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私は憤懣やるせないまま、何事もなかったかのようにサンダルを渡して家に戻った。
私がどんなに憤っても、彼らには知り合ってまだ二日のほぼ他人。おばちゃんが大きなお節介はできない。
ジダンの正確な状況もわからないしね。
いじめなら許せないけど!
男子チームがお風呂から戻ると次は女子チームの番だ。
とりあえず温泉に入ろう!
さっきと同じく、ローラにモデルさんになってもらって洗い方の説明をする。
さすが女子!男子とは違って、自分が綺麗になっていくのをちゃんと感じている。そしてめちゃくちゃ喜んでいる。
そうでしょそうでしょ♪やっぱ美の基本は清潔からだよね!
私は荒ぶれた気持ちがちょっとだけ落ち着いた。
やっぱり温泉っていいね!
ちなみに翌朝の子供たちったら!
髪も肌もツヤツヤピカピカでまあ綺麗!
たぶん電気のない、この世界の夜は薄暗い。
ロウソクって綺麗だと思っていたけど、それだけが光源だと不便なのね。
ビフォーアフターがよくわからなかったよ。
昨日と同じに忙しく朝食とお弁当を作る。
おにぎりは好評だったので今日もおにぎり弁当だ。
今日は鮭とおかか。海苔も大丈夫だったよ。
上の子たちを見送って休憩がてらゆっくり朝ご飯を食べたら、午前はお洗濯だ。
「え!昨日したよ?」という声に丁寧に答える。
清潔な家は気持ちいいでしょ?
服も清潔な物を着ると気持ちいいんだよ。
不潔にしてると病気になる確率もあがるしね。
子供たちは清潔が気持ちいいという事はわかったようで、それからは一緒に洗濯をした。
服だけじゃなくて掛布も洗っちゃおう。
今日もいいお天気だ♪
お昼ご飯を食べたら、午後はお掃除。
昨日と同じに連携プレイでやっていく。
道具を作る時間がなかった分早く終わった。
子供たちの目が期待に輝いている。
可愛くて笑顔になっちゃうな~。
「お疲れさまでした!おやつにしようね♪」
わーい!と歓声が上がる。
昨日と同じチョコレートとミルク、私はコーヒーを飲みながら一休みだ。
「コハルさんは美味しい物をたくさん持ってるねー!」
「清潔もいっぱいだし」
清潔もいっぱい?
……たくさん洗濯や掃除をするって事かな?
「お風呂って初めて入った!あんなに自分が汚れていたなんて知らなかったよ」
「うん、あれはショックだったね。普通と思ってたから…」
「水だけじゃなくて石鹸を使うと汚れがよく落ちるんだよ」
「本当!あんなに違うなんて!」
子供たちには、洗剤やお風呂やシャンプー類の事は口止めしてある。たぶんこの世界にはないものだからね。
他の人たちがどんなかわからないけど、あんなに綺麗さっぱりになっちゃってたら気づかれるだろうな。上の子たち上手くかわせてるかな…。
子供たちと話していてわかった食事情もある。
この国がなのか庶民がなのか、あまり凝ったものはなさそうだ。シンプルな素材と味付けらしい。
子供たちは外食した事がないから、町の食堂で出される料理がどうかはわからないけど。
そりゃあ美食の国の料理だもん、簡単料理でも美味しいでしょうよ!
私の腕というより、日本の食品メーカーさんのおかげだね!
ガスのない異世界でも美味しく食べられるご飯!
食品メーカーさんありがとう!!
おしゃべりをしながら一休みしていると、ガラガラゴトゴト音が聞こえてきた。
音はだんだん近づいてきて、止まったと思ったらドアが開いた。
あら、上の子たちもう帰ってきたのかな?
まだご飯の用意してないよ、と思っていたら
「ただいま~。元気にしてたか?」
ニコニコ顔のお兄さんが立っていた。
……誰?
目が合ったお兄さんも私を見て、誰?って顔をしている。
「「サイ兄~!おかえり~!」」
「サイ兄~!久しぶり~!おかえり~!」
「おかえり~!みんな元気だよ!サイ兄も元気だった?」
子供たちがワラワラとお兄さんにむらがった。
おかえりっていう事は、ここの家の子なんだろう。子という程小さくないけど。
サイ兄と呼ばれているその人は、二十代半ばくらいかな……。
柔らかいサンドベージュの髪色に、穏やかな琥珀色の瞳。そういった色合いもあってか優し気な雰囲気だ。
スラリとほっそりして見えるけど、まくっている袖から見える腕はしっかりしている。
なんてパパッと観察してみた。
「おまえたちだけか?ばあちゃんは?
あっと…、こんにちは。どちらさまですか?」
サイ兄は子供たちに質問してから、慌てて私に話しかけた。
「ばーちゃんの代わりに一緒に暮らす事になったコハルさん」
「ばーちゃんはじーちゃんのところに行くって」
何て言おうか戸惑った一瞬の間に、子供たちが説明し始める。
「じーちゃんのところに行った?」
問い返した瞬間、サイ兄の周りがうっすら光った。
「そうか~、じーちゃんのところに行ったのか」
急に納得したサイ兄。
……あの光ったのって、スーさんの魔法ですかね?
「初めましてコハルと言います。ばあちゃんに拾ってもらって、後を託されました」
とりあえず簡潔に述べてみる。
「初めまして、サイードといいます。ばあちゃんに世話になっていた者です」
「サイ兄はこの家を出てからも、時々お土産を持ってきてくれてるんだよ!」
「大きな商店で働いてるんだよ!」
サイードさんの挨拶の後に、子供たちが一生懸命紹介してくれる。
ついでに私の紹介もサイードさんにしてくれる。
「コハルさんは美味しいご飯を作ってくれるの!」
「お風呂も入ったよ!コハルさんは清潔なんだよ!」
君たち…、その説明でわかるかね~?
その後サイードさんに席をすすめてコーヒーを出す。
この世界にコーヒーがあるかわからないからブラックは厳しいかもしれない。お砂糖とミルクも入れて出す。
一口飲んだサイードさん「美味い」と喜んでくれた。お口にあったようでよかった。
サイードさん、下働きから下積みを経てこの度独立したんだそうだ。
ばあちゃんにその報告をしにきたって事だったけど、実はスーさんは魔界に帰っちゃったっていうね。
帰らなかったらどんな事になってたかわからないから帰ってもらってよかったんだけど!
「もうすぐ上の子たちも帰ってくるでしょうから、会っていってあげてくださいね。お時間が大丈夫なようでしたら、夕食もぜひ一緒にどうぞ」
下の子たちがこんなに慕っているんだから、きっと上の子たちもそうだろう。
「ありがとうございます。じつは商売を始めたばかりで余裕がなくて。この年になって恥ずかしいのですが、ご飯を食べさせてもらいにきたのもあるんです」
恥ずかしそうにそう言うサイードさんは、ちょっと可愛かった。
「サイードさんは何のご商売を?」
話しの流れでそう尋ねる。
「取引できる物なら何でもです。まだ小さな馬車での行商ですが、やっとスタート地点にたてたところです。いつかは…、夢のまた夢ですが、自分の店を持つことを目標にしています」
照れながら、ちょっと誇らしげなサイードさん。
ほぉほぉ、行商とな。
大きな商店で働いていたから丁寧な話し方なのかな。お客商売をするなら好印象だね。
行商がどんなものか詳しくはわからないけど、自分のお店を持つのは大変だろうな。
「俺たちみたいな孤児には世間は厳しいな」
ふと、昨日のテオスの言葉が思い出される。
子供があんな諦めたような声を出すのは切ない。
ジダンの乾いた笑い声も思い出すたび哀しくなる。
よし!
お姉さんが応援してやろうじゃないの!!
「サイードさん、ぜひ買ってもらいたいものがあるのですが、いいですか?」
「はい? はい」
疑問形の返事の後、温和な雰囲気のまま、サイードさんの目は真面目な色になった。