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七日目の夜。
祈りを込めてリマ様の入浴の介添えをする。
リマ様も祈るように温泉につかって、顔にお湯をかけている。
この七日間、入浴以外にも頻繁に温泉で顔を洗ったり、ゆるく絞ったタオルで目を拭いたりと、リマ様は一日中温泉を触っていた。
それなのに!
「……見えません。 何も、何も、 何も見えない……」
ポタポタと水面にリマ様の涙が落ちる。
私は何も言えなかった。
すべての人を救いたいなんて傲慢な事は思わない。
だけど、お客様だけど、知り合った人の健康は願うよ!
「父さんごめん。安心させてあげられない。
私一度も、親孝行、できないのかなぁ…」
苦しそうな嗚咽がもれる。
「そんな事を言わないでください!ご両親にとって、リマ様が生まれただけで親孝行になってます!
私は子供を産んだ事がありませんが、私の二人の妹は私より先に母親になっていて、とても幸せに見えました。
子供は生まれてきただけで親を幸せにするんです!それだけで親孝行してます!」
ポロポロもらい泣きしながら言い切ると、リマ様は私に両腕を差し出してきた。
私はその手を取ってリマ様をしっかり抱きしめた。
「女将さん、女将さん、、、」
リマ様はワンワン泣き出して、私もさらにもらってしまう。
元々涙もろかったけど、三十後半になって更に涙腺が緩くなったよぉ!
ごめんなさい。期待させてごめんなさい。見えるようにならなくてごめんなさい。見えないのは私のせいじゃないけど、こんなに辛い思いをさせてしまった。
リマ様の背中をさすりながらボロボロ大泣きしていると
「泣くなコハル」
幻聴? スーさんの声が聞こえた気がした。
「しっかりしろ。そなたその娘よりだいぶ年上だろう」
「失礼な!言ってる事はあってますが、微妙にイラっとします!」
「女将さん?」
幻聴?に、思わず言い返してしまった。
リマ様が驚いている。
「わっ!現実!!」
「え?」
幻聴じゃなかった!
顔を上げた先、お湯の上にはスーさんが浮かんでいた。
「スーさん、どうしたんですか?
あ、リマ様、怪しい人?じゃありません。このお宿のオーナーです」
「は? え? オーナー? ここに?」
今? 何で? とリマ様は頭の上に?マークが並んでいる。
まぁそうなるよね。私もそうだけど!
あまりの驚きに、二人とも涙が引っ込んだ。
「スーさん来てくれたんですか!」
「あぁ。直接見てみねばわからぬからな。 娘、こちらを向け」
「え? え?」
「リマ様、大丈夫ですよ。オーナーは賢者のような知識と知恵を持っているんです。リマ様の目を心配してきてくれたんですよ」
スーさんに絶大な信頼があるとはいえ、かなりのはったりをかましてしまった。
賢者が私の知っているファンタジーキャラと同じでありますように!
見えないとはいえ、スーさんの声や、肌に感じるオーラ?なんかは高位者の圧があるからなぁ。
不安なのかリマ様は、抱きついたまま声のした方、スーさんのいる方を向いた。
「ほぉ…」
ジッとリマ様を見るスーさん。ややあって
「娘、酷な事を言う。よいか?」
リマ様に確認を取る。覚悟をする時間というか。
「……はい」
リマ様ははっきりと返事をした。
そして私に抱き着いたままの腕に力が入った。私もしっかりと抱きしめる。
「そなたの目は見えぬ。それはそなたの運命だ」
覚悟をしていたとしても、その言葉はあまりにもむごかった。
私たちはお互いを抱きしめ合う力を込めた。
「スーさん…」
無意識に、涙に歪んだ先にいるスーさんを呼ぶ。
「泣くなコハル。 しかたない。娘、目が見えるようになりたいか?」
「はい!」
リマ様は間髪入れずそう答えた。
「ならば選べ。このまま見えぬ人生を人として送るか、人の見え方とは少し違うが、見えるようになって半魔として生きるか」
は? ええぇぇぇ!!! 何? 何いっちゃってんの?!
半魔って何ぃぃぃ!!!
リマ様と大パニックになっていると、もうちょっと説明があった。
曰く、今のままならリマ様が見えるようになる事はないそうで。
そこで、見たものを直接脳に映す、寄生系の魔獣さんがいるそうで。
はい、そういう事です。
その魔獣さんをリマ様に寄生させて、一応見えるように?なるというか、わかるように?なるというか。
だけど寄生させる事で人ではなくなってしまうそうで…。
というか! 人じゃなくなっちゃうの? それってどうなの?!
てか寄生って何?! めっちゃ怖いんですけど!!
リマ様を見る。
リマ様はいくつか質問をした。
「半魔になっても人の世で生きられますか?」
「生きられる。そなたの見た目は変わらぬからな。上手くやれば人の世に紛れて暮らせるだろう」
「寿命はどうなりますか?」
「望むなら今のそなたの寿命で尽きるようにしてやろう。半魔として生きるなら百や二百は生きられよう」
「人とつがい子をなすとして、その子はどうなりますか?」
「半魔となったのはそなただけ。その子には継がれぬ」
そうして少し考えた。
いや、覚悟する時間だったのか。
「オーナー様、お願いします。私の目を見えるようにしてください」
スーさんはわずかに片手をあげて、それをリマ様に振り下ろした。
何か光るとか、霧?に包まれるとか、そういった事はなく、私が見守る先でリマ様は閉ざしていた目を開いた。
「……世界は、……このようになっていたんですね」
「見えるんですか?!」
「はい、たぶん」
バッとスーさんを見る。
「見えるだろう。人を捨てて手に入れたものだ。そうでなければならぬ」
人を捨てて…。
この言葉が重くのしかかった。
「オーナー様、女将さん、ありがとうございます。 ……お二人はそういう姿なんですね。
女将さん、私の姿、今までとどこか違ってますか?」
リマ様の明るい声に、私はよくよくリマ様を見た。見て言った。
「何も変わってません。目が開いている以外。 …本当に見えるんですか?」
「はい、たぶん」
リマ様は嬉しそうに笑った。
大きな代償を払ってしまったかもしれないけど、こうしてリマ様は見るようになった。
「父さんは、自分が死んだ後の事をとても心配していたんです。それをなくす事ができただけでも私は満足です。
いえ、やっぱり見えるようになった事は、とても嬉しいです」
リマ様の嬉しそうな声が救いだ。
何が幸せかなんてその人による。たとえ人外になったとしても、それで幸せだと思えるなら、他人がどう思おうとどうでもいい事だよね。
色々思っちゃうところはあるけれど、これだけは素直に思う。
リマ様、見えるようになってよかったですね!




