13話 通勤途中に天使教
話し込んでいる間に夜になった。
そうだ、持って来たスマホで情報をと思ったが、スマホが無い。良く考えたら、自宅で充電したまま出て来てしまった。
悔やみきれない……
取り敢えずは食事でもして、ゆっくり身体を休めるか。
「ねえ、何か食うもんないの」
あ、いけね。
遠慮とか考えてなかったよ。
だけど皆は気にした様子は無いな。それなら良いか。
「今はこんなのしかにゃいにゃん」
そう言ってフェリスが持って来たのは、乾パンの缶詰とペットボトルのお茶だった。
今の俺にとってはそれでもご馳走。喜び勇んで食らいついた。最近ずっとまともな食い物は食べてないからな。乾パンだろうが、凄く美味く感じるぜ。
お替りを貰おうとしたら、それは断わられる。乾パンも無限じゃないって怒られた。
外はもうかなり暗くなっている。今から外で寝る場所を見つけるのは、無理というもの。仕方無く床に転がって寝ようとしたら、フェリスがソファを用意してくれた。
「ここで寝るにゃん」
何だこいつ、意外と良い奴らなのかもしれない。
俺は遠慮無くソファに横になり、借りた毛布に包まっていると、何故かフェリスがソファの横で大きく伸びをする。
その姿にドキリとする。
こいつ、無駄にスタイルが良すぎるんだよな。
そして何をするかと思えば、俺の足元のソファの上に乗り丸くなった。
何だこいつ!
だがソファを借りた身分だし、女の子と一緒に寝るのも悪くない。いやむしろ、あざ〜っす!
足元じゃなく、頭の方だったらなお良かったけどな。
それでも朝までグッスリ眠れた。
目が覚めると3人は既に起きていて、何やら準備をしている。
「おはよう、何かの準備か?」
俺が目をこすりながらそう聞くと、メイプルが答える。
「仕事に行く準備に決まってんだろ。働かざる者食うべからずって言葉、知らねえのかよ。まとっちも仕事くらいしてんだろ」
エルフ顔のくせに、変な言葉を知ってやがるな。
「仕事はあるけど、あの事件から出勤してないからなあ。それに俺、警察とかCIAに目を付けられてるんだよな。自宅バレしてるし会社なんか行ったら、それこそ拉致されるんじゃないのか?」
「そん時はそん時だろ。お前、強いんだろ」
勝手なこと言いやがるな。
でも働く場所が無くなって、給料が貰えなくなるのは辛い。銀行預金はほぼゼロだしな。
「それじゃあ、様子くらいは見に行ってみるか」
こうして俺は異星人襲来以来、初めて会社に出社することになった。
だが、ここからだとかなり遠い。
バスは走ってないし、タクシーも走ってない。そもそも放置自動車を撤去しないと、殆んどの道路は使えない。
だからと言って、歩いて会社に辿り着くにはかなりの覚悟がいるな。2時間、いや3時間は歩くんじゃないか?
非常に面倒臭いが、収入が無くなるのはもっと面倒臭い。仕方無いからひたすら裏通りを歩く。
歩く。
歩く。
ひたすら歩く。
囲まれた……
道路の前に3人、後ろにも3人。
全員が日本人っぽい。
外国の組織とは違うようだな。
でも日本政府の組織でも無い気がする。警察なら身分を証してくるし、警告してくるはずだ。
だがこいつらは、沈黙のまま腰や懐に手を突っ込んでいる。今にも武器を出してきそうだ。
ここは裏通りだが、少なからず人通りはある。この人通りが無くなった時が恐い。
俺は構わず前の3人の間を突っ切る。
3人の間を通る時に「ちっ」と舌打ちされた。それにちょっとカチンときた俺は「うざっ」と返答。そのまま早足で追い抜いた。
「あんだとっ」
あら、キレやすいんだな。
俺は振り向きざまに盾をかざす。
そこにドンピシャで刃物が振り下ろされた。
音を立てて弾かれる出刃包丁。
包丁?
他の奴らも包丁らしき物を取り出した。その中の1人がつぶやく。
「作戦を無視しやがって!」
やっぱり俺を狙ってたんだね。
でもこれで前後挟まれずに戦える。
周囲の人達はさっさと逃げて行く。警察に知らせようという人はいない。これが現状だ。
俺にとってはそれが都合良い。
「俺に用があるのか。話くらい聞いてやるぞ」
俺がそう言うと、男達はブツブツなにかつぶやき始めた。
ま、まさか、詠唱か!
「空から舞い降りた天の使いよ、我ここに生贄を捧げる」
いや違うな。お祈りっぽいぞ。
これはあれだ。新興宗教だな。
こんな世の中だ。宗教が出回って来てもおかしくないか。この感じだと、俺は生け贄か。
俺は前に突進しながら叫ぶ。
「シールドバッシュ!」
何度も言うけど、別に叫ぶ必要はない。
一度に3人の男達を吹っ飛ばした。
すると残った3人がビビりだす。
それでも祈りながら突進して来る。
「我、天の使いを信じる者也!」
そんなことを叫んで柳葉包丁を振りかざす。
「シールドバッシュ!」
言葉に出す理由、それは叫ぶと少し威力が上がる気がするからだ。
先頭の男が数メートル吹っ飛び、それに巻き込まれてもう1人も地面に転がる。
吹っ飛んだ3人はダメージが大きいのか、立ち上がれない。
それもそうか、地面はコンクリートだからな。シールドバッシュだけでも十分に無敵だ。
残った1人が果物ナイフを両手で握り締め、何も出来ずにオロオロしている。
「おい、お前らは何者だよ。何で俺を狙うんだ」
返答には期待しなかったが、思いのほか返ってきた。
「我々は“天使教”也。貴様を天に捧げる!」
やっぱり新興宗教だったか。
海外の政府機関も厄介だが、こういった奴らも面倒臭そうだよな。
その時だった。
左腕の盾が勝手に動いた。
腕が引っ張られる様に、左方向へ向いた。
そして盾が勝手に広がる。
盾に何かがぶつかり、ガラスが割れるような音。
同時に炎が広がった。
火炎瓶だ!
民家の塀の後ろから、何者かが俺に投げ付けてきたのだ。十中八九新興宗教の奴らだと思う。こんな待ち伏せまで仕込んでいたのかよ。
それよりも、盾が勝手に動いた事に驚く。自動防御機能とでも言おうか。それがなかったら今頃、俺は火炎瓶を直撃で受け、火の海の中にいただろう。
壁の裏から出て来た男が、驚いた様子で俺を見ていた。その手には、火が着けられたもう一本の火炎瓶が握られている。
俺はそいつに向かってメイスを振るった。
ジャラジャラッと鎖が伸びて、男の太ももを粉砕。
くぐもった声を上げて、男は横倒しになる。すると持っていた火炎瓶が割れて、男はあっという間に炎に包まれた。
残った男は祈りを止め、唖然と立ち尽くす。
もう戦う気力などなさそうだな。
俺は悠然と歩き出した。
□ □ □
会社に到着した。
10階建てのビルの4階が俺の勤めている会社なのだが、ビルの周囲には警察が張っていた。
周辺の道路は綺麗になって放置車両も片付けてあり、代わりに警察車両が何台も停まっている。
ある程度予想はしたよ。
CIAに自宅がバレたんだから、そこから会社が警察にバレてもおかしくはないからな。
だけど警察の数が半端ない。機動隊だけでも数十人はいる。これだけ目立つように警察を配置すれば、俺が現れないと予想しなかったのだろうか。
だがこのままだと、俺は凶悪犯真っしぐらだ。CIAは俺が異星人の武器を持っていることを知っているが、警察はどこまで知っているんだろう。もしかしたら詳しい事は知らされてないで、来たらCIAに連絡しろ的なことか?
所詮は日本警察なんてものは、アメリカの政府機関に逆らえないだろうからな、大いに有り得る。
それにCIAにあった時、俺を捕まえようとはしなかった。話を聞いてくれと言ってきた。上手くすれば、話し合いで全て解決出来るんじゃないのか。
俺の心が段々と、自分の都合の良い考えへと傾く。
「よし、こうなったら会社へ行ってやる。警察に止められても、事情を話せばきっと分かってくれる。同じ日本人だからな」
そう自分に言い聞かせ、俺は会社のあるビルへと足を向けた。




