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八月。
日中は暑い日が続いているけど、涼しい早朝にユーリンの赤ちゃんが生まれたよ~!
ジダンは出勤前だったから赤ちゃんの誕生に立ち会えた。立ち合い出産というのではなくて、生まれた赤ちゃんに会えたって事ね!
あまり感情を出さないジダンが、うっすらと目を潤ませて、ほんのり顔をほころばせている。
あのジダンが!と、赤ちゃんの存在ってすごい!と感動した。
私たちは生まれたのまでは見届けられたけど、残念ながらお宿の朝食がある。お客様がお帰りになってからゆっくり対面しようと、泣く泣く厨房に向かったよ。
ちなみに赤ちゃんは、やっぱりというか、男の子だったよ!
初めての男の子!もちろん今までの女の子も可愛いけど!初の男の子はまた違ったよさがある!
早くじっくり見たい!抱っこできるようになったら抱っこもしたい!
スタートダッシュの婆バカである☆
あぁ可愛い!めちゃくちゃ可愛い!!可愛すぎる!!
毎度赤ちゃんを抱っこするたびそう思う♪
生まれて三日たって、怖々抱っこした。
「なんか今までよりちょっとしっかりしているような~?やっぱ男の子だからかな?こんなに赤ちゃんなのに」
「そうね、私もそんな感じがするわ」
今まで散々アディルたちを抱いてきたからか、ユーリンも違いを感じるようだ。
そういえば姪より甥の方がしっかりしていたような~。薄れゆく記憶を引っ張り出す。
デミルと名付けられたジダンとユーリン待望の第一子は、ジダン似の少々男らしすぎる面構えだ。ジダンは自分のように苦労しないかと心配しているらしい。
大丈夫大丈夫!小春さんが愛敬というものを教えてあげよう♪
少々強面でも、雰囲気が明るければわりとイケるよ!
まぁ元の世界ではだけどね。
でも明るく社交的なら、どこにいても人の輪には入りやすいと思う。
何にしてもよかった。
なかなか子供を授からない事を、ユーリンは悩んでいたもんね。一安心だ。
これで一段落したかな。子供たちはみんな…、あ。マリカ。
自分もだけど、マリカも結婚してないし、もちろん母にもなってない。
いいのかな~?
お休みの日には自由行動だから、町に出かける事もあるけど、職場は身内だけの狭い世界だ。出会いがない。
もしもそれで婚期を逃しているのだとしたら申し訳ない。
その辺、腹を割って話してみよう。早急に!
という訳で毎度お休みの日の夜、みんなが帰ったり眠ったりした後で
「さぁさぁ、マリカ姉さんグイっとどうぞ♪」
「やぁねぇ、コハルさん何企んでるの?」
「企んでるなんて言葉が悪い。たまにはマリカと飲みたいと思ったんじゃない」
「ほんとにそれだけ?」
「まぁちょっとは話もあるけどさ」
「やっぱりね」
なんて感じに、深夜の女子会は始まった。
差しつ差されつ、よく冷えたスパークリングワインを飲む。
「マリカはお酒が強いねぇ。全然顔色も変わらないし。第二のダリアさんと呼ぼう」
「あんな大酒豪様にはなれないよ。足元にも及ばない」
「確かにそうだ!」
大酒豪様を思い出して笑い合う。
「マリカはさぁ、結婚とかってどう思う?」
「きたな、本題」
「まぁね。 私も結婚はしなくてもいいかと思ってた人だから、勧めるとかじゃないんだよ?してもしなくても幸せにはなれるし」
「うん」
「でもさ、最近思い出すのよ。私の親が、私が三十になる頃から、いい人はいないのか?とか、結婚しないのか?とか言うようになってね。その頃はうるさいな~って思ったんだけど」
「うん」
そこで言葉を切って、ちょっと言い方を考えた。死を語るからね。
「ほら、年齢的な順番でいったら、私の方が確実にマリカより先に死ぬじゃない? 私が死んだ後がね…、ちょっとだけ心配というか」
「結婚してなくて一人って事が?」
「うん。まぁ一人って事はないと思うけどね、みんないるし」
マリカはう~んと唸った。少しの間の後、
「別にしたくない訳じゃないよ?だけど積極的にしたいとも思わないっていうか…、そもそも結婚したいと思う人がいない」
私の頭を、チラッとよぎる人がいた、
けど…。 まぁ一応聞いてみよう。
「可能性としては低いと思うけど、セリクとか」
「ないわ~」
言葉の途中でぶっち切られる程なかったらしい。
「お互いそういう感情はないわ」
「まぁそうかと思ったけど。それにしても言い切るねぇ」
「だってさ、想像してみて。もしも私がセリクを好きで、告白したとするでしょ? あの人、私を崇拝してるみたいなところがあるから断る選択はないのよ。そんな人と恋愛…、なんか虚しくない? 恋人とか夫婦って、同じ愛情を持ちあう関係だと思うのよね」
「おぉ!マリカさんが愛の伝道師みたいになってる!」
マリカはニッコリ笑って空になったグラスを傾けた。
はいはい、お注ぎしますよ。
「それじゃ逆は?セリクから告白されたら?」
「断る!好みじゃないもん」
バッサリである。さすがマリカ姉さん。
そうか。 でもそっか…。 ならば
「私今、三十八なのよ。(この世界の)平均寿命でいったら、あと二十年くらいは生きるから、身体が続く限り一緒に働こうね♪」
「それはいいけど…。コハルさん、私より自分はどうなのよ。まだサイ兄を待たすつもり? いいかげん不憫になってきたわ」
グッ…。
「でもまぁクバードもいるし、難しいわね」
ううう…
「だけどもうローラも成人するし、そろそろ答えてあげないとね」
姉さんや、あ~た色々わかりすぎじゃない?
「はい…」
力なく答えたのだった。
さて、ローラが成人するその九月。
うちの方としてはシリンが産休に入った。
一年前にシリンの産休要員で募集したナスリーンとポーラは、うちに勤め始めて一年になる。
すっかり仕事にも慣れて、育休中のユーリンと、産休に入ったシリンの分もしっかり働いてくれてるよ。
この子たちも、もう少したてば十三歳か。
成人まではあと二年以上あるし、結婚となったらまたもう少し先とは思うけど、うちに勤めている以上産休も育休もあるからね!
もちろん休んでる間のお給料も出るよ!産休育休手当というんだっけ?
私は申請したことがなかったけど(当たり前!)たしか職場の同僚が、六割だったか七割だったかもらえると言っていた。
うちもそれくらいは出すから、安心してジャンジャン生んで大丈夫だよ!
そしてばあちゃんに抱かせておくれ♪
なんて、まだ十二歳の女の子に言える訳もなく、その時が来たらきちんと話そうと思っている。
まぁシリンとユーリンを見ていたらわかると思うけどね☆
そして、ローラのお誕生日になった。
連絡用の魔獣さんに、おめでとうを伝えてもらう。これはエラムとシリルにも毎年伝えてもらっている。
プレゼントは渡せないから、年末に渡しているけどね♪
とうとうローラも成人したか。
長かったような、過ぎてしまえばあっという間だったような…。
とにかくこれでスーさんと交わした契約というか約束も果たせた。
だけどホッとしていられないなぁ…。
マリカにも言われた、先送りにしていた大仕事がある。
気が重いという訳ではない。覚悟というかね。
年を取ると環境の変化は怖いもんなんですよ。
こういうのってタイミングというか、きっかけというか…、難しいよね。
さっさと終わらせなくちゃならない仕事じゃない。
丁寧に、大切に進めてみようか。




