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七月になった。

一年中寒くないこの地域でも、やっぱり夏は暑いなぁと思いながら過ごしている。

大きなお腹の二人は余計にしんどそうで、見ていて気の毒だよ。


ユーリンは産休に入って、最近は使い古しのタオルで産着を縫っているよ。

使い古しのタオル?とお思いのあなた!

ケチって古タオルを使わせてるんじゃないよ?使いこんだタオルの方が肌馴染みもいいし、吸水性も高くなっていて産着にちょうどいいんだって。

もちろんおしめも古タオルだ。おしめは縫わなくていい。形状がもうおしめだもんね☆


まぁなんにしても、うちは古タオルには困らない。使ってもらえる方が助かるってもんよ。


アイシャのところから三姉妹が使ったベビーベッドもきたし(ルルは大きくなったからもう入らない)着々と環境を整えているよ♪


赤ちゃんは五人目になるけど、いつでもワクワクするなぁ。

子供好きな自覚はあったけど、これ程とは思わなかった。自分でもびっくりだよ。


夏の妊婦さんは大変と聞いたことがある。

赤ちゃんの分、余計に暑いだろうけど二人ともがんばれ。




さて、そんな夏のある日。

ご年配のご夫婦のお客様がご来宿された。

お初のお客様だ。


庭園の小路を来る間、軽く曲げたご主人の腕に奥様が手を添えて歩いている。

歩調はゆっくり。どちらに合わせているのか、微笑ましい。


「ようこそおいでませ、バリス様、ファリダ様。おまちしておりました」


いつものようにスタッフ全員並んでお出迎えして、いつものように足湯に誘う。

うちの三和土たたきから足湯、その先の床張りの館内は段差がない。バリアフリーに作ってもらってあるからね。


ご年配のこのお二人でも危なげなく歩けるはずなんだけど、バリス様はファリダ様の足元を見ていて、その眼差しは優しい。

なんというか、優しい空気が漂っているご夫婦だ。


足湯に入ってもらい、お茶とお菓子をお出しして食事に関する質問をしている時も


「これ美味しいわね、孫たちにも食べさせてあげたいわ」


夫を見上げながら嬉しそうに言うおばあ様(ファリダ様)

とても可愛らしい。


そのあと離れにご案内する時も、最初からのこの空気感は変わらず、妻の足元を気にする夫と、完全に身の安全を委ねている妻。


何かいいな~、こういう夫婦。と、ほんわりする。

なれるものならなってみたい、理想の夫婦だ♪




さてさて。ご高齢のお二人だから色々と心配こころくばりをする。

夕食時には、お料理を出しながら少しだけ介添えをしたりね。

ほら、陶板焼きなんか熱いから危ないでしょ?でも目の前で調理の演出は捨てがたいから、焼いたものをお皿にとってカットするとかね。


そんなお手伝いの合い間にお話をする。

お二人には四人のお子さんと十人のお孫さんと、三人のひ孫ちゃんがいるとの事。大家族だ!


今回お子さんたちが出し合って、()()()宿()に泊まるプレゼントをしてくれたそうだ。

ありがとうございます!


この世界の庶民に旅行の概念はない。宿代の他、馬車代こうつうひもかかるしね。しかも仕事を休めば収入がマイナスになる。

それらは贅沢な事で、そんな事をするのは貴族か豪商しかありえない。


とはいっても、この町の人たちは庶民だけどお泊りに来てくださっている。

まぁ町の人たちなら交通費はかからないし、仕事も休まないですむからね。

宿代も出せない額じゃない。ご褒美お宿の方のお客様だ。


しばらく前からは、癒しの噂を聞いた色んな階級の方々が、離れた場所からも湯治に来てくださるようになった。

こっちは切実に病気やケガを治したい人たちだ。みなさんしっかり完治されていく。

温泉効果は抜群だよ!


話を戻して☆


バリス様ご夫妻はこの町の外、町と町の間に点在する村からいらっしゃった。

といってもこの町が一番近いらしく、作っている野菜を売りにきたりしていて、荷車をひいて二時間ほどの場所にあるそうだ。


重たい荷車をひいて二時間…。

六十歳近くの(この世界では)ご高齢なのにお達者だ。農家さんって皆さんお元気なのかしら?

そういえばよく日に焼けた肌をしているし、足腰もしっかりしている。農業健康法?


などと思っていたら、今回は町に来る荷馬車に乗せてもらってきたそうだ。

それでも一時間かかるらしい。やっぱり遠いな。


お話はほとんどファリダ様がしていて、話の途中でも


「これ美味しいわね!」

「綺麗に盛られているわねぇ!」

「みんなにも食べさせてあげたいわ!」

などと、お褒めの言葉もいただく。


バリス様は柔らかい表情でゆっくり食事をしていて、普段のご一家の食事風景が見えるようだ。きっと明るく楽しい食卓なのだろう。

素敵なご家族なんだろうな♪まぁうちも負けてませんけど!(笑)




食事の後は、食休みをして入浴の介添えもする。

ご高齢だからと一言でいっちゃうのは申し訳ないけど、入浴の習慣がないこの国の人たちなら初めての事は分かりづらいだろうし、何よりやっぱりお風呂場での転倒が怖い。


遠慮がちに申し出ると、ぜひお願いと頼まれた。よかった。

ちなみにバリス様の方はサイードにお願いしてある。いくらおじいちゃんでも私がお手伝いは気まずいもんね、お互いに。


さて入浴だ♪


最初にファリダ様の髪を洗う。それからたっぷりの泡を立てたタオルを手渡して前を洗ってもらう。私はお背中を洗う。


「ふふふ。くすぐったいわね」

「最初は皆様そうおっしゃいますが、お風呂上りのツヤツヤすべすべに驚かれますよ♪」


はい、おしまい! お湯をかける。

それでは温泉につかってもらいましょう。手を持ってお湯に入るのを助ける。


「おばあちゃんになっても、裸を見られるのは恥ずかしいわねぇ」

「そうですよね。すみません、薄目にしましょうか?」

「薄目でも見えるじゃない!」


ファリダ様はノリがいい。笑いながら楽しく入浴する。


「気持ちいいものねぇ…」


ゆったりと温泉に揺蕩たゆたうファリダ様。

私はリマ様の時と同じく湯船の縁に座ってファリダ様を見守る。


「ファリダ様ご夫妻はとても素敵ですね。理想の夫婦像というか、お幸せそうで、見ているこちらまで幸せのお裾分けをいただいています」

「あらありがとう。でもね、長い年月があって今があるのよ」


ファリダ様は声を潜める。


「うちのおじいさん、いい男でしょ?」

「はい」


今でもイケオジ…、イケジジ?(なんか悪口みたいだな。まぁそんな感じなのよ。わかってもらえるかな?)若い時は今より更にイケメンさんだったろう。


「とてもモテてね、若い時は何度か泣かされたのよ」


え!あのバリス様が?!めちゃくちゃ愛妻家って感じなんですけど!

驚いた顔で私がどう思ったか察したファリダ様は、ちょっと悪く笑った。


「だから今は罪滅ぼしをさせてあげてるの♪」


あぁ見えて、実は()()だったバリス様と、可愛らしいおばあちゃんに見えたファリダ様が意外と逞しかったりと…。

人は見かけによらないのね。自分はまだまだだと思ったわ。


「夫婦、というか、人生なんていい時ばかりじゃないわ。当たり前だけど悪い時だってあるでしょ?でもまぁ何とかなるものよ。

死ぬ時に『まぁ悪くない人生だった』と思えたら幸せだと思うの。『いい人生だった』と思えたらもっといいけど」


そう言って、ファリダ様は笑った。

その笑顔と言葉は、何だかとても心に残った。




そういえば、と思い出す。


うちの両親も仲がよかった。それなりにケンカなんかもあっただろうけど、子供の前ではそういうのを見せなかったし、お誕生日の贈り物や家族旅行なんかもあって、家族仲もよかったと思う。


この世界の医術的に、この年での出産は厳しいだろう。元の世界でも三十八で初産は厳しいだろうし。

でもまぁそれほど残念に思わないのは、八人の子供たちがいるからだ。

なんか最近は、だいぶ助けられているけれど。


夫婦かぁ…。


思い出した両親や、ファリダ様とバリス様を見ていたら、ちょっとだけ、いいかも、なんて思った。




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― 新着の感想 ―
[一言] チャンスですよ~、クバート・サイード!!
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