+++第七話:大切な場所だから
その日の深夜のこと。
王都のように大きくないこの町、明かりなど消え去り・・・・静けさがあたりを支配する時間である。
茜莊のドアが開き、人影がセシルに近づいた。
「――やあやあ、久しぶり。
良かった、まだ起きてたんだ」
(この声・・・)
暗がりだったが、さらにはそのシルエット。
170近い身長は、人間族の女性にしては珍しい。
思わず目が集まりそうな豊満な胸部も特徴的・・・結局、それが誰であるのかは容易に推察できる。
「・・・おたくの部下のせいだよ、ヤーマ・テラーリオ・・・さん。
――――片付けという概念を知らないらしい」
「ははは、そっか。あの二人だもんね・・・うまくやれているのかな?」
「おかげさまで・・とんでもない出会いだったもんで。
今日も、謎の歓迎会に巻き込まれた」
俺がそう皮肉ると、彼女は椅子にドカッと腰かけた。
相変わらず、一挙手一投足に情けがないな・・・・・。
「ごめんごめん、私たちもあの後用事があったからさあ。
でも、あのままにしといたら・・・・・・きみ、殺されてたかもしれないでしょ?」
まあ、後ろ盾がなくなれば・・・・秘密裏にやってあとは知りませんなんてことも考えられる。
俺を思っての行動だった、そう言いたいんだろ?
(にしても、思考が無茶苦茶すぎる)
形勢が悪いことに気が付いたか、彼女はこの議論を早々に切り上げる。
「ま、結果オーライオーライっ!」
「・・・・・」
「―――あ゛あ゛!て、言うか‼
私抜きで宴会かよ!町のみんなも冷たくなったねえ‼」
結局、彼女はこんな夜中になにをしに来たのか――――しかしそれはよほどの不満ごとらしく、両手を広げてアピールを始める。
(それを俺に言われてもな・・・)
「まあ、助けてもらったことには感謝してます。
あんたの言う通り、あのまま死ぬべきじゃなかった」
「・・・・・。
そう、いい目になったね。私は、今のきみの方が好きかな」
「そりゃどうもありがとうございます」
(・・・・!)
「はは、棒読みだよ・・・まあいいけど。
今日はきみに、仕事を与えに来たんだ」
「仕事・・・休む間もなくってか?」
「悪いねぇ・・・でもたまには、指揮官らしいこともしないとさあ」
そう言うと、今度は眠そうに大きく口を開ける。
お疲れのようだが・・・・だったら早く休めばいいだろ⁇
それに―――――。
「―――伝えに、来た?
またどこかへ行くのか?」
「・・・・まあなに?
ここは曲がりなりにも、王国軍の管理地なわけで。
追放された私は本来、入ることすら許されてないんだよね」
(・・・・なんだそれ)
長年の不満―――愚痴をこぼすようにそう言って、やれやれとジェスチャーした。
「だから指揮官は自称。名目上は、エルシアってことになってる」
「エルシア・・・?」
「あれ?そうか、直接は会わなかったんだよね。
・・・エルシア・フェーラルス中将位、臨衆議六にも参加してたよ」
(あ・・・たしか青みがかった髪の)
俺を擁護してくれるような口調の女の子が、一人いたな。
「そ、詳しくはエルシアから聞いてくれ
言っとくけど、丸投げじゃないからね?
こっちのことは任せてる、私は私でやることがあるからね」
重い腰を上げるように立ち上がったテラーリオ。
無茶苦茶にも思えるが――――彼女の言うことには、やはりどこか説得力がある。
「・・・だから、きみもやるべきことをやってくれ。
うん、うまくまとまった」
「・・・・」
「では、発表する。
きみの43部隊での初仕事だ。
心して、かかるように――――」
まるでいまそのときを楽しむように・・・テラーリオは、なにかを予感させる不敵な笑みを浮かべた。
・
・
・
*
茜莊からほど近いこの建物は、43地区のほぼ中央に位置するという。
特徴的なのは幾重もの木製柱、それから開放的で明るいフロア。
カウンター席から放射状に丸テーブルが並べられ、住民はそこで憩いのひとときを過ごす。
鼻を突く香ばしく優雅な香りもまた、ここがなんであるのかを知らせるのである。
「・・・・・・は?
なんでこんな――――?」
「―――ほらセシル君。
お客さんが来たら、『いらっしゃいませ』でしょ?」
ぼーっと突っ立っている俺に対し、カウンターの奥からノセアダがにやにやと指示を出す。
「・・・・はいはい、いらっしゃいませ~」
「うん、だいぶ様になってきたねえ。
じゃ、これ向こうに持って行って?」
「・・・」
俺の仕事――――――⁇
”「―――――カフェ店員だぁッ‼」”
「・・・・・⁉」
(どういうことだ―――ッ⁉)
「――――なんだよ大将、今日は元気ねえなぁ」
渡されたコーヒーカップを運んだ先で、虎の獣人が俺にそう声をかけた。
彼の名前は【ガーウイン・エダルク】。
昨晩茜莊にて行われた宴会で、多少親しくなった間柄である。
「エダルクさんこそ・・・昨日あれだけ騒いでおいて、よく元気ですね」
「んあ?
当り前よお、俺は農家だからな。
朝一で作業して、小休止ってわけさ」
(それは寝たほうがいいんじゃ・・・)
「しかしラッキーだな、これからも大将の料理が食えるなんて。
昨日のグリルベルフは最高だったからよ」
「だから大将はやめてください・・・それに、なんなんですかここは。
俺はコックじゃないですよ?」
ノセアダの目をうかがいつつ、俺は彼の前に腰かけた。
この際、誰でもいいから状況を説明してほしいものだ。
(しかし―――――)
「おいおい、それを俺に聞くか?」
「聞きます、もう俺にはなにがなにやら」
迷いなくそう答えると、男性は表を付かれたように笑いだした。
「がはは!
ま、たしかにテラーリオのやつが詳しく説明するとも思えねえな。
んー、なんて言うかな・・・俺も得意じゃないんだが・・・」
「―――それなら私が説明をしましょう」
渋い顔をして考え出したエダルクさんに、となりの席から中年の男性が声をかけた。
「うおっ⁉ベッカンか‼脅かすな」
「あなたこそ、初対面の彼を前にその呼び方はやめてください」
まるで王都のビジネス階級のように、きちっとした黒スーツを着こなす。
周りを見ても亜人族が多いこの地区で、俺や第43番部隊と同じ人間族のようだ。
「―――私の名前は、イリテ・ベッカンフォード。
きみのうわさは聞いています。
昨日の宴会に私が呼ばれなかったことは置いておいて、あなたの上司の代わりに私が説明をしましょう」
(・・・・・なんだ?)
説明はありがたいが・・・彼は少し怒っているようにも思える。
「そう言えばベッカンさん、昨日いませんでしたね?
町の人、結構皆来てたのに・・・・」
(・・・・・・・・!)
窓際でモーニングを頬張りながら、女性がそう声に出すと・・・ベッカンフォードはピクッと体をこわばらせた。
「楽しそうな声は聞こえていましたが・・・。
あいにく昨日は、大型の受注が残っていたので」
「ふん、だから王都向けの鋳物鍛冶なんかやめちまえって言ったんだ」
「それは私の一存でどうこうできる問題ではありません。
さて、話を戻しますが・・・ここがなんなのかという質問でした」
そう言うと、彼はなにかを考えるように一口コーヒーに手を付けた。
「・・・ここは喫茶店でもあり、居酒屋でもあります。
ですがそれは表の姿・・・裏では43地区の様々な問題に対応している、いわば役所のような場所。
当然ながら、この第43地区には王国のサービスは及ばない。
ここで治安維持から、日々の困りごとの相談まであらゆる事象に対応してくれます」
「・・・!」
「気づきましたか、ハルガダナ君。
43地区はあらゆる民族の調和を目指す特別区域。
約120年前に創設されて以降、それは部隊の核をなす活動であり続けている」
なるほど・・・だから喫茶店の風貌なのか。
中心として住民が気軽に集まりやすく、町の雰囲気も良くなる。
”―――――――43部隊の仕事は多岐にわたる。43地区の治安維持、通常の王国兵としての職務に加えて、各種雑務も多い―――――――――”
ヤーマ・テラーリオの”あの言葉”・・・・本当に、つまりはすでに説明は済ませていたってことか。
(・・・・・・)
俺がなんとなく感覚をつかんだ様子であるのを見ると、ベッカンフォードはまた一息ついた。
「―――ここまでにしましょうか。
あとは現役の隊員に聞いてください。
私は、仕事に戻りますから・・・」
「・・・?
あ、ちょっと・・・現役ってなんですか⁉」
席を立った彼を、追いかけるように俺も椅子を引いた。
するとそこに、ちょうどノセアダも現れる。
「ベッカンさんは元43部隊なんだって。
私も、詳しくは知らないんだけどさ~。聞いても、話してくれないし」
彼女は少し不満そうに、そう付け加えた。
「自分を語るのは得意ではありません。
それに・・・・いまのは本来、私の仕事ではありませんでした。
ノセアダさん、ハルガダナ君にしっかりと教えてあげるように」
「はーい・・・じゃあ行こっか、セシル君。
オーダー、グラミノーゼ二個とハルチョ焼きが三個入ったぜ」
(・・・・)
仕事を変える・・・それ自体はおかしなことではない。
しかしここ、43地区で・・・・それも五体満足に王国軍をやめる。
心理的な変化―――彼になにがあったのか、興味はあったが・・・・。
まあ、それもいつかまた聞けるだろう。
それより・・・・・。
「なにか聞こえた気がした・・・・グラミ、、、なんだって⁇」
「グラミノーゼ・・・・崩さず運ぶのは任せて⁇
私、運搬は得意だから―――」
「――⁉
俺が作るのかよ・・・レシピはあるんだろうな⁇」
「あはは!
私料理できないから、頼んだぜたいしょー!」
「おい、手伝いくらい頼むぞ」
仕方ない。
待たせるわけにもいかないし、とりあえず大急ぎでそれっぽい料理を作るしかないだろう。
ノセアダに裾を引っ張られるまま、キッチンの方へと歩み始める。
「―――ハルガダナ君」
(・・・?)
「応援してますよ」
どこか切ない声でそう言ったベッカンフォードは、少しだけ笑っていた。
*
その日の夕方。
昼間の混雑とは打って変わって、店内は閑散と、また上品に雰囲気を変えた。
にしても・・・。
(ワンオペかよ)
"「セルさんのところで、シュナイダーちゃんが熱を出したって!!
私、ちょっと行ってくるね!」"
(・・・)
本当に、なんでもやるんだな。
しかしあのノセアダが、回復系の魔法を使えることも驚きだ。
―――――ベッカンさんが言っていたように、それが俺たちの仕事らしい。
でもそれだけじゃない。
彼らはみんなで助け合い、協力し、平和に暮らしている。
ここでは亜人族も人間族も関係ない。
理想的な共同体。
やっとわかった気がする。
王国軍第43特殊部隊・・・彼らがなにを目指すのか。
(なるほど、通りで居心地のいい・・・・・)
「・・・・・」
静かな空気を吸い込み・・・・俺は窓を眺めた。
―――――でも、それだけでいいのか?
本質はなんだ?
このまま進んだとして、そこにはなにがある?
"「元々捨て駒に使うつもりが、あなたのせいです・・・・この子がただの気持ち悪い獣人になっちゃったのは」"
外では考えられないほどの人たちが、虐げられているままだというのに。
(・・・・)
視線を移し・・・今度は、ぼーっと天井の入り組んだ構造を眺める。
まいったな、最近考えてばかりで頭がどうにかなりそうだ。
少しして、ガタンと椅子を引く音が聞こえると・・・・続けてさわやかな女声が耳に届いた。
「――ありがとうハルガダナ君、おいしかったよ!
お代は机の上に置いとくわね」
(・・・・!)
「あ、はい!どうも―――」
(――‼)
カウンターから出ようと移動とした俺は、くぼみに足を取られる。
転倒しないように思わず掴んだ食器棚は意外に軽く、音を立てながらだんだんとこちらに傾く。
(しま―――っ!)
「危ない――――ッ‼⁉」
衝撃音とともに、誰かがそう叫んだ気がした。
やっちまった・・・不思議と体に痛みはないが、中の食器は全滅かもしれない。
閉じていた目をゆっくりと開け、状況を確認する。
案の定、破片があたりに飛びちり、軽くカオスな状態。
そんななか俺の視界には、少女の整った顔立ちが映し出された。
澄んだ瞳をした彼女は、俺を守るようにして覆いかぶさる。
接触しそうなほどに近づいた表情は、それでいてどこまでも他人を気遣い・・・・心配そうに歪んでいる。
「大丈夫⁉どこも痛いところはない⁇」
そう言うと彼女は、俺の顔や体を探り出す。
(―――誰だ?)
いや、それは大きな問題じゃないか。
とにかく―――――。
「―――助かりました。
でも大丈夫です、大したことありませんから」
「そんなわけないじゃない、ただでさえ大けがしてるのに・・・どうして無茶したの⁈」
彼女は周りの破片を押しのけ、真剣な表情で再びこちらに顔を近づける。
叩けば壊れてしまいそうに繊細だが、つい引き込まれてしまいそうな――――そんな声で語り掛ける。
「――――フェーラルス・・・先輩、ですよね?」
ここでようやく、彼女が何者であるのか気が付く。
テラーリオさんが言っていた、エルシア・フェーラルス・・・彼女も第43番部隊の一員か。
「本当に体は問題ありません。
それよりも、先輩の方は・・・?」
「私は大丈夫だから、話をそらさないで。
短期間で治る怪我じゃないはずだわ・・・私はあの場にいたの。
テラーリオだって、怪我をしてるって―――――」
(・・・テラーリオ?)
存在はないのに、これでもかというほど存在感は重々しい。
あの人・・・・どこまで俺にごたごたを――――。
「あのときの記憶はあいまいですが・・・とりあえず現状、残るような負傷は負っていません」
「ほ、本当に⁇」
すると彼女の顔は、少しずつ表情を和らげていく。
俺はもう少し彼女を安心させるように、落ち着いた声調で口に出す。
「・・・・・自分の体ですから」
「そう・・・・・良かったぁ」
ほっとしたように目を閉じ、胸をなでおろした彼女は同時に、自分の状況についても認識し始めたらしい。
彼女の体はセシルと密着し、彼の膝先はスカート裾の中に入っていた。
そのうちに、だんだんと彼女の顔は紅潮していく。
「~~~~ッ⁉
ご、ごめんなさい!私、ちょっと早とちりで・・・‼その・・・」
彼女は顔を両手で覆い、方向を変えセシルに背を向けた。
「いや、助けられたのは本当ですから。
むしろ謝らなければいけないのは、こっちの方で・・・」
セシルの手に灯った緑色の淡光は、エルシアの足首に着いた切り傷をふさいでいく。
「うう~。
私ってなんでこう・・・恥ずかしいよお・・・・」
「だから、気にしないでくださいって」
「そう、かな・・・・・・うん、わかった。
そうだよね、これから一緒に暮らす訳だし、スキンシップの一環と捉えればなにも問題ないよね?」
「・・・・」
(それはそれで語弊・問題がありそうだが)
「・・・あれ?
やっぱりまずかったかな・・・」
「あ、いや!
見方によっては、そうならなくもないですね」
俺がそう言うと、彼女は再び落ち着いた雰囲気を取り戻したようだった。
「はあ・・・実は上手くやれるか心配だったから。
でも、セシル君はいい子そうだから安心したあ・・・」
(・・・・!)
「気に、していたんですね」
「するよう!一応、リーダーってことになってるしね。
だから、話してごらん・・・なにか考え事があるんでしょ?」
「え――――?」
先程と違った重厚な言葉尻。
「・・・別にないです。
本当に、ぼーっとしてただけですから」
「ええ?そうかな。
・・・まあ、いきなり悩みごとを話せなんて。
――――それもあんまりだね」
俺の否定は、もはや意味もなしていないかもしれない。
彼女はそれに関して、ほぼ確信していたんだろう。
リーダーというのはときに、部下に対してより厳重な管理を施さなければならないときがある。
彼女はまさしくそれにふさわしい感じだった。
高峻な目で俺を見抜くと、彼女は口を開いた。
「でも、これだけは覚えておいて欲しいの・・・・。
・・・・私たちは非力だし、まだまだ足りないことだらけ。
でも、帰る場所・・・拠り所があるってとても大事なことでしょ?
一人じゃない、みんなで頑張ろうって思える。
私達はたしかに未熟だけど、0じゃなくて、1なんだよ」
「・・・・!」
別にやましいことがあって、黙っているわけではない。
しかし、いまは黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「って、セシル君にとってはまだ、大切ってほどじゃないと思うんだけど・・・。
でも、私たちはそうなるように頑張るから。
なにかあっても、一人で抱え込まないで欲しい・・・かな?」
彼女にはなにもかもお見通しで・・・最初のは演技なんじゃないかと疑うくらいに、的確な指摘。
俺のことを思ってなのだろうか、まっすぐな瞳は否定を許さない。
「・・・わかり、ました―――――」
「約束だよ?」
そう言ってにっこり笑うと、彼女はエプロンを直し、床の掃除を始めた。
第43部隊・・・自分たちの方針が正しいから、新人の暴走はゴメンだからと――――そう言っているようにさえ思える。
もちろん、俺も彼女らの仲間であることに変わりはない。
だがしかし、もし周りを無視し自分の我を通そうとしたとき・・・それは等しく彼女との契約に違反したときだ、と。
そう感じさせるには十分だった。
*