすみ〜〜」
桜木さんはとっとと寝室に消えて行った。
正直俺はもっと続けたかった。
新人類のメンバーも適当な部屋を見つけて、勝手に入って行く。
それなら俺もと部屋を探すのだが、ウロウロしている内に階段を見つけてしまった。まさかの登り階段だ。上の階があるらしい。
甘い誘惑。
見たい。
女の子の家、何があるか見たい!
俺は興味本位、いやエロい気持ちが先行して、階段をゆっくりと登り始めた。
上の階には部屋は二つ。
まずは右側の扉からだな。
俺がそっと扉を開ける。
窓からの月明かりで薄っすらと見える。
何か沢山置かれているらしい。
壁に手を伸ばしてスイッチを探す。
あった、照明のスイッチ。
パッと部屋が明るくなった。
どうやら物置きというか収納部屋だな。所狭しとハンガーラックが置かれていたり、収納箱が山積みされている。
魔が差してその内のひとつ、収納箱を開けてしまった。
「ふおっっ」
男にとっての宝の山が収められていた。
必死に鼻血を抑える俺。
無意識に手が伸びてしまう。
いかん、いかん、これじゃ俺は変質者じゃね〜か。ギリギリ理性が勝った。
俺は後ろ髪を引かれる思いでその部屋は出た。
そしてもうひとつの部屋の扉を開ける。
真っ暗だ。
月明かりも見えないと言うことは、窓は無い様だ。
真っ暗闇の中、壁をまさぐりスイッチを探す。
「お、こんなところにあったーー」
部屋の明かりが着いた途端、目の前にあるものに驚かされる。
そこには見覚えのある、宝箱のような箱が置かれていた。ゴブリンの武器が入っていた、あのコンテナだ。
「何でここにこれが……」
俺はコンテナに近付き手で触れる。
間違いない。これはゴブリンのコンテナだ。
こうなったら放って置けない。
俺はコンテナの蓋を開けた。




