鳥籠の中の幸せ
よろしくお願いします。
元々は違うお話を書きたかったんだけど、何故かこうなってしまった……。
優しい炎は暖かく。
激しい炎は熱く。
優しい炎は癒しを与え。
激しい炎は全てを燃やし尽くす。
***
炎の守護は、悪き物から皆を守り、滅すると言う。
その守護者は空を守り、運が良ければ生涯に一度、その姿を遠目から見れるという。
紅く長い尾羽、夕闇の濃いグラデーションカラーの風切羽、ルビーのような瞳、それが炎の守護者。
そして、彼の守りを得た者は、守護者の力の維持のため神殿に集められ、そこで生涯、何不自由なく暮らせると言う。
「あれ、どうしたの?」
そこには小さな男の子が転んだようで、蹲り泣いていた。焔の守護を受けているためか、髪色は緋色、瞳はルビーのようだった。
「あらあら、膝が擦りむけて。可哀想に」
手持ちのハンカチを血の出ている膝に押し当てる。
「ブリギット!!ブリギットー!!」
「!いけない。ごめんね。ハンカチあげるわ。傷はすぐに水で洗いなさいね。じゃあまたね」
慌てて立ち上がって声を上げる。
「はい、ここに!」
「っ!早く戻りなさーい。仕事が溜まってるわよ」
「はい!」
彼女は慌てて呼ばれた方へと向かう。
少年は熱に浮かされたようにその後ろ姿を見つめるばかりだった。
***
「あー、疲れたー………」
「本当、毎日こき使ってくれるわよねー……」
「仕方ない。お貴族様様だからね」
「私一人だと乗り切れなかったけど、みんながいてくれて本当によかった……ぐすっ」
炎の守護は身体に現れる。聖紋が刻まれるのだ。
主なところは手背や手掌、力が強くなると顔、そして眼球へと刻まれる。
守護を得られるのは、魔力持ちである貴族が多いが、魔力のない平民も守護を得られることがある。
その場合、皆村や町から祝われてやってくるが、ここへ来てその扱いに愕然とする。
貴族は皆、家から使用人を連れてきて、それなりの生活を送るが、平民はそんなことはなかった。彼らは貴族から神殿の仕事をするよう言い渡され、常に幾つもの仕事を請け負っており、いつも疲れていた。
さらには仕事の出来が悪いと、折檻もされ生傷も耐えることはなかった。そのためか多くの平民が逃げ出すことが多かった。
「こんなところと知ってたら来なかった……」
「ブリギット、それ昨日も聞いたー」
「一昨日は私が言った!」
「言いたくもなるわー、あはははー」
ここに残っている者達は、帰る場所がない者、諦めている者、それでも焔 炎の守護者に恩があり尽くしたい者様々だった。
一日に一度はこの神殿に帰ってくる守護者のお世話をするのは、決まって貴族のみ。平民は近づくことさえできなかった。近づこうとしても他の貴族の邪魔が入るからだ。
「でも、あの綺麗な風切羽に一度でいいから触ってみたかったなぁ」
「私はあの尾羽。綺麗だよね」
「……私はお食事のお世話を……」
「リュミナスのご飯美味しいから、焔様の胃袋掴んじゃうね」
ここにきた当初は皆、炎の守護者である焔が、この状況をなんとかしてくれるのではないかと期待するが、下々のことには守護者は一々気にはされないのだろうと諦めてしまう。
「なんだか最近貴族様方がなんかざわついてるけど、誰か何か知ってる?」
「いいや、知らない。騒がしいの?」
「なんかヒソヒソしているんだよね?気のせいかな?」
「あー…確かに。何かざわついてるよね?内容はわからないけど」
「でもどうせくだらないことでしょ?明日も早いんだからもう寝ましょう?」
「「「はーい」」」
そしていつものように夢も見ないまま、夜明けを迎える。ただ、今日の目覚めはいつもと違う目覚めではあった。
「………あー、あったかー……」
ブリギットは、いつもとは違う温もりを感じていた。寒さで目を覚ますこの時期、何故かとても温く、なかなか起きれない状態となってしまっていた。
「ブリギット!!ちょっと起きなさい!!ご飯食べられなくなるよ!!」
「!!!ご、ごはん!今、いく……??」
何故温いのか、その理由がわかった。
昼間にハンカチをあげた男の子が、ブリギットの布団に潜り込んでいたからだ。
「わわわわわわわわ!?」
「………隠し子?」
「ち、違う!……ねぇぼく?どうしたの?ここぼくの寝るところじゃないような気がするなー?」
肩を揺するとむにゃむにゃと幸せそうな顔をするが、決して起きることはなかった。
緋色の髪、ルビーのようや瞳、ただ聖紋はみあたらないが、その色彩は焔の守護者そのものであった。
「これ厄介事の匂いしかしないんだけど……」
「………さ、て、と。先にご飯行くから!」
「ま、まってーー」
途方にはくれたものの、どうすることもできないので一先ず部屋の布団にそのまま寝かすことにした。心配しないように枕元には仕事へ行く、という一言を添えて。
***
洗濯場近くで緋色の髪が揺れているのが見える。小さな桶にブリギットの肌着が数枚はいっており、見様見真似でちいさな足で洗っていた。
「健気……」
「癒しや……」
「ブリギット、どこでたらし込んできたの?」
「日頃の恨み辛みが浄化されてしまう……」
洗った肌着類を本人なりに水気を切ってブリギットに渡してくる。汚れ落ち切ってないなー、とか水気もう少しなんだけどなー、とか思うことはあるが、胸の内にしまいお礼を言う。
「ありがとう」
「まだあるの?」
「あー、少し大きいものだからいいよ」
「やる。ブリギットの服は僕が全部洗う」
足元によけておいたワンピースを少年は抱えて、また洗い始めた。
「やだ、独占欲?執着?あれ、将来大変よ?躾は小さい内にね」
「そういうのってもう生まれつきなのかな?」
「環境の問題かと思っていたけど……」
「ブリギット。……頑張って!」
「ないでしょ?歳の差考えてよ」
なめてかかって対策とらなくて外堀埋められるやつだ、とか、言いくるめられてそう、とか、か・ん・き・ん、こ・う・そ・く、む・り・や・り、とか好き勝手言い始めた。娯楽が全くないため、人のゴシップが格好の娯楽となるこの環境では、言い返すだけで煽られてしまうのでじっと耐えるしかなかった。そういうブリギットも、散々人のことをネタにしてきたので黙っているしかない側面もあった。
「ねぇ、あんた達いつまで洗濯しているのかしら?」
「さっさと掃除もしてくれないと困るのよね」
そこに来たのは、おそらく下位貴族のご令嬢、一人は右手背に、もう一人は左の首筋にそれぞれ聖紋が刻まれていた。
二人は侍女の装いのため、さらに上の貴族に仕えているのではないかと皆は考えた。
「掃除は他の者が担当しているはずですが……」
この場で一番年上のヘレナが返答した。しかし、ヘレナが返答したのが気に食わないのか、その内容が気に食わなかったのか、手持ちの扇子で頰を打ち据えられた。
「口答えは許さないわ」
「……別に暴力振るっても何もならないわよね……」
「そうね。……やはりあれは何かの間違いだったのね」
「ふふふ。…………あら、まあ、まだシーツが汚れてるじゃないの!?こんなのやり直さないと」
そういい、風魔法を使い綺麗に洗ったシーツを地面に落とされる。
「あは。口答えするからよ!焔様にも色目使って……。もう一度綺麗に洗い直しなさい」
「全くこれだから平民は困るわ。丁寧に仕事してくれないと。私達の指導がないと仕事ができないのかしらね?」
大きなシーツを洗うのは大変な大仕事で、朝早くから取り掛かってようやく半分ほど終わり、後残り半分程の量になったところだった。
「あんの性格悪女どもーーーっ!!!」
「……あれで貴族のご令嬢っていうからね」
「貴族は皆悪鬼羅刹なのかしら」
「……掃除の子達はバケツひっくり返されてたな」
「…………ゴミばらまかれていた子達もいたね」
二人がいなくなったところで、皆で重いため息を吐きながら、さっさと手を動かすことにした。愚痴ばかり言っても事態は何も変わらないことを彼女たちは知っていたからだ。
「ブリギット。できた」
我々の天使がここにいた、と皆が思ったが、口には出さなかった。ワンピースはまだ石鹸で少しぬるついているところもあったが、ブリギットはささくれた心が少し癒されたので黙ってお礼を言った。
***
「最近、焔様の機嫌?が悪いらしいよ?」
リタは、洗濯物を回収するときに侍女達が廊下でそう話すのを聞いたらしい。
「ふーん?何か仕事上手くいかないのかな?」
「あの悪鬼羅刹達の本当の姿に気付いたとか?」
「飽きたとか?」
「何に?」
「……世話人達の変わり映えのなさに?」
そこで皆がどっと笑いに沸く。洗濯物は相変わらず多く、幾つもの山が作られている。
「私もちゃんと聞こえなかったんだけど、今日が期限で、とか、夕刻にホールで言うとか?」
「「「「へーーーー?」」」」
結局よくわからないということになったが、空気は何となく忙しなさを感じた。
「ブリギット達は今日ホールに来るの?」
「ううん。何も言われてないから行かないんだけど……」
「そうなの?」
「そうだよ?何かあるの?」
「うーん、知らない方がいいことかな?」
その少年は、以前よりも体が大きくなって、足はしっかりと動き洗濯をしてくれている。繰り返す内に上手になってきて、要領良くできるようにもなってきた。ただ、こんなに成長するものか、皆疑問に思うところだった。
「すっかり上手になったね」
「うん!ブリギットの物は誰にも渡したくないからね!僕がやるから!」
「う、うん、あ、ありがとうね?」
素直に喜べない少年の執着心に、どんな解答が彼を真っ当な道へ進めるようになるのか、ブリギットには思いつかなかった。同僚達は面白がって煽りしかしないし、彼は彼で頑なにブリギットの物を誰にも渡そうとしない。最近は食事の世話までされそうになって、慌てて正論で正面突破をしたほどだ。考えても見てほしい。10才前後の男の子にあーんをされる20代女子を。特殊な趣味の方々には良いのだろうが、あいにくとブリギットにはそんな趣味はなかった。
ただ、時々ものすごく疲れて流されそうになることがある。
そう、あれは日中の仕事が忙しく、休憩も取れず、ようやく部屋に帰ったのが夜もだいぶん更けてからだった。何故か部屋にいた彼に手を引かれ連れて行かれたのは、焔様が使っているとされている大浴場。いつの間にか服も脱がされ、ハッと気づいた。何故か一緒に風呂に入ろうとしており、身体を洗われる直前だった。何からつっこんでいいのかわからなかったが、慌ててその大浴場から脱出し部屋へと逃げ帰ってきた。
ちなみにこのことは誰にも相談できていなかった。
逃げる直前で、「チッ気付かれた……」って言われたような気がしたからだ。
少年に愛だの恋だのということはないが、何だか堕とされそうな気がしてならなかった。そして同僚たちは賭けを始めた。身体から堕とされるか、まず気持ちを通わせることができるのか。これに関して味方は誰もいなかった。
「ブリギットは貴族の人達好き?」
「え!?何々?やだ、小さいのにそんなこと気にしちゃダメだよ」
「ううん。今後の参考にしたいんだ」
「参考?参考ねぇ。うーん。好きか嫌いかで言えば、あまり好きではないかな」
「どうして?」
「まあ、自分達のこと見下して悪く言うし、意地悪するし、仕事は何もしないし。あ、焔様のお世話はしているのか……。ほら、一応、ここって焔様のお世話をするために、守護を得た人が集まってるんだよね?」
「うん」
「建前は皆平等って話だけど、全然そんなことないしね?」
「じゃあいなくなった方がいい?」
何だか不穏な気配を感じるが、そこはあえて無視をしてブリギットは、話を進めた。
「居なくなったほうがいいとは思わないけど、少し手伝って欲しいなあと。あとちょっと焔様のお世話したいなってね?」
「ブリギットは焔の世話係になりたい?」
「なりたいっていうかあの羽に触りたいのよねー。皆言ってるよ」
「ふーん。でもブリギットは僕のだから、焔の世話はだめ。僕は回禄だよ」
「回禄様?」
「かいろくでいいよ」
そして回禄と名乗った少年は、焔と同じような色合い、やや黒っぽさが強いが、同じ鳥の姿になり空へ舞い上がって行った。
***
彼らは炎の一族。
炎から生まれ落ちる。災禍の炎、濁り切った恨みの炎、業火、悲しみの炎、嫉妬の炎。様々な炎から生まれる彼らは決まって、男の形をし鳥の姿をとれる一族だった。
炎の恩寵をうける神殿には、気が向いた者が行くこととなっている。今代は焔。感情渦巻く黒き炎から生まれた。次代は回禄、災禍の炎から生まれた。彼らはその力で持って、悪しき物から守る結界を張る。それが古からの神との盟約。
彼らは他の種族から伴侶を得て、己の半身とし、力を増幅させることができる一族。その性は執着、彼らに捕まると魂までも捕まるという。神の身元へは二度と還ることができないと言われていた。
今代の守護者たる焔は、その身の半身ともいえる伴侶を失っていた。その力の代替えとなる者達を集めるため、祝福を降らせ、身に宿した者を神殿へと迎え入れた。そして己の世話をさせ、そこからパスをつなぎ力を得て、己の糧とした。
しかし、焔はそれなりの人数を神殿に集めているのに何故かそれに見合った力を得られなかった。それもそのはず。自分の世話は特定の人間しか関らず、力を得たくても得られなかったのだ。焔は、感情渦巻く黒き炎から生まれたにも関らず、温厚で理性的であった。そのため、人に何度か注意をしたが改善されず。困った末に回禄に相談し、注意では難しいから今度は警告に切り替えた。それでも、変わらなければ仕方ない。強硬手段にでるしかなかった。
焔は伴侶もおらず、そろそろ限界を感じていたので、この神殿をでるつもりだった。ただ、この神殿は焔が愛した人間がいた場所でもあり、簡単に潰すことも心情的にはできなかった。だから後釜をつれてきた。それが災禍の炎から生まれた回禄だった。
回禄は生まれの通り、激しい気性と偏屈さ、そして炎の一族特有の歪んだ執着心を持っていた。
回禄はブリギットを自身が生まれた時から認知しており、何とかこの神殿へと入りたかった。それがこんな形でやってくるとは思わなかった。ブリギットを手に入れたら、焔のように後継を探し、さっさとブリギットと二人で暮らすつもりだった。ちなみにすでに候補も見つけている。
「焔、あの貴族達どうすんの?」
「あー、やらかしてくれたからなー。燃やしてもいいんだけど。僕の奥さんが悲しむからなー」
そういって首から下げた綺麗な水晶を見て口付ける。
「あー、奥さんはいつ見ても綺麗だな。早くまた一緒になりたい」
「そうだ!ここを出る前にさ、魂を封じる術教えてよ」
「ブリギットに使うの?」
「うん。来世でも一緒になれるんでしょ?」
「一緒にっていうか見つけやすくするだけだよ。あと魂は死んでからじゃないと抜けないよ?」
「えー、そうなの?」
「そうだよ。肉体との結びつきが強いから、肉体が死んでからじゃないとだめだよ。欠けてしまうからね。できれば自然死が一番いい」
「まあ、いっか。わかったよ」
回禄としては、ブリギットを辛い生活から抜け出すための一つの手段として選択したかったが、肉体が死をむかえてからじゃないとだめという。
「その前にあの性悪どもをどうしようか。罰を与えないといけないね」
「うーん。蒸す?」
「うーん。殺すのはなしで」
「あー、追放は?」
「なんか生ぬるいね」
「あ、ブリギットが仕事手伝ってほしいって言ってたから、マリオネットの秘術使えば?」
「いいね、それ。でも私はそろそろ引退するから。お前が術を使って」
「僕人間をすぐに動かなくしちゃうんだけど」
「練習したら?」
「……ブリギットには知られたくないんだけど」
回禄はブリギットと話をする中で、彼女は刺激の多い生活ではなく、穏やかで静かな生活を望んでいるのではないかとあたりをつけていた。貴族に対して生殺与奪の権利を得ることも、術を行使することも問題ないが、何となく、ブリギットには知られたくなかった。
「焔がいなくなったらすぐに業火に来てもらおうかな……」
業火は焔とも回禄ともまた違い、静かな人物だった。ただ正義の名の下に、断罪を繰り返す同族だった。そのやり方は苛烈の一言に尽きる。業火自体は神殿にくることに否やはなく、むしろ楽しみにしているほどだった。
「回禄に業火は御せないでしょう?」
「コントロールする気はないよ」
そう言って立ち上がった。
「じゃあ焔そろそろ行くよ」
「みんな集まってるかな」
「性悪だけらしいよ?下働きしているやつらには声はかかってなさそう」
「それは返って好都合だね」
***
最近、ブリギット達はとても穏やかに過ごすことができていた。今までの忙しさはなんだったのだろうか、と話しながら仕事半ばで休憩をとれるようになった。
「いやー、仕事量が半分になってくれるだけでありがたい」
「本当に!洗濯だけやればいいから本当に楽よねー」
「貴族様達、なかなか手こずっているみたいだけど……」
「休憩終わったら様子見てきましょう?」
「こんなことやりたくなーい、って言いながら、働いているから大丈夫かな?って思うんだけど……」
あの後、ホールに集められた貴族達は、文字通り半死半生の目にあい、何人かは見せしめに焼かれたりもした。そしてマリオネットの術は、回禄のあまりにも雑な術の行使に焔が見てられなくなり、結局は焔が行い、回禄が後継をつれてきたら、その後継に受け継がれるようにするという。
回禄は、徐々に焔から仕事を受け継ぎ始め、結界の修復や見回りを行うようになり始めた。
「ブリギットー!!」
「あ、旦那が来たわよ」
「もう気分は新婚ね」
「執着がすごい!」
「ごゆっくりー」
回禄が降り立つのとほぼ同時に、同僚達はあちらこちらへと散っていった。
「ブリギット、休憩中?」
「そうだよ。回禄は?仕事順調?」
「うん、ようやく慣れてきた」
つい先日まで少年の姿だった回禄は、いまや青年の姿となっていた。
「ブリギットは?仕事どう?」
「うん。お陰様で休憩がとれるようになったよ」
「労しい……。あ、焔の守護なくなってるね!」
「え!?」
「やったー!じゃあ今度は僕の祝福たくさんあげるね」
「え!!?」
守護者の事情はブリギットには何もわからず、ただただ流されるがままだった。ただ回禄の祝福をもらう段階で、その方法には物申したく、かなり頑張って抵抗をしたが、回禄の仄暗い執着を目の当たりにして抵抗をやめた。
(そうそう、歩けなくされたり、下の世話をされるくらいなら、こんなの犬に噛まれたと思えばいい)
さらに、ブリギットは何度も犬に噛まれるようなことを回禄にされ、ようやく色んなことが手遅れなことに気付いた。
(大体、回禄は可愛いかったのに、あんなにかっこよくなって好き好き言われて絆されない人っている!?ちょっと身の危険感じる時もあるけど!)
同僚達には、いつ結婚するのか毎日聞かれ、回禄はそれにすっかり気を良くしていた。
「あー、早く結婚したいー。ずっと僕の部屋にいて」
「……そうだねー」
監禁予告を受けて素直に頷けなかった。
「部屋に篭りっぱなしは嫌だな」
「え………。じゃあ10日に1回は買い物に行ってもいいよ?」
「1日1時間、散歩はいい?」
「……神殿の中なら」
ここ位までが回禄が譲歩できるところだろう。
「ありがとう。じゃあいいよ?」
「え?」
「…………いいよ?」
「何がいいのか……わからない……」
そして上目遣いをしてくる。両手をあわせて、お願いと言外に訴えてくる。
「結婚、いいよ」
恥ずかしくてぼそぼそとしかブリギットは答えられなかったが、回禄は何度も何度もねだり、しまいにはブリギットに怒られてしまった。
***
ある炎の守護者は、自身が生まれた時に己の伴侶がわかったという。
その伴侶は炎の守護者の執着を気にすることもなく、神殿という檻の中でその半生を過ごし、残りは守護者とともに神殿を去り、二人だけで森の奥深くに居を構え最期を迎えたという。
伴侶が亡くなると炎の守護者は、当たり一面焼け野原にして自滅するというが、その炎の守護者はその伴侶の魂を大切に大切に囲い、魂が消失するその時までともに過ごしたという。
読んでいただきありがとうございます。