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スーさんと魔族の方々?のおかげで、新しい離れが出来た。
これで無事シリルに頼まれたお嬢様をお迎えできる。
元々の造りとして、お宿は本館を挟んでコの字に離れが建っていた。三つめのこの新しい離れは、本館の真東に建ったよ。
東の離れとは十分離れていてプライバシーは守られるし、(門戸から本館までの庭園と同じく、間にたくさんの木々が植えられている)光も風も十分通る。
今後はこっちが東の離れと呼ぶようになるかと思ったら、たんに新館と呼ぶようになった。
まぁね、今更紛らわしいよね。
増築するにあたりちょうどいいと、控えの間?従者さん用の部屋も作ってもらった。
そもそも大抵の貴族には従者がついている。
今までは東と西で主従わかれて泊まってもらってたけど、従者さんにはここに泊まってもらおう。東と西みたいに離れすぎないから主従共に都合いいでしょ♪
さて件のお嬢様、伯爵家の一人娘でお名前をタハミーネ様という。
お付きの侍女さん二人、護衛の騎士さん十人とで(物々しいな!)やってきた。
騎士さんたちは町の宿屋さんに滞在する。うちに宿泊するのは女性陣だけだ。
今年成人とはいえ、子供一人で来させるなんていいの?貴族的にはありなの?
まぁ侍女さんはいるけどさ。
それとも温泉で療養するのは入院みたいな感覚なのかな?
「ようこそおいでなさいませ、タハミーネ様、お待ちしておりました」
いつものようにスタッフ全員でお出迎えする。
「世話になります」
長く患っているときいていた通り、白すぎる肌の色と細い身体。繊細な表情をしている、テンプレな美少女だよ。
ぜひ元気になってほしい。
いつものように足湯や食べ物の注意を聞き、新館にご案内する。
騎士さんたちはここまで。
護衛が仕事な彼らだけど、シリルから王家御用達の安全なお宿と言われているおかげで居残るような事はない。居残られても部屋がないしね。
だけどせっかくだから足湯に入ってから町まで引き返してもらおうか。
マリカがテキパキと接客する。
新館に入って、上がり框の先の透かし細工の引き戸を開けると、広い客室になっているのは東西の離れと同じだ。
違うのは、三和土の左手にも引き戸があって、その先に従者さん用の部屋がある事。
メインの客室と比べると狭いけど、ちゃんとテーブルとイス、ベッドも二つあるよ!
その従者さんの部屋からは、直接お風呂やトイレや洗面所なんかの水回りに行ける。そこは共同で使ってもらう。
従者さんたちは恐縮するだろうけど、ご飯も同じものを食べてもらうのだ。ここではそういうものだと慣れてもらおう。
シリルからもそう聞いてるだろうしね。
いったん全員でメインの客室に入り、タハミーネ様に部屋とお風呂の説明をする。
侍女さんたちもしっかり聞いている。色々お世話をするのが侍女さんたちの仕事だからね、環境を把握してなくてはならない。
皆さん(この国ではこういう建てられ方はないと思われる)見た事のないうちのお宿に興味津々だ。
貴族の家ならお風呂はあるでしょうけど、この広さの半露天風呂はないでしょ♪
香木百パーセントの建物も始終いい香りが漂ってるし♪
本当に未だに惚れ惚れする自慢のお宿だよ♪
なんて内心自画自賛しながら一通り説明が終わると「ではまたお食事の時に」と侍女さん一人を連れてお部屋を下がる。
この人には自分たちが泊まる部屋の説明をしておく。
狭い部屋だけど侍女さん喜んでいたなぁ。
まぁ造りは他と変わらず素晴らしいからね!
そうして今度こそ本当に新館から下がった。
タハミーネ様がいらしてから一週間がたった。
タハミーネ様からは、特にどこかよくなったとは聞かない…。
タハミーネ様の病気が何なのかわからないけど、タハミーネ様だけ症状が少しもよくならない事に、どうしてなのか不思議に思う。
一番最初に温泉の効能を実感した、あの恐ろしい程青黒く腫れあがっていたクバードの足の状態が軽くなった事や、大ケガをしていたナルセたちの回復の早さ、その他、軽度のケガ人や病人が回復したのを見てきたからね。
わからないといっても、私はお医者じゃないから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
だけど今まではよくなっているとか、もっとわかりやすく見えていたんだけどな…。
そんなにタハミーネ様って重症なんだろか?
それとも…。
ずっと前に、スーさんが温泉の効能を教えてくれたことがあった。たしか
『人には万病に効くだろう』
ファンタジーらしいザックリさに、笑ったのを覚えている。
タハミーネ様は病気じゃないのかな?
じゃあ何かときかれたら、ほら、ファンタジーにある呪い、とかさ…。
貴族ってそんなのもありそうじゃない?物語的知識だけど。
やだなぁ。私はほのぼの系が好きなのよ。怖い系は遠慮したい!
う~ん、と考える。スーさんわかるかな?
呪術って魔法使いかな?魔法使いなら人だから魔族は管轄外かな?
とりあえず相談はしてみようかな。
毎度困った時の魔王妃様だ☆
『ほぉ…。 直接見なければ病か呪いかはわからぬが、その娘、身体ではなく心が病んでいるのではないか?』
「え? 心?」
それって、鬱? とか?
鬱って、ストレス社会の現代病かと思っていたよ!こんな産業革命以前のような、近世くらいな世界にもあるの?!
『気に病んでいる事を取り除いてやらねば元気にはならぬだろう。そうしてから身体も健やかになっていくというものだ』
「はぁ…。 まぁ、そうですね」
スーさんの言っている事はわかる。
鬱かどうかは別としても。
でもまぁ、万能な温泉なのにあまりにも効果が出ないのも事実だ。別のアプローチも一つの手だろう。
スーさんのいう通り、何か気に病んでいる事があるかもしれないしね。
って! 私お医者じゃないんだけどなぁ。と思いつつ考える。
悩み事があったとして、でも長年悩んでいても解決できないという事だよね。
今更赤の他人の私が話を聞いたくらいでどうにかなるとは思わないけど…。
何もしないより、できる事はしてあげたい。
いや、重ねていうけど、私はお医者じゃないけどね!
でももしかしたら…。
私は別世界の人間だから、この世界の人が思いつかないような考え方や、答えが見つかるかもしれない。
それもタハミーネ様が話す気になってくれたらだけどね!
長患いの原因が鬱、とまではいわなくても、悩み事かもわからないけどね!
「ありがとうございました。私にできる事をしてみます」
『あぁ、がんばれ。コハルならできる』
励ますような優しい声が聞こえて、スーさんの妖艶な笑顔が浮かんだ。
私にできる事…。私に何ができるんだろう?
そんな風に思っていたけど、その時は意外と早く訪れた。
一週間以上の逗留というお客様は今までいなかった。
このお宿は素晴らしいけど、一週間以上もただ温泉に入ってゆっくり過ごしているだけ…。
退屈しないかな?
いや、刺繡や読書など、それなりにやる事もあるみたいだけどね。
それだって、ずっと一部屋だけにいて、限られた人としか接していなかったら飽きないかなぁ。つまらないというか。
という訳で、(勝手な推察!)お客様がお帰りになった日中、比較的手の空く午後に、私やマリカがお話し相手に呼ばれるようになった。
そしてそんな日々もまた一週間ほど過ぎて、少しは親しんできてくれているようなタハミーネ様は、最初の印象からはちょっと変わってきた。
病弱な儚い美少女から、色白や痩せた身体の見た目ほど不健康ではない、芯のしっかりとしたきちんとしたお嬢様だとわかった。
「タハミーネ様はずいぶんしっかりされていますね。貴族のお嬢様は皆様そんな感じですか?」
おしゃべり中、褒めるともなくそう言うと
「わたくしは一人娘ですから、家を継がねばなりません。そうではない人とは少し意識が違うように思います」
貴族って大変だな!いや、貴族だけじゃないか。大きな商家なんかも跡継ぎ問題は大変だって聞いたことがある。
「ではますますお健やかにならなければなりませんね。うちでそのお手伝いができればよろしいのですが」
こんなに若いうちから大変だなぁと、営業でないスマイルを向けると
「コハルもわたくしが不健康に見えていますか?」
思いがけない真剣な目で見られた。




