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66.5




◇◆時は少し戻って。赤ちゃん二人が誕生し、家の中が賑やかだった頃◇◆




「コハルさん、シャンプーが終わりそうなんで新しいのお願い」


風呂上がりのサイードが、髪を拭きながらダイニングに入って来た。


「あ、ご飯終わってからでいいって。なんなら明日でもいいし」

「うん、でも言われた時にやらないと忘れちゃうから」


小春は食事の手を止めて立った。

今日も一日よく働いた。仕事上がりの夜食の最中だ。


台所に行こうとして


「あ、キャリー様はお宿の方だった」


と、方向転換する。


「なら余計いいって」

「もう立っちゃったし、いいからいいから」


他の誰かが取りに行くとは言わない。キャリー様は小春しか開けられないからだ。

お宿に向かう小春にサイードがついてくる。


「サイード、髪を拭いて早く帰りなよ。明日も早いんでしょ?」

「俺が言ったのにコハルさんだけ動かせられないよ」


別にサイードだけが使ったシャンプーではないのに律義である。




お宿の勝手口を開けると、パッと明るくなった。


「魔獣さんありがとう! もう休んでたでしょ?ごめんね」


小春は何も見えない空間にそう言うと、キャリー様の中からチョコレートを十枚出す。


「足りるかな?みんなで仲良く食べてね!」


それからシャンプーを二本と、コンディショナーも一本出した。


「そういえば女湯の方もだいぶ軽くなってたわ。男湯の方は、まだコンディショナー大丈夫でしょ?」

「うん。そもそもそっちは減りが遅いし」


なんて会話をしながら出口に向かう。

小春は外に出る前に、もう一度魔獣さんたちに声をかけた。


「魔獣さん、ありがとね~。おやすみぃ☆」


コハルさんのありがとうはいいな。

感謝の言葉に、ちゃんと温かな気持ちが聞こえる。何年聞いていてもこっちまで嬉しくなるよ。


サイードはそう思いながら小春の後を歩く。

顔は自然にほころんでいた。




家までは徒歩一分足らずだ。

サイードは足を止めた。


「コハルさん、何か困ってる?」


あら、私そんなにわかりやすい? 

小春は内心う~んと唸った。

サイードは鋭いなぁ。


「うん、まぁ、ちょっとね…。私の事じゃないから言い辛いかな」

「別に言わなくていいよ。でもコハルさんが一人じゃ大変になったら頼ってよ」

「うん、ありがと。その時はお願い」

「うん」


約二年半ほど前、事務手続きのようなプロポーズをした夜からサイードは少し変わった。

小春が話してくれるのを黙って待つ事から、多くはないが、自分から一歩近づくようになった。

近づきすぎない距離感は、小春の負担にならないため。

だけどいつでも支えられるよう離れすぎず。


コハルさんは一人で背負い込む事が多いからな。

背負ったものの底に、こっそり手を添えるくらいしてもいいだろう。

少しでも軽くなればいい。


「サイード、男湯のシャンプーはお風呂に入る時に一緒に持って行くからテーブルに置いといて。

結局全部持ってもらっちゃった。ありがとね」

「なに言ってんの。こっちこそありがとでしょ」


扉を開けるとマリカの声が飛んだ。


「コハルさん早く食べちゃってよ。お皿洗っちゃうから!」

「ごめんごめん!今食べる~!」


ここは優しい時間が流れている。

サイードはまた笑顔になった。







◇◆◇◆◇◆




「コハル、一角兎アルミラージの肉も使うか?」


お宿の厨房で夕食の準備をしていると、勝手口が開いてクバードが顔を出した。


「一角兎? そういえば兎肉の料理はしたことがなかったかも。クバードは兎を食べた事はある?」

「兎といっても野兎なんかとは違うぞ?魔獣だ。まぁ魔獣の中でも多くて狩りやすいせいか一般的に出回っているがな。味は悪くない」

「そうなんだ! 兎は扱ったことがないから、まずはうちの夕ご飯で試してみよう」


シリンの出産予定の一週間ほど前から、ナルセは小春やといぬしに仕事を休まされていた。

この世界に立ち合い出産はないので同室にいる事は出来ないが、お産は命がけのこの時代、シリンのそばにいてあげてと言われたのだ。


無事出産が終わると、そのまましばらくついていてあげてよと、休暇の延長を申し渡された。

雇い主には逆らえない。ナルセはこの町で、いやきっとこの世界で、初めて育休をとったパパだろう。


そういう訳で、ナルセがお休み中の食材調達はクバードがしてくれる事になった。


「兎ってやっぱジビエってやつかなぁ。ジビエなんて言葉しか知らないよ~」


呟く小春に、ジビエってなんだ?と思いながら、クバードが言う。


「俺が食べたのは煮込み料理だったな」

「煮込み料理かぁ。そういえば時代小説に兎汁だったかな?が書いてあって、読んだ事があったな…」


ジダイショウセツ?と、またもや?マークを並べるクバード。


「とにかくありがと。もう持って来てあるの?」

「あぁ」

「ならごめん!魔獣さんの保冷庫に入れておいて!ちょっと手が離せなくて」

「わかった」

「次の休みの日の夕ご飯に兎肉の料理を作ってみるから、また感想聞かせてね!」

「コハルの作るものは美味いからな。楽しみにしている」

「クバードったらまたそんな事言って!まかせといて♪」




その休日の夕食時。


「つけ焼きにしてみた。甘辛に味付けしたから今夜はご飯にしたよ!一緒に焼き煮してある香味野菜と食べてみて!」


室内は香ばしく甘じょっぱい匂いが漂っている。匂いだけでご飯が食べられそうだ。


「美味っ!! 飯に合う!」

「美味い…」

「ほんと、ご飯に合うね~! 美味しい!」

「こりゃ白飯が進むわ~!」

「うんうん!! お代わり!!」

「早っ!」


毎度賑やかな食卓は、新メニューで更に盛り上がっている。


「あぁ、つけ焼きの他に炊き込みご飯もしてあるんだ。そっちも食べて感想聞かせてね!」

「マジか!」

「炊き込みご飯大好き!」

「アイシャ、シリン、たくさん食べなよ~! 夫たち!炊き込みご飯よそってきてあげて!」

「もうマリカが持って来てくれた」

「さすがマリカ姉さん!」


笑いのある食卓。


その日の仕事を無事終えて、家族そろって食事ができる。

飯を腹いっぱい食べられる。それが美味いものならば贅沢な事だ。

楽しい会話をしながら食事ができる。なんて幸せな事だろう。

ここでは日常なこれが、けして当たり前じゃない事をみんな知っている。


「コハル、俺も炊き込みご飯を頼む」

「は〜い♪」


幸せだと感じながら過ごせる日々。

クバードはしみじみと肉をかみしめた。




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