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塩とコショウなら、外に出しても大丈夫だろう。
台所に行って、キャリーケースから塩とコショウの小袋を出す。詰め替え用のアレね。
でもこのまま見せられないよな~。
ビニールのパッケージのままではまずいだろう。
私はそれらを小皿にあけた。
「塩とコショウなんですが、これで取引できますか?」
サイードさんの前に小皿を出すと、サイードさんは目を見開いた。
「これは! ちょっといいですか?!」
サイードさんは塩の入った小皿を持ちあげて角度を変えて真剣に観察している。
それから匂いを嗅ぐ。
最後に少しだけつまんで口に入れた。
「!!!」
驚いた顔のまま、次にコショウも同じ手順で見定めている。
「驚きました。こんなに純度の高い塩もコショウも初めて見ました。
……これは俺には扱えません。これ程の物を買える資金がありませんし、仮に買えたとしても、俺が売りに回るような人たちでは買えないでしょう。ギルドとの取引をお勧めします」
あらま。やっぱり質がよすぎるか…。
この家にコショウはなかったけれど、塩はあった。
ご飯を作る時に塩を使ったからね。
最初に気づいたのは食べた時だ。
その時は、いつもと味が違うな~、慣れない台所だからかな?異世界産だからかな?と思っただけだったけど、その後塩の色が違う事に気がついた。
元の世界での事だけど、昔は重さを増すために塩に砂を混ぜているものもあったとか。重さで金額が変わるからね。
この世界でも同じかはわからないけど、白い筈の塩はうっすら茶色味がかっていた。
砂か?!砂を食べちゃったのか?!
そう思うと心なしかジャリジャリするような…。
元の世界のように真っ白なものがないだけかもしれないけどさ。
コショウも、昔は金と同じ重さで取引があったとか。
超貴重な物だったのね。今では考えられないけど。
私の持っている塩とコショウは純度がいいよ!
パッケージ裏に書いてある原材料名には、塩には海水、コショウにはブラックペッパーとホワイトペッパーとしか書かれていない混じりっ気なしだから!
でもそうか…。
ギルドと取引するとなると、サイードさんの応援はできないって事になる。
他に何かないかと考えるけれど、きっと砂糖でもその他の調味料でも、ギルドとの取引を勧められるだろう。
あ、そうだ!
「ではサイードさんが私とギルドの仲介をしてくれませんか?もちろん仲介料はお支払いします。
私はこの大陸とは違う国の出身なので(嘘じゃないでしょ?)まだこの国の事をよくわかっていないんです。
子供たちもいるし、置いていくわけにもいきません。それに、子供たちを連れて出歩くのは、私がもう少し環境に慣れてからにしたいんです」
後半は本音だった。何も知らないままで歩くのはちょっと怖い。
スーさんからの大まかな情報と、子供たちからの子供目線の情報だけでは心もとない。
「そういう事でしたら承ります。塩とコショウはどれだけお持ちですか?どれだけ売ろうと考えていますか?」
サイードさんは真面目な目のまま答えてくれた。声からも誠実さが聞こえる。
最初から好印象だったけど、こうやって話していても信頼できると思わせる人だ。
私はちょっと考えた。
サイードさんもスーさんの育てた子だ。ここの子たちとはまだ三日の付き合いだけど、捻くれもせずみんないい子だと思う。
サイードさんは巣立ってからも時々はここを訪れていたというし、子供たちは慕っている。
私のせいぜい三十二年の勘だけど、彼は信用できると告げている。よし!
「サイードさん、ここで見聞きした事は他言無用にお願いできますか?」
サイードさんはちょっと息をのんだ。
それから力強くうなずいた。
「はい。俺も商人の端くれです、商売は信用第一です。秘密は守ります」
「ありがとうございます。では相談もさせてください」
私はサイードさんを台所に連れて行くとキャリーケースを開けた。
詰め替え用の塩の袋を取り出して作業台の上に置く。それを繰り返して、最初に出して開けちゃった袋と合わせて五袋分、一袋二百グラム入りだから、一キロ分を出す。
サイードさんがちょっとだけなめちゃったけどね。
「どうやら私は、私の暮らしていた国から魔法のようなものでこの国に飛ばされてしまったようなんです。(魔法みたいなもんだし、まったくの嘘ではないよね?)私が持っているものは私の国で作られたものなので、たぶんこの国では珍しいものばかりだと思います」
「魔法ですか…」
「はい。とりあえずこれで塩は一キロあります。これからコショウも出しますが、あまり目立たず、というか、騒ぎにならない程度の量はどのくらいでしょう?」
「はぁ…。 そうですね」
サイードさんは、魔法になのか良質な塩の量になのか、ちょっと放心しているようだったけど、目を閉じて考え始めた。
「そうですね、とりあえず塩はその一キロで。コショウは百グラムくらいありますか?」
「いくらでもあります。これも魔法と思うんですが(チートは魔法みたいなもんだよね…)私が持って来たカバンの中身は減る事がありません」
サイードさんは驚いて大声を上げた。
「この塩とコショウが無限にあると?!」
「そのようです…」
対して私は困って声が小さくなる。
「コハルさんの美味しいお肉も全然減らないんだよ!」
「お腹いっぱい食べられるの!」
子供たちはキラキラ顔で力説する。
子供らしく無邪気で可愛いんだけどね。今サイ兄は混乱してるから待ってあげようね。
「そんな事が知れ渡れば大変な事になります!」
「私もそう思います。私はここで子供たちと穏やかに暮らしたいんです。ですからご内密に」
「わかりました。ここで見聞きした事はけっしてもらしません。俺も一応こいつらの兄のつもりなので、こいつらには…、できるだけ幸せになってもらいたい」
いい兄ちゃんだ。
ほっこりして私は笑顔になった。
サイードさんがちょっと赤くなる。 あら?
それからサイードさんとの相談の結果、とりあえず様子見のために塩は一キロ、コショウは百グラム、ギルドに持って行ってもらう事にした。
サイードさんも登録している商業者ギルドね。
そうしているうちに上の子たちが帰ってきた。
「わぁ!サイ兄だ~!」「サイ兄~!サイ兄~!」と大喜びしている。
慕われているなぁ。
本当にいい兄ちゃんなんだろう。
何故だか私は嬉しくなった。 ……あれ?
というか!
「ごめん!サイ兄と話していたらご飯の支度が遅くなっちゃった!すぐ作るから手洗いうがいをして来てね!」
ユーリンとシリンが窯の支度をしてくれていたから、ケンタとパンはすぐ温まる。
私はすぐにできる卵スープをちゃっちゃと作った。
今日は野菜不足だな~。明日はたくさん食べさせよう、と気分はまるで母親だ。
上の子たちが井戸から帰る頃には、シリンがみんなの分の麦茶をついで、ユーリンが窯からパンとケンタを出す。
それをローラが運んで、私が注いだスープはエラムが運ぶ。
一日中一緒にいるせいか、たった三日なのにいいチームになったじゃない?嬉しくなって笑顔になっちゃうよ!
みんな揃ったら『いただきます』
これは元の世界でも日本以外にはない習慣みたいだし(お祈り系はあるけど)この国にもなさそうだ。
初日に子供たちが、何?何?と興味津々だった。
説明すると感心したり面白がったりで毎食言うようになった。
私はもちろん無意識でも手を合わせているけどね。
サイードさんも『いただきます』の合唱に驚いていた。
ここでもまた子供たちが我先にと説明する。
サイードさんは納得して、一緒に手を合わせていたよ。
そして子供たちは三日目なのに「美味い」「美味しい」の大合唱。
サイードさんも初めて食べる異世界料理に「こんなに美味い物は初めて食べた!!」と大興奮していた。
まぁね。ケンタは美味しいよね。
アラサーには三日続けては厳しいけど…。