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年末に、エラム・ローラと一緒にやって来たシリル。来て早々
「コハルに頼みがある」
「ん? なに?」
シリルは観光大臣になってすぐ始動できるようにと、この三年間ずっと頑張って準備をしてきた。
出資者になってくれそうな貴族をお宿に送って、宿泊施設の視察?をしてもらったりね。
その他のプレゼンなんかはどんなものかわからないけど。
そうした地道な根回しの成果が実って、十分な出資者が集まった。
王宮からの事業費が使えるのは正式に観光業が始まってからだけど、出資金と合わせれば、初年度の事業計画は回りそうだ、と。
おめでとう!よかったね!
すでに秋から、予定地には道の整備や宿を建て始めている。
国一番の避暑地の島々に渡る船も新しく手配しているし、来年の夏までには計画したすべての準備が完了予定だ。
初年度は、自国の貴族たちの反応を見ながら改善し、二年目三年目以降は他国の貴族や富豪も招致する。
うん、ここまでは今までにも聞いてきた事だね。
そこで最初のセリフになる。
「宿の従業員になる者たちへの教育をコハルに頼みたい。
私はこのお宿のような接客は今までされた事がない。小国とはいえ私も王族だ。侍従は最高水準の技術をもった者ばかりの筈なのに、ここには体験した事のない感動がある。ぜひそれを宿の売りにしたい」
う~ん…。
ちょっと考えて提案する。
「教育するのはいいけど、私はお宿を休んでまではできないよ。ここに人をよこしてくれるなら実地で教えられるけど」
「それでいい。頼む」
「それならいいよ。少人数ずつでお願いね」
話は決まったかと思ったら、それからと続く。
「コハルが雇用契約している魔獣さんたちみたいに、こちらにも魔獣さんたちに来てもらう事は出来ないだろうか?
人材というか、魔…材?というのか?人手?魔手?は余ってないか?」
魔材! 魔手!! わかる!わかるよ!!
わかるけど!! 声をあげて笑ってしまった。
「笑わないでほしい…」
「うん、ごめん。私も魔獣さんたちを表す時、どういえばいいか困った事があったから気持ちはよ~くわかるよ!」
「うん。わかってくれればいい」
シリルもちょっと笑った。
「それは本人たちに聞いてみなくちゃわからないなぁ…。
そもそも魔獣さんたちのボスに了承をとらないといけないかもしれない」
「ボス?」
あ。これ言っちゃってよかったかなぁ…。
まぁ今更か。
まずかったらスーさんに記憶を消してもらおう☆
「魔王妃様ね」
「!!!!!!」
シリル絶句。あ、やっぱり?
「まず私が話してみるけど、ダメだったら諦めてね。話してもいいっていってくれたら…、シリル話す?(派遣しても)いいようなら私が交渉してもいいけど?」
シリルは少しの間固まっていたけど、一度、二度と深呼吸をしてきっぱり言った。
「頼みごとをするのに人任せは失礼だ。私が直接話す」
「そうね」
偉い!こういうところは立派な王子様だよ♪
という訳で毎度深夜の、ではなく、そのまま裏の源泉に来た。
シリルが知る事になるのに、家族の子供たちが知らないなんてあってはならないよね!
うちの子たちにも魔王妃様と知り合いだと話す。
うちにはたくさんの魔獣さんたちがいる。見えないけど。
子供たちは、今更魔王妃様一人増えても驚かなかったよ。
いや、元はばーちゃんなんだけどね!
なんにしても、もう隠れて夜中に源泉に来なくてもいいようになった。地味に嬉しい。
え…、今? 今? と、やや尻込み気味なシリルに「時間は有限!大臣頑張れ!」とお尻を叩く。時間ないんでしょ!
それを聞いたシリルは気合を入れた。偉い偉い。
そしていつものやり取りをして、先に事情を話す。
『ほぉ。その王子がそこにいるのか?』
「います。スーさん直接話します?」
スーさん…。 と後ろからつぶやきが聞こえる。
「第四王子、聞こえているか?
話は分かった。魔獣らがそなたのところで働くのはかまわぬが、そこにいるアレらはアレらの意思でコハルのところで働いている。魔界にいるモノどもを呼ぶなら同等以上の見返りがいるぞ」
シリルはバッと私を見た。
「コハル!見返りってなに?!労働に対しての対価に何を払ってるの?!」
「え、ご飯とかお菓子」
シリルは青ざめた。それから一瞬で
「コハル!料理人も育ててください!!」
わぉ。
こりゃ大変だ、と思っている私の耳に
「コハルの作るものは美味いからなぁ」
しみじみと言う、スーさんの声が聞こえた。
とにかく、シリルは魔獣さんたちと仮契約をする事になった。美味しいものが食べられなかったら契約は解消だって!
うちの魔獣さんたちの話を聞いていて、魔界の魔獣さんたちはたいそう羨ましがっていたそうな。
それはまぁ大変光栄だけれど…。宿の料理人、頑張れ。
その後、観光地の開業は来年の六月なので、仲居さん(って、こっちでもいうのかな?)や料理人の実習は四月からという事になった。
でもそれは少し先の話。
そんな事があった一月、ローラの(エラムはシリルと一緒にさっさとどこかに行っちゃうからね!)帰省はあっという間に終わり、迎えに寄ったシリルの馬車に乗って、また年末ね!と王都に戻って行った。
淋しさに慣れる事はないけど、淋しがる暇もないほど忙しいお宿の仕事があるってありがたいわ…。
早春のある日、そのお客様方はいらっしゃった。
父娘お二人という珍しいご予約に、娘さんがお父さんにお誕生日プレゼントかな?それとも結婚する前の、お世話になりました的な感謝泊かな?と推測したけど、そういえばこの世界にそんな考えはなかった。普通に湯治かな。
「ようこそおいでなさいませ。サーム様、リマ様、お待ちしておりました」
いつものようにスタッフ全員でお出迎えし、足湯に誘う。
あらこの方、目が…。
サーム様がリマ様の腰に手を添えて、ゆっくり歩いている。
足湯の手前、腰掛けのところまで来るまでに、これからの対応を考えた。
「お手を失礼します」
そう言ってリマ様の手を取ると、そっと腰掛けに導く。
「ここに腰掛けて靴をお脱ぎください。それから腰掛けをまたいで、反対側にある薬湯に素足をつけてくださいね。テーブルがあるのでお気をつけて」
「…ありがとう」
リマ様は微笑んだ。
サーム様も安堵した表情になる。
それから、いつものように食事に関する質問をして、いつもとは違う事も言い添えた。
「わたくしどもにお手伝いができる事がありましたらお申し付けください。不慣れなものですので、どうぞ具体的におっしゃってくださいね」
「ありがとう…、ございます…」
リマ様は震える声で言った。
サーム様は口を引き結んで、何かに耐えるようにしている。
「どうされました?! 何か不手際でもありましたか!」
気に障る事でも言っちゃったかと、焦って尋ねると
「こんな風に、親切にされた事はなかったから…。ごめんなさい、なんて言ったら…、あぁ、きっと嬉しいんです」
父娘で涙ぐんでるし!
てか、何だってー!
嬉しいって…。親切って…。
老人や身障者やケガ人なんか、身体が不自由な人に優しくするのは当たり前だよね?
とは元の世界の常識で、後々聞いたこの世界の当たり前は、元の世界の常識とは逆だった。
身体の不自由な人は邪魔者扱いなんだって。
生きていくのに精一杯なこの世界、というのかこの時代?人々はめいっぱい働かないと食べていけない。働きの悪い者、少ない者には当たりが厳しいらしい。
親切も余裕がないとできないという事か。
なんて世知辛い…。
せめてお宿にいる間だけでも、心安らかに過ごしていただこう。




