+++第八話:勇者たる者
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俺がこの場所に来てから、早くも一週間がたった。
気づいた・・・というほどのことでもないが、茜荘の朝は早い。
というよりも、不規則だというのが正しいか。
仕事の関係なのか、ノセアダやフェーラルスは夜中まで起きていることもあるようだ。
とはいえ、規則的な人物もいる。
だいたい、午前六時頃のこと・・・バタバタと忙しなく家が揺れ始める。
「うおーーー⁉
ち、遅刻だあああ!!」
「ったく、馬鹿の一つ覚えじゃねえか!
昨日も言ったろ?
・・・・早く寝ろって」
一度痛い目を見たほうがいい・・・・腕組待ち受ける俺の姿に、セイヤッタは指をさして声を上げた。
「あ!!セシル、起こしてって言ったじゃん!裏切り者ぉ!」
「失敬な、俺はちゃんと起こしたぞ。
部屋に入って布団まで剥いでやったのに・・・・そうなれば起きないお前が悪い」
(え―――――――⁉)
俺の言葉に、一転彼女は勢いを失い口ごもる。
次の瞬間、飛んできた部屋着が俺の顔面にヒットした。
「もう!変態!!」
(じゃあ、どうすればいいんだよ)
「ふああ・・・ごめんねセシル君。家のことまで任せちゃって」
そう言って通路の奥から現れたのは、うすピンクのふわふわした防寒着を身にまとった少女である。
彼女はゆっくりと歩を進めながら、前髪を整えた。
「ああ。
まさか、セイヤッタが高等校生とは思わなかったが。
それより、フェーラルスはもう少し寝たほうがいいんじゃないか?」
「ありがとう。
でも大丈夫、これからやることがあるから。
そっちは任せてもいい?」
まだなにかするつもりか・・・。
彼女の過労は心配になるレベルだが・・・・かと言って、俺に止める権利もない。
「ああ、そっちも・・・・。
平気だとは思うが、程々にな」
(・・・・)
なにか気になることでもあったのか・・・・。
彼女は会話が終わったあとも、その場に留まり俺の顔を覗いた。
「・・・なんだ?」
「ううん?
ちょっと嬉しくなっただけだよ。
セシル君が、こんなに早く馴染んでくれて」
口角を上げ、ほわんとした温かい雰囲気を醸す。
彼女は隠さない心情で、本当に喜んでいるように思える。
「これに慣れて、喜んでいいのか微妙だけどな・・・」
そう言い残すと、俺は問題児の方に向かって行った。
「ーーークリップが逆だぞ。
ティラノサウルスが後ろ向いてる」
「げ、まじで??
・・・直して直して」
俺の指摘にセイヤッタは制服のボタンを付けながら、あたふたとこちらに背を向ける。
「まったく、歯磨きは?」
「したよ!バッチリ!」
威勢だけは良いようで、彼女は勢いよく手を上げた。
「顔は?」
「洗いました!
・・・ちょっとセシル、私を舐め過ぎなんじゃ―――」
「――はいはい、じゃああとは朝飯だな」
(・・・・・・)
「えー。
時間ないよ」
俺の言葉に、彼女は不満そうに口をすぼめた。
こいつもそうだが、ここの住人はおしなべてそうだ。
いままでどんな生活をしてきたのか知らないが、かなり生活習慣が終わってる。
「・・・いいかよく聞け、これは俺の爺さんの古知恵なんだが。
朝飯を食べないと・・・・・・・」
「・・・食べ、ないと?」
「――――脳みそが腐るらしい」
「・・・⁉⁇
―――ッ‼⁉⁇」
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「――怒られたらセシルのせいだからね!」
一度こちらを振り返り、そう恨み節を吐いたセイヤッタを適当にあしらって送り出す。
(ていうか、だったらもう少し急げよ・・・)
―――まったく俺はここになにをしに来たのか。
料理ができるからって、まるでカフェの店員と世話係・・・まさかまた、あの女に振り回されているんじゃないだろうな?
(・・・・)
いや、違うか・・・。
自分では理解している。
もし本当に違和感が大きければ、俺は問答無用にここを出ているだろう。
彼女らは本気でなにかを成そうとしている。
一見お茶らけているように見えるノセアダも、廊下では真剣な表情ですれ違うこともある。
あの馬鹿だって、高等魔校に通いながら兵士として活動している、ということだ。
助けてやりたいと、そういった気持ちにならないと言えばうそになる・・・・・な。
俺はそんな自己解決を図りながら、しばらく立ち尽くしていた。
すると前方から、綺麗な黒髪を長く伸ばした魔人族の女性が近づいてくることに気が付く。
「――おはよう。大変そうね、ハルガダナ君」
「おはようございます、イルバシャノルタさん」
「―――!
ふふふ、ありがとう」
ここで彼女がお礼を言った理由を、すぐに理解することはできなかった。
しかし、なんだかうれしそうだったのでそれはそれでよしとする。
「名前・・・・・憶えてくれたのね?」
(ああ・・・)
「そりゃ、もう何度も会っていますから」
彼女は俺の言葉に対して、「今日も飲みに行くわ」と口元を指でさすった。
「あなたの淹れる珈琲の味は特別だから。
でも無理は禁物よ、今日は血圧が少し低いみたい」
「――え?」
「わかるのよ、顔色も少し悪いわね。
まあ、私ほどじゃないけど?」
(・・・)
たしかに、魔人族の灰褐色肌は人間族のそれと比べて、少し血色悪く見えるだろう。
「それでも、俺は好きですけどね」
「・・・・。
あら、ハルガダナ君。あなたモテるんじゃない?」
「いきなりなんすか」
「いいや?
でも少し興味が湧いてきたよ。
いままで、茜莊には女の子しかいなかったから」
朝日とマッチする艶髪の隙間から、彼女の楽しそうな瞳が覗く。
(・・・・恋愛か)
しかし王国軍全体で考えれば、男の方がよほど多いはず。
この町にも両性は平等に存在するようだし――――俺が来たからどうって話はないだろう。
俺自身、ここ数日の経験を話せば―――――。
「―――あいつらとなにかあるなんて、考えられませんけどね」
「そう?
でもまだ一週間だし、わからないんじゃない?
(・・・・)
彼女はそう言ってこぶしを握ると、こちらに見せつけた。
応援する義理はないでしょうに――――。
「あ、そうそう・・・食べて、元気が出るわよ」
「・・・なんすかこれ?」
彼女の手提げ袋から取り出された、黒い物体。
それを見て、俺は思わずそう返す。
たしかイルバシャノルタさんは、薬やポーションを扱う店を商っていたはずだが・・・。
(・・・・・マジでなんですか、これ)
「安心して?
特製栄養補完かりんとう、よ。
和菓子屋のおばあちゃんと共同開発した、うちの一押し商品」
「へえ」
懸念が晴れると、俺はさっそく一口。
(ああ・・・)
カリカリとした触感と、芳醇な甘み・・・栄養補完と名打っているが普通に・・・・。
「―――うまいっすね」
「ありがとう、もうひとついかが?」
「いや、そりゃ悪いですよ」
「ふふ、いいの。
二つ目からは、しっかりとお代をいただくつもりだから」
「・・・・」
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*
同日・・・王都エヴミナの中心部。
政治、経済―――――王国のあらゆる要素を文字通り司る、ラ=レドージャ07地区。
この場所では、いつも通りの優雅な昼下がりのときが流れていた。
++07地区中西部:王国軍本部++
「納得できません‼
我々は勇者のはずです。
で、あれば・・・なぜ彼女は牢屋に入れられているのですか⁈」
初めて入った執務室・・・【エリミシア・グラディアーニェ】太極位の、のしかかるようなプレッシャーに緊張しながらのこと。
勇者シバウラは、彼女に同郷仲間の窮状を訴えた。
「彼女――――とは、ロロカ・ミヤダイのことでしょうか?
で、あれば・・・その扱いに対しての説明は成されているはずですよ」
「――ッ!
彼女は日本にいたときから、アリさえ殺さないような子でした。
それをいきなりの変化で・・・戸惑っているだけなんです‼」
軽い魔力の脅し程度では、引き下がることはない。
マモル・シバウラは本気だ。
(・・・・・)
勇者の気迫に、エリミシア・グラディアーニェはやっとペンを置いた。
「まあ、異世界から来たんだから・・・・戸惑う気持ちもわかるけれど。
それでも彼女は度を過ぎる・・・それは、王国ではタブーでしょう?
ガラムバトでの行動だけなら、ここまではしません。
国王への不敬に始まり、奴隷施設での解放事件・・・」
「それは――――ッ‼」
「―――――――――――――ッ・・・・・・」
言葉に詰まり苦悶の表情を浮かべるシバウラを眺め、太極は愉悦の笑みを浮かべる。
「それは・・・なんでしょうか?」
「いえ・・・・・」
勇者シバウラは同じように主張し、王国軍を追放された人物のことを思い浮かばせた。
「ふふ、やはりあなた方は頭がいい。
一見感情的に思えるハヤト・キリヤもまた、打算的な行動ができるでしょう?
その点、彼女はそれができていない・・・よほどの決心があるのか、私には測りかねますが」
(・・・・)
「ロロカは―――――」
”
「芝浦君・・・どうしよう⁉
人が・・・みんな血が出てて――――」
”
・・・いや、違う。
あのとき、俺は混乱していたんだ。
だから、極限まで頭を回し・・・状況を分析して結論を出した。
”
「――――ううん、私にだってできることはあるよね⁇
とにかく、怪我をしている人を集めて!必ず私が助けるから‼」
「・・・・・・ロロカ?」
「芝浦君、早く‼」
「あ、ああ・・・」
”
俺の結論はロロカと違った。
だけどそれが間違いだったとは思わない。
”
「お前たち‼
ここでなにをしている⁉」
「~~~~‼
すみません、俺たちは日本から来た者で――――」
”
俺の言葉は弱かった・・・だからロロカにすぐさえぎられて・・・。
”
「あなたたちこそ、どうしてこんなひどいことをするんですか⁉⁇
いますぐ虐殺をやめてください‼‼‼」
「―――お前たちがニホンジンか・・・話は聞いている。
亜人族への共謀は犯罪だが勇者であれば話は別・・・付いて来い」
「誰が‼」
(ロロカ・・・・)
「芝浦君もなんとか言ってよ、どうしてこんな―――」
「ロロカ――――」
「私はあなたたちに協力はしません!
この犯罪を絶対に止めて見せますから」
「ロロカ――――――ッ‼‼‼」
”
目を覚ましたとき、彼女はどう思っただろうか?
幻滅しただろうな・・・。
でも俺は・・・・彼女に生きていてほしかったから――――。
「くッ・・・・」
シバウラは自身の無力感に、こぶしを強く握った。
「・・・・・。
安心してください、勇者ですから。
それに、彼女ほどの回復魔法は貴重ですよ?
丁重に扱い、悪いようにする気はありません」
「本当に、彼女は・・・・。
あの子は、ただ・・・・・ッ」
「ええ、ですが時間は必要です。
状況を理解し、適応する手目の時間が。
その間、彼女に外で暴れられては不都合・・・ただそれだけの話ですよ」
状況の理解・・・・適応。
シバウラはニホンにいたときから、いつだって優等生だともてはやされてきた。
(俺は――――――)
この世界で、生きていかなければならない。
覚悟が決まると、彼は小さく口を開いた。
「一日に一回は――――――」
「・・・?」
「一日に一回は、風呂に入らせてあげてください。ずっと我慢していたと思いますから・・・。
それからできれば、好物のオレンジを差し入れたいのですが―――」
変わらず辛そうな顔だが、事情は受け入れたようである。
勇者が、少しだけだが明るさを取り戻したのを太極は感じ取った。
「ええ、受け入れましょう」
「ありがとうございます・・・」
議論を終えたシバウラは、一礼すると後方へと下がった。
「勇者シバウラ―――」
「・・・?」
「彼女につらい思いをさせたくないのであれば、あなたは活躍しなければなりませんね。
期待していますよ?」
(――――――ッ‼)
偶然か、あるいは故意か・・・・彼女の追い打ちをかけるような発言に、彼は強くこぶしを握った。
「―――はい・・・・・」
―――――――――――――――こうして、多くの思いと考えの中・・・・それぞれの物語はやがて、交錯し始める。
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