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プロローグ


「……本当にもういいのかい?」


 荷を積み終えた幌馬車に、少女が乗り込もうと足をかけたところで行商人が言った。

 馬車の周りには少女の見送りに来た住人がずらりと並んでいる。


「はい。大丈夫です! 出発できます!」

「とは言ってもねぇ……」


 出発して欲しくないと住人たちは声に出してはいないものの、行く手を阻むように馬車をぐるりと囲まれては村を出るに出られず、行商人は困ったように小さくうなる。


「もう! おじいちゃんたち! そろそろ出ないと試験に間に合わなくなっちゃう!」


 少女は荷台に元気よく飛び乗り、道をあけるように住人たちへ言うと、ようやく馬車の進路からしぶしぶと動いた。


「なあ、リオ。王都なんてわざわざ行かなくてもいいんだぞ? ここでじいちゃんたちとのんびり暮らしたいって言ってたじゃないか」

「その話は納得したはずでしょ! ……ここでの生活は大好きだよ。だけど……」

「けど……?」


 少女はうつむき、ひと呼吸おいて顔を上げる。


「このままだと村が過疎でどうにかなっちゃう! 見送りに来てくれるのは嬉しいけど……周りを見てよ! ここにいるの村人ほぼ全員じゃないの!」


「そ……それは……」


 住人たちはそれぞれに顔を見合わせる。

 ざっと30人ほどだろうか。集まっているほとんどが老人、よくて中年だった。子どもや若者は少女以外に見当たらない。この場にいない住人の中には年若い者もいるのだが、それはそれとして村の全人口の半数以上がこの場にいることに少女は何とも言えない気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。


「私はここが大好きだから……村がなくなるのはイヤなの! だからもっと人口を増やす方法をちゃんと考えたいの! そのために私に何ができるか、ちゃんと勉強したいの!」

「リオ……」


 あちこちからすすり泣くような声が聞こえてくる。完全に成長した孫を見て感極まる老人たちの反応だな、と行商人は心の中で思った。


「というわけだから、行ってくるね! おじいちゃんたち!」

「リオちゃん! ちゃんと手紙は書くんだよ!」

「もちろん! それじゃ、行ってきま~す!!」


 大きく手を振って、少女は村人たちへと別れを告げる。

 既に予定の出発時間から遅れているので急がなければ、と行商人は手綱を握り締めた。


「がんばるんだよ、リオ!」

「大丈夫、リオちゃんならできるよ! あたしたちは信じてるからね!」


 ガラ……ガラ……、と重くにぶい車輪の音が次第に軽快なものになっていく。


「リオ~! じいちゃんたちのこと、忘れないでくれ~!」

「たまには帰ってきなさいね~」


「…………おじさん。もうちょっとだけ、スピード上げられます?」


 御者台へひょこっと顔を出した少女は、声をひそめて言った。

 周りから聞こえてくる声が全く遠ざからないことで状況を察していた行商人は、少しずつ馬車の速度を上げていく。

 少女を呼ぶ声が小さくなり、馬車を追ってどこまでも着いてきそうな村人たちはついに一人も見えなくなった。誰も見えなくなるまでの間、少女はずっと村人たちに手を振り、声をかけていた。


「初めて村から出るんだろう? あそこまで引き止められて寂しくないのかい?」


 村を出てしばらく進んでから、行商人は少女へ尋ねた。


「寂しい気持ちもあるにはあるけど……それより今はとってもワクワクしてますから! ねえおじさん、王都まであとどれくらいで着きますかね?」

「まだまだだよ。ここから王都までだと、急いでも長旅になるからね」

「しばらくお世話になります!」

「途中いろんな村を経由するから、退屈はしないと思うよ」


 ガラガラガラ、と軽快に車輪が転がる。


(王都まで興奮で眠れなさそうだなぁ……)


 村で見るよりもずうっと広く見える青空を眺めながら、少女は未来へ想いを馳せるのだった。


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