+++第九・一話:私たち、幼馴染だよね?
ヘルル・ガノーシャが茜莊に戻り―――セシル・ハルガダナをくわえ、新生43部隊がスタートした。
二日目の朝―――。
この日は喫茶店での仕事はなく・・・・手持無沙汰となったセシルは、なんとなく一階のリビングに腰かける。
(最近は動いてばかりだったからな)
それにしても、いざ暇な時間ができるとなかなかにどうしたらいいのかわからない。
しばらくぼーっとしていると、二階から古い木材のこすれる音が響く。
誰か起きたな―――意識せずともそうわかってしまうほどに、この建物は古いのだろう。
「・・・・おはよ」
「ああ」
つい昨日、顔を合わせたばかりの少女と目を合わせる。
寝起きだというのに、彼女の髪はしっかりと整えられ・・・・表情もどこかご機嫌に見える。
まあよかった・・・昨日の第一印象は、あまり気持ちいいものではなかっただろうから。
そわそわしながらも俺の隣に座ったヘルル・ガノーシャの姿に、俺は少しばかりの安堵を得る。
「―――紅茶、淹れようか⁇」
「あ、ありがと」
彼女から好意的な返事を得ると、俺はおもむろに椅子を引いて立ち上がる。
緊張――――それはそうか。
「・・・・お待たせ」
絶え間なく湯気を上げながら―――まずは心地よい香りが二人に届く。
(・・・・・・)
自分の方はすでに冷たくなってしまっているが・・・・。
紅茶はあまり得意ではない・・・・しかし、この香りはどこか興味をそそるのもまた事実だ。
こうなれば、種類は関係ない―――――やはり、淹れたては格別なのである。
(さて――――)
これ以上は会話も続かないだろう。
そう判断すると、俺は棚の学術書に手を伸ばした。
(等速直線運動と、運動エネルギーに関する相関――――力学書、か)
彼の横顔、そのさきにある書物・・・・。
(変わらないな)
少女は素直にそう思った。
あの頃も、小難しい内容の本をよく見てたっけ・・・・わざわざ山を下りて可愛くなにをねだっているのかと思えば、それだもんね。
じっと見つめる視線―――彼はもはやそれに気づいてもいないだろう。
それも、変わらない――――まるであの頃のまんまじゃない?
(だからこそ・・・・・)
まじで・・・・なんで気づかないわけ⁇
一日たったガノーシャの表情は、ほぼほぼにあきれ顔に代わっている。
(まあ、あんたにとってはその程度の思い出だったってことね)
「―――それ、もしかして学術院関連で読んでる?」
しばらくして、ため息をつくように思わず口に出す。
「・・・?
いや、ただ単におもしろそうだと思っただけだが・・・?」
「そう・・・・ちなみに今度王立の研究機関が、”真空環境での魔法”を実証実験するそうよ」
「――――‼
まじか・・・‼」
やっとこちらを向いて、子どものようにわかりやすく声調を上げる。
懐かしさに心躍らせると、彼女の口角は自然と上がっていた。
「まじよ。
ちなみに、それはかなり古いエディションだから―――加速度については、新しい定理が出ているわ。」
「・・・!」
(なんだ・・・・)
チェスのこともそうだ。
せっかく王都に来たっていうのに、小難しい話ができる相手がいなかった。
「――めっちゃ話し合うじゃねえか!」
「そ、そうね・・・まあ、なんでも聞くといいわ」
胸を高ぶらせるセシル。
一方のガノーシャも、十年前とは逆転した立場に自慢げである。
二人は旧知の仲のように打ち解けあい・・・・嘘のように会話も弾みだした。
(―――あれ?)
セシルはその時間に、既知感を覚えた。
彼の興味は少し変わっている。
もともと人口が極端に少ない地域の育ちということもあるが・・・・それゆえ同世代と、こういった会話をした記憶はあまりないのだ。
(いたっけな、昔―――)
同じような感覚を共有できた女の子・・・・。
「・・・・・?
なあ、ガノーシャってどこの出身なんだ⁇」
「――――――――ッ!」
(気づいてほしい)
そう思っていたとはいえ、突然の状況に彼女は困惑する。
寝起きでまだ白かった肌は、すっかり健康的に紅潮した。
「えっと、それは――――」
核心に迫る回答。
結果的に、彼女の心が緊張し、少しそれを戸惑ったことで・・・・状況はまた振り出しに戻るのだった。
「――――――――ふああ・・・おはよ、二人とも」
「「―――――――‼‼‼」」
やましいことがあるわけではない。
しかし――――――二階から降りてきたノセアダの姿を見ると、二人はとっさに距離を取った。
(なんでだっ・・・⁇)
「うんうん、ふたりとも仲良くなれてよかったよ」
そう言うと、彼女は目の前の席に座り、あくびをしながら手を挙げた。
「セシル君、ごはんお願いしますっ!」
(まったく・・・・)
「もう昼が近いんだ、自分でやってくれ」
「え~~~」
思い通りに行かなかったノセアダは、頬を膨らませ、足をばたつかせる。
(いて・・・ガキかよ・・・)
「―――だいたい、今日は会議じゃなかったか⁇」
「ギクッ――――――――いや、あはは。
なんていうか、私がいても変わらないし・・・いっかなぁって・・・・・」
(仕事だろ・・・・)
「・・・・・・・。
―――あーっ‼
セシル君いま、私をろくでなしって思ったでしょ!
きみは大切なお姉ちゃんに、お堅いおじさんたちにいじめられに行けっていうのかな⁉」
「悪かったよ・・・・」
俺が軽くあしらうと、彼女は恨めしそうに立ち上がりシンクに向かう。
「―――――段ボール・・・」
「それはやめてくれ・・・」
(―――はは、段ボールね)
ガノーシャも、セシルの話は昨日だいたい聞いている。
改めて・・・人間を郵便で送る”自分の上司”の無茶苦茶さを思い知ったわけだが。
「でも、それはあんたも変わらないんじゃない?
王国軍に狙われてるのをわかってて、戻ってくるなんてさ」
「・・・・・」
(まあそれに関しては、たしかに考えが足りていなかったが・・・・)
「――だけどな、お前ら俺を馬鹿みたいに言うが・・・別に考えなしにやったわけじゃない。
もしかしたら・・・頭の隅ではそう思ったんだよ」
「・・・どういうこと?」
ソースをかけたパンを片手に、戻ってきたノセアダは彼に問う。
もしかしたら、彼女に備わるセンサーのようなものが発動したのかもしれない。
ここから、セシルは興味深い昔話を始めた。
「―――居たんだよ。
俺が小さいころに・・・頭が良くて、可愛い女の子が・・・。
負けず嫌いで、チェスで負ければいつも大泣きするような子だったんだが・・・・・ま、誰よりも優しかった」
「・・・・・・ふう~ん」
頬杖を突きながら、にやにやと俺の顔をのぞき込む。
ここでセシルは、自分がからかいの対象となっていることに気が付いた。
小さい頃の―――特に初恋の話など、彼くらいの年齢になれば語りにくいものだ。
「―――ッ!
そいつは結局王都に引っ越して、いつの間にか疎遠になったんだ。
・・・・はい、終わりだ。」
「へえぇ~、じゃあセシル君は・・・その子が助けに来てくれるんじゃないかって。
そんな淡い気持ちをもってたんだねぇ・・・くぅ、可愛いじゃんんん!」
(こうなると思った・・・・)
「―――ねえねえ、もっとお姉ちゃんに話聞かせてみ⁇」
「やだね、俺はもう部屋に戻る。
・・・・ガノーシャ、俺の分のカップも洗っておいてくれ――――――――って―――――――なんだよ、ぼーっとして?」
「―――――――――え?」
二人の視線で我に帰される。
「もしかして、体調悪い・・・?」
ノセアダの心配の声・・・しかしうまく否定ができない。
口角が上がっちゃって・・・・・・。
(どうしよ、表情が上手く作れない~っ)
「――大丈夫、そうだね・・・・・」
ノセアダは変顔のような感じになったガノーシャを見て、逆に心配になりながらもそう言った。
「――ッ‼
あ、えっと!
私、とりあえずこれ洗ってくるからっ‼」
(結構、うれしいや――――)
そっか、セシル君も覚えてたんだ。
それに・・・・・あんな顔まで。
あんたの言ってる女の子は、すぐ近くにいるわよ?
いつか会えるといいわね。
「ふふっ」
よし、また明日頑張るぞーーっ!
*