罠、発動
巨体のゴブリン。それを前に流は、即座に判断を下す。
「撤退だ!俺のステータスが⼤きく上がった!こいつは強い!」
流の今持つ能⼒は、格上相手ほど敵対したときに、⼤きなバフがかかるというものだ。つまり、バフの上昇率が⾼ければ⾼いほど、相⼿のステータスも⾼いと⾔うこと。
こいつだ。これが俺を殺すための罠!
みんなが逃げようとした時、学がでかいゴブリンに狙われた。流は⾼速で迫る巨体に割り込み・・・
「がはぁ!!」
すごい勢いで吹き⾶ばされた。
「え?」
流は吹き⾶ばされて。
気を失っていた。
「まずいまずいまずい!!!」
頼りの流が気絶!?どんだけ強いんだこいつ!!
俺たちは気絶した流を担いで⾛る。逃げねば、死ぬ。もはや俺だけではなく、この場の全員が死ぬような状況だ。必死に⾛る。だが、E 級ステータスの俺はだんだんみんなと引き離される。俊敏の差がひどいのだ。
このままでは、俺はでかゴブリンに捕まるだろう。なるほど、確かにこれは罠だ。逃げ出せば⼀番初めに追いつかれるのは、俺。だから俺だけ死ぬ可能性が⾼い。
「ゴギャァアア!!!」
すぐ後ろに気配を感じる。
俺が死を覚悟していると・・・
「秀治囮になれ!!」
学がそんなことを⾔い出した。それとともに剣を投げつけられ、俺は転んでしまう。
「ふざ、けんな!なんでこんな!!」
何もしなくたって俺は死んでた。追い討ちかける必要なんて無いだろ!!
「お前には死んでもらわなきゃいけないんだよ!!恨むなよ、秀治!」
そうして4⼈は去っていく。ゴブリンは俺を捉えて離さない。
「恨むなだ!?無理に決まってるそんなもん!!」
頼みの流は倒れ、かつての友⼈には裏切られる。俺はその事実に泣き出していた。
じりじりと追い詰められる俺。嘘だろ?つい最近まで⼈⽣を謳歌してた俺が、なんでこんな⽬に合ってる?
こんな簡単に死ぬのか。嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
「何かないのか!?⽣き残れる⼒が!!」
もう⼀度ステータスを開いて確認する。
烏丸秀治 LV5「無を司る能⼒」LV2 E 級
HP42 MP42 攻撃⼒9 知⼒9 物理防御⼒9 魔法防御⼒9 俊敏9 抵抗9 器⽤9 スタミナ9
絶望的だ。E 級のとてつもく低いステータス。やはり俺はここで死ぬ・・・ん?
無を司る能⼒がレベル2に上がってる。
さっきは確認しそびれていたが、確かにレベルが上がっていた。
確か、能⼒レベルが上がると能⼒が増えるって⾔ってたよな、あの姫様!
なら!!
俺は慎重に能⼒の詳細を開く。
頼む・・・何か、何かきてくれ!
この状況を打開できる、奇跡的な能⼒!
「無を司る能⼒」LV2
能⼒:あらゆる影響⼒を無くす能⼒。対象は半径10メートル以内に限る。無くした影響⼒が強いほど、無くしている時間が⻑いほどクールタイムが伸びる。効果時間終了時からクールタイムが発⽣する。クールタイムを介さずに再使⽤はできない。クールタイムが存在している状態で再使⽤はできない。
来た!!何かできそうな能⼒!!
考えろ、時間はないが焦らずに。
俺は転げ回りながらも、剣は離さずにゴブリンの攻撃を必死に避ける。幸い、こいつは⼤ぶりな⾏動しかしてこない。動きが読みやすい部類だった。いずれはこちらのスタミナ切れで捕まるだろうが、考える時間はある。そうしながらも思考は加速していく。
まず、⻑いクールタイムが必要になる使い⽅は、次の想定外の時に能⼒が使えなくなるからだめだ。効果時間は短く、無くす影響⼒もクールタイムを減らすために考える必要がある。
では、例えばこいつの攻撃⼒や俊敏の数値が、こいつ⾃⾝に及ぼす影響⼒を無くしたとしよう。
数値がどれだけ⾼かろうと、影響を及ぼすことができなくなれば、実質数値を0にすることはできる。
そう考えた上で。攻撃⼒を消せば俺はダメージを受けないが、俺の貧弱なステータスでは逃げたところで、こいつを振り切れない。効果が切れたら即死だ。効果時間を伸ばすと、今度は他の対象に能⼒が使えない。もしこいつ以外の強い敵がいたら?守りの姿勢ではジリ貧になる。
同様に、俊敏の影響⼒を消したところで、効果が切れれば追いつかれるかもしれないし、効果時間を伸ばせばこいつ以外の強い敵が現れたら対処できなくなる。
なら、こいつを⼀瞬で無⼒化するしかない。クールタイムを短くしつつ、こいつの有害性を排除するために。⾜を削って逃げるか?いや、それじゃあ確実性はない。
やはり息の根を⽌めるのがベストだ。
それにこいつを倒せれば、レベルが上がるはず。そうなれば、ここから帰還する道中は少し安全になるはずだ。
なら次はどう殺すかを考える。こいつを、時間をかけずに殺す。そのために必要なのは・・・
「防御⼒だ」
俺は、なまくらな剣と貧弱なステータスしか持っていない。でも、こいつの防御⼒の数値が及ぼす影響⼒を消せば、絶対に攻撃が届く。防御⼒0ならダメージはカットできない!
⼀息に殺すにはどうすればいいか。流は普通のゴブリンと戦うとき、⾸を跳ねていた。なら、俺もそれを真似すればいい!
俺はこちらに攻撃を仕掛けてくるゴブリンを全⼒で躱しつつ、隙を狙う。ゴブリンは俺を舐めきっているのだろう。どこか本気を感じない動きで、俺を弄んでいるように感じる。
そこが、隙だ。
「ここだ!!」
⾶びかかり、⼤ぶりに思いっきり⾸まで斬りかかる。だが俺のステータスとこの剣では攻撃が通らないと分かっているのだろう。避けることもしない。
「1秒」
声とともに能⼒を発動する。発動時間は1秒。効果は防御⼒を無くすこと。
油断し切ったゴブリンの⾸は。
スパンと。
真っ⼆つにされるのであった。
『基礎レベルが上がりました』
『称号:弱者の反撃 を授けます』
「⽣きてる」
俺は⽣きてる。死ななかった。⾒捨てられても、俺はこの能⼒で⽣き残った!!
「ここから出よう。安⼼はできない」
感慨に浸っている場合ではない。ここは危険だ。
こみ上げる喜びを必死に押さえつけ、動く。
息を潜めながら出⼝へと向かう。今使った能⼒のクールタイムは、3分。たった1秒でも3分のクールタイムだ。それだけ、あのでかゴブリンの防御⼒が⾼かったと⾔うことだろう。
無くした影響⼒が⼤きいから、クールタイムも⻑い。仮に10秒使っていたら30分は能⼒が使えないところだった。これからも節約はしなければならないだろう。
息を潜めながら進む。またあのようなゴブリンが現れてもいいように、気配を殺しながら。
「ゴギャアア!!」
「!!」
またあの声だ。近くにいる。前⽅、つまり出⼝から声は聞こえてきた。⽴ち塞がっているのか?俺が出て⾏かないように。
クールタイムは終わった。ならここから出るためにやることは⼀つ。
「倒して、進む」
ゆっくり声の元へ近づいていく。すると、さっき⾒た巨躯を再び⾒つけることができた。
「よかった、クールタイムを短くしたのは正解だった」
もし30分もクールタイムが必要であったなら、このダンジョンにずっと閉じ込められるところだった。忘れてはいけない。俺のステータスは貧弱。故に普通のゴブリンですら危険な存在なのだ。このダンジョンに⻑居する危険性は、計り知れない。
俺は気配を消し、でかゴブリンの背後に回る。しかしその途中で気がつかれてしまう。
「グギャギャギャアア!!」
・・・さっきと雰囲気がまるで違う。仲間の死に怒っているのだろうか。
「ギャ!!」
「!!」
さっきよりも早い!やはりあの時は遊ばれていたんだ!
俺はゴブリンの棍棒による攻撃をとっさに剣で受け⽌める。
しかし受け⽌め切れるはずもなく、簡単に吹き⾶ばされる。そのまま俺は壁⾯に叩きつけられ、
「がはっ!!」
悶絶するような痛みに蹲る。意識が離れていくのを感じる。
ダメだ!!ここで気絶なんてしたら死ぬ!!俺を守れるのは俺だけなんだ!!
根性で意識を覚醒させる。
痛みに顔をしかめながらもステータスを確認する。すると HP がわずかに2だけ残っているとわかった。
ギリギリじゃねぇか!
今の衝撃で剣は折れてしまった。ああ。
「嫌になる・・・!」
ゴブリンは真っ直ぐ俺を⾒据え、再び棍棒を振るう。俺はなけなしの体⼒を振り絞り、
「うぉお!!」
全⼒で避ける。そして、
「1秒!!」
俺はゴブリンの防御⼒を消し、折れた剣で⾸に向かって刺突を繰り出した。
「ゴギョエ」
ゴブリンが変な声をあげる。際限なく⾎が流れ、返り⾎を浴びながら俺は距離を取る。ゴブリンは俺を殺そうと棍棒を振り上げ・・・
その前に⼒付き倒れたのだった。
「はあ、はあ」
なんとかなった。俺は突き刺さっている剣を引き抜きお守りに持っていくことにする。
『基礎レベルが上がりました』
ステータスを確認すると HP が17になっていた。基礎レベルが5上がったことで HP が15上昇しているが、骨折などの怪我は治っていない。早く外に出なければ。
左腕、肋⾻も少し折れているだろう。尋常ではない痛みを抱えながら荒い息を吐きつつ出⼝へ。
「⾒えた」
しかし出て⾏ってもいいものだろうか。死んでいた方が都合がいい存在。それが生き残っていると知れたら、どうなるだろうか。
だがそんなことを考えていたって仕⽅ない。勇気を持って外へ出た。
「誰も・・・いない」
避難。完全に俺を⾒捨てての避難であった。
「はは。そりゃそうか。あんな危険な魔物が突如現れたんだ。そりゃ避難するか」
俺は本当に捨てられたんだな。てことはだ。
「俺は死んだことになってた⽅が、いいのかもしれないな」
「そんなわけないだろう!!」
「え!?」
唐突に上がった声に俺は驚く。声のしたほうを⾒ると、⾛ってくる流が⾒えた。俺のもとへたどり着くと思いっきり抱きつかれる。
「痛い痛い痛い!!」
「あ、すまない!つい・・・」
「俺今死にかけ。丁重に扱ってくれよ?」
ふざけた調⼦で⾔ったが、実際死にかけなので乱暴はしないで欲しい。
「⽣きてて・・・くれたか」
流は、泣いてくれていた。
「ま、俺が死ぬなんてありえないだろ」
「そう・・・だよな」
そう⾔って俺と流は笑い合う。裏切りに遭い荒んでいた⼼が、癒されるのを感じる。
「げ、本当に⽣きてやがる」
「えっと、パラリスさん?」
現地⼈の戦⼠、パラリスが嫌そうに声を上げる。なんだよ、げって。
「これどうなんだ?王様はお前を殺したがってたのに⽣き残ってるっつー・・・」
⼈がせっかく⽣き残ったと⾔うのに、何を悩むことがあるのか。
「でも⼀⼈で⽣き残ったってことは、勇者の素質はあるってわけだよなー。なら躍起になって殺す理由もなくなったって考えていいのか」
どうやら俺は無能でなくなったことで存在を認められる可能性が出てきたようだ。
もう⼀⼈、歩いてくる者がいた。
「⽣きてる・・・⼀⼈で?」
「瑠⾐か」
瑠⾐も来てくれたようだ。信じられないものを⾒た、というような表情をしている。
「⽣きてんなら仕⽅ねぇな。これ使いな」
パラリスが渡したのは HP 回復ポーションだ。ありがたく使わせてもらう。すると体の痛みが引いていくのがわかる。
「⽣き返ったー!もう⼆度とあんな痛い⽬に会いたくないね!!」
「本当済まなかった。まさかあんな魔物が現れるとは。俺が不甲斐ないばかりに秀治を危険な⽬に合わせた」
「本当な。俺お前頼りだったんだぜ?ダウンした時はまじ焦った」
軽⼝を叩くと、流は笑う。
「流君。私はあなたに⾔わなければならないことがある」
「なんだ?」
「流君には伏せられていたけど、今回の事件は故意のものよ。秀治君は死ぬように仕組まれていたの」