経験値
俺たちは経験値の分配について話し合っていた。初めに⾔い出したのは流だ。経験値は⽌めを刺した者が全て取得する形式らしく、援護していようがおこぼれはもらえない。なので誰が⽌めを刺すかは⼤事な話だった。
「とにかく、秀治に経験値を受け取ってもらおう」
それに反対したのが俺とパラリスだ。
「いやダメだろ。どう考えたって S 級が経験値を受け取るべきだ」
俺がそう⾔うと、
「俺もその通りだと思う。わざわざ成⻑しない E 級を優先する理由はないだろ」
パラリスもそう⾔う。
「しかしこの中で⼀番死ぬ可能性が⾼いのは秀治だ。少しでも⽣き残れるように」
「S 級の⼆⼈が弱いせいでシュージを守れない可能性だってある。S 級は積極的に強くなるべきだと思うがなぁ」
流の気持ちは嬉しいが、パラリスの⾔うことが正しい。俺に経験値を回すことで S 級が成⻑不良を起こせば、危険が同⾏者の俺にも及ぶ。
なら初めから俺に経験値など割り振らず、S級にガンガン強くなってもらった⽅が安全だ。
しかしそれに待ったをかけるのが瑠⾐だ。
「基礎レベルが上がらないと能⼒レベルが上がらない可能性があるわ。E 級の秀治君には⼿札が必要よ。今の影響⼒を無くす能⼒だけでは、いざと⾔う時に⾝を守れない可能性がある」
確かにその意⾒も正しい。能⼒の種類が増えれば、俺が⼀⼈で⾝を守る必要がある時だって安定感が⽣まれるだろう。今の⻑いクールタイムを必要とする能⼒だけでは厳しい。
「確か基礎レベルの上昇がきっかけで能⼒レベルが上がったって事例もあったと思うぜ。その逆に能⼒を使い続けてたら上がったってのもあるが」
パラリスがそう⾔う。確かに俺は、基礎レベルが上がるとともに能⼒が⽣まれたわけだしな。
となると……
「均等に経験値を分配するのがいいのかな。偏らせずに」
流が結論を⾔う。みんながうなずく。しかし……
「でもそれって難しい話ではあるわよね?秀治君は E 級のステータスで魔物を倒さなければいけないんだもの」
「俺の能⼒は群れで現れる魔物に向いてないんだよな……クールタイムがどうしてもネックだ」
これはどうしようもない。流や瑠⾐は基本、常に使える能⼒のようだし、羨ましい限りである。
「だったらやっぱり、シュージに優先的に経験値を回せばいいんじゃないか?どのみち S級が⽌めを刺すことが、どうしても多くなるんだからよ」
パラリスはそう⾔う。S 級は勝⼿に強くなるから、E 級に経験値を意識的に分ける。納得できる内容だった。
「ではそうしましょう」
流はそう⾔う。
「それがいいでしょうね」
瑠⾐も賛成らしい。
「すまない、助かる」
俺がそう⾔うと、
「当然の配慮さ。気にするなよ」
流はそう⾔ってくれる。瑠⾐はというと、
「……思うにこれは、役割分担だと思うのよ」
と⾔った。
「どういうことだ?」
俺は意図がよくわからず聞き返す。
「あなたの能⼒って、ボス戦とかで絶対有効な能⼒よね?使い道を間違えなければ切り札にもなりうる。けど、あなたは⼀⼈で強くなれるわけではない」
「なるほど。それで役割分担か」
流は納得している。俺はまだわからない。
「つまり、私たちはあなたという切り札を育てる。あなたはいざという時に私たちの救世主になる。ね?役割分担でしょう」
「あー。そういうことね」
ようやく納得できた。
「そう考えると俺が最初に能⼒を持ってなかったのはそういうことなのかもな。育てられる存在だから、最初から⼒を持っていたわけではなかった。本来はみんなと協⼒しているうちに、みんなの⼒になれる存在になるはずだった、と」
俺の⾔葉にみんな納得しているようだ。
「そもそも勇者が⼀⼈でない時点で、協⼒プレイを想定するべきだったのよ。それを考えられなかったのは 2 年2組全員の罪ね」
そう考えると……俺にも落ち度はあったんだろうな。俺だって⾒捨てられたと思って、流と瑠衣以外は切り捨てた。
俺の存在を皆に認めさせることができていれば、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。
「過ぎたことだ。あまり気にするなよ、秀治」
「流……ありがとう」
そうして草原をゆく俺たち。そろそろ次の街があってもいいのではないのだろうか?
「そういえば魔王を倒すのは決定事項として、その過程はどうするかね」
俺がそう⾔うと初めに提案をしたのはパラリスだ。
「現実的な問題として⾦がねぇ。そこら辺をクリアしつつ強くなるんだったら、冒険者になることだな。最短距離ではねぇが⼀番現実的だ」
「この世界の⼈間の⾔うことだ。正しいと思う」
流が賛同する。
「俺もそう思う」
「私も賛成ね」
ということで俺たちは勇者兼冒険者になるのだった。
ニシール領。ニシール伯爵の治める領地。ここで冒険者登録することにする。⼀泊して次の⽇。
冒険者ギルドでのこと。
「邪魔するぜ。冒険者登録したいってやつらを連れてきた。聞いて驚け、3⼈とも勇者様だ」
パラリスがそう⾔うとギルド内がわっと沸いた。
「勇者様!?え、えっとこちらで受付させていただきます!」
それから俺たちは⼿続きを済ませる。勇者ということで最初は E 級クエストから、というお決まりは特別に無視された。何級を受けてもいいが⾃⼰責任とのことだ。
それにしても、道中の街並みをみても思ったが、どうも活気がない。どうやら魔王の軍勢は庶⺠の⽣活に、ここまで悪影響をもたらしているらしい。
さて、俺たちは、近場の C 級ダンジョンに蔓延る魔物を倒すクエストを受けることにした。
C 級ダンジョンは S 級勇者⼆⼈なら問題ないとパラリスが⾔っていたので、E 級の俺はどうなんだと思った。
「魔王はもう動き出してんだぜ?ある程度の安全が確保できたら後は駆⾜で⾏かないと、国防に間に合わないっての」
パラリスのいうことはもっともであった。のろのろしてはいられない。
そうして俺たちは C 級ダンジョンへやってきた。このダンジョンはアンデッドが出るらしい。
「そういえば、ダンジョンってなんなんだ?」
俺がそう⾔うとパラリスが答える。
「魔王の勢⼒が、各地から現れるための移動装置って聞いたことがあるな。だからこまめにダンジョンから出てくる魔物を狩らないと、スタンピードが起こる。常設クエストである理由だな」
「なるほどなぁ。じゃあダンジョンの魔物は魔王が操っているのか」
俺がそう⾔うとパラリスが肯定する。
「そら、着いたぞ。気を付けろよ、俺はお前らのサポート程度に留めるからな」
パラリスはいい指導者だ。さすがに、勇者の指南役に抜擢されていただけはある。
「その⽅がありがたい。俺たちは強くならなきゃいけないからな」
俺はそう⾔ってダンジョンに⼊っていく。すると流に腕を掴まれる。
「いや、秀治はどう考えても後ろにいた⽅がいいだろ。前衛は俺たち S 級に任せておけ」
「そうよ。あなたは後ろにいるべきよ」
気遣いが嬉しい。しかしだ。
「俺の能⼒は射程が10メートルしかない。俺が能⼒を使おうとしたら前に出なくちゃならないんだ。だから、そのために前衛の練習をしておきたい」
そう俺が⾔うと⼆⼈は納得してくれたようだ。
「じゃあ、すぐにカバーできるように三⼈で並んで歩こう」
そうして俺たちは俺、流、瑠⾐が前、パラリスが後ろにつく形で動き出した。
進んでいくと何かを引きずるような⾳が聞こえてくる。慎重に進んでいくと現れたのは⼈影。
しかしその⼈影は決して⼈間なんて存在ではなかった。ただれた⽪膚、⾶び出した⽬⽟、ひどい腐敗臭。それはまさしく、
「ゾンビか!」
しかしリアルで⾒るととてつもなくグロい。臭いも相まって俺たちは吐き気を催した。
冷静に考えてみれば、俺たちはつい⼀週間前まで⼀般⼈だったのだ。こんなおぞましいものと縁があるわけもなく、とてつもない精神的なダメージを負ってしまった。
そんななかはじめに動き出したのは瑠⾐だ。⾚い狼を呼び出し、ゾンビと戦わせる。直接的に戦うのは気が引ける相⼿だったので、瑠⾐が動けるのはそういった理由だった。
「よし!いくぞ」
流は決意しゾンビに⽴ち向かう。剣をふるいゾンビを倒していく。俺も新調した剣をゾンビに向かって差し出す。
「1秒」
俺の貧弱なステータスではまともに攻撃が⼊らない。なので、例の如く防御⼒を奪いながら攻撃していた。
「なかなか肝が据わってんなお前ら。歴代勇者の中では⼀番の適応速度じゃないか?」
パラリスはそんなことを⾔う。確かに俺たちは肝が据わってるのかもな。俺は⽣き抜くのに必死だったし、流はみんなを守るのに必死だった。瑠⾐はもともと勇気があるのだろう。
そんな理由で今の俺たちは、ゾンビ相⼿でも戦うことができていた。
「せい!」
にしても、流はすごいな。元々剣術道場の息⼦というのもあって、戦うのがうまい。それでも弟には負けていたらしいので、弟がこの世界に来てたら⼀⼈で魔王を倒せてたかもしれない。
「今失礼なことを考えてたろ!秀治は顔に出やすいんだよ!」
戦いながらも俺の様⼦を⾒ていたようだ。器⽤なやつである。
「秀治君。どうかしら、クールタイムの⽅は。⾒た感じ1分程度?」
瑠⾐が聞いてくる。
「そうだな。1体1秒の防御⼒消去で1分。ゾンビの防御⼒はそんな⾼くないみたいだ」
「レベルの低い俺たちでも攻撃が通っているのがその証拠だな」
そう。流も瑠⾐も S 級とはいえ今の基礎レベルは俺より低い。そんなレベルでなんとかなっているのは、S 級であるということの他にゾンビの防御⼒が低いことにある。
「そう。秀治君は⾔われなくてもクールタイムが終わり次第攻撃しているようだし、このままもうしばらく進んでみましょうか」
瑠⾐の⾔葉に賛成しゾンビを倒しながら進む。さて、そろそろ変化がありそうなものだが。