54.5
たまには小春さんにもロマンスを♪
◇◆クバード◇◆
時は少し遡って、年末の事。
十二月で三十歳になるクバード。今夜はクバードのお誕生会だ。
「「お誕生日おめでとう♪」」
「ありがとう」
それまでの二十七年間、こういう事はなかった。小春と知り合って二十八歳から祝われるようになったお誕生会に、クバードはまだ慣れない。
クバードだけじゃない。
小春以外ここにいる全員が、自分の誕生日を祝われる事に、何となくふわふわした気持ちになる。
自分じゃない月のお誕生会なら単純に楽しんでいるけれど。
この世界は娯楽が少ない。月に一度のお楽しみは貴重なもので、楽しい時間というものは早く過ぎてしまう。
そして朝が早いこの町は当然夜も早い。
お誕生会は夕方早くから始まって早くにお開きになる。
「みんな、気を付けて帰るんだよ~」
ほろ酔いの小春に見送られて、アイシャたちと冒険者一同は帰路に着いた。
と思ったら、クバードだけ戻って来た。
「コハル…」
「あらクバード、忘れ物?」
「いや、何も忘れてない」 そもそも手ぶらだ。
「うん?」
ならどうした? 月明かりでよく見える小春の顔が問いかける。
クバードは月を背にしているので表情がよく見えない。
そのように立った。
今自分は、コハル以外には見せられない顔をしている。
「コハル…」
「ん?」
「俺も三十になった。世間一般にはとっくに所帯を持っている年だ」
「えっ!じゃあ、私はすでに通り過ぎてるじゃん!」
「いやまぁ、一般的にはそうだけど、そうじゃなくて…」
「でもまぁいいか。ローラが成人するまで自分の事は」
「……」
ローラだけじゃない。お宿もしっかり軌道に乗せて、危なげなく子供たちに残せるようにしなくては!
小春が鼻息も荒く決意していると
「あと四年か…」
「うんそうだね。ローラも成人して、すぐ結婚しちゃうのかな~」
クバードは思った。
あと四年。三十四か。まぁいい、結婚するなんて思った事もなかったのだ。
コハルに承諾してもらえたなら、それだけでいい。
三十八歳になったコハルに子供はムリだろうが(異世界基準)二人で共に生きていけるなら幸せな人生だ。
「今日はいい日になった。これからもよろしくな」
「うん!いい日になってよかった。まぁ、みんなのお楽しみだけどね!」
人の機微に敏感な筈のコハルは、自分の恋愛ごとには疎いように思う。
もしかしたら、そう装っているのかもしれないが。
それでも決して諦めない。コハルと生涯を共にしたいと思ったからな。
あと四年。
これからは気持ちを伝えていこうと決意したクバードだった。
◇◆ルナ◇◆
初めて会った時から小春の事が大好きなルナ。
魔王妃様の了承をもらって、人間界と魔界の取次ぎ係になっている。
仕事内容は、小春の美味しいお菓子やご飯を魔王妃様(と魔王様)にお届けする事。
小春の護衛と(結界内であれば不要だけど!)小春のお手伝い。(宿のではなく、小春の!)
いつ頼まれてもいいように、いつでもどこでもくっついている。
本当は魔界へのお届けも嫌だけど、それをしないと小春の元にいられなくなるからソッコーで行き来する。
人間の言葉も学習中だ。早くたくさん小春と交流したい。
やっと言葉を覚えてきて、念話で意思の疎通ができるようになった。
念話をする時はお互いに触れる必要がある。
これはこれで嬉しい。人間の言葉が話せるようになっても触れ合いは捨てがたい。
こんなに小春を大好きなルナだけど、これが恋愛かと聞かれたらわからない。
そもそも恋愛感情というものがわからない。
異種間というのもある。わからないものは学習する。
この家の子供たちが結婚をした。これが恋愛感情というものか。ルナは学習した。
それならサイードとクバードにも当てはまるものがあるようだ。観察する。
観察したいが、魔族のルナは人と同じに年を取らない。人間界に来た夜と同じ、今でも五歳児のままだ。
そしてこっちは何故か人と同じに五歳児の体力なので夜が早い。
たまぁ~にある、(学習するには)いいところが見られなかったりする。
という事で、サイードとクバードの恋愛事情が学習できないでいる。
だけどべつにそれでも困らない。
先に眠っていても、ちゃんと小春が一緒に寝てくれるから。ルナにとってはそっちの方が大事なのだ。
小春が元気で笑っていればルナは嬉しい。褒められると嬉しい。
ルナは今日も、せっせと小春のために働いている。
◇◆サイード◇◆
六月。サイードの誕生日があって、毎月恒例のお誕生会となった。
みんな帰って、子供達も寝た後、何となく二人で二次会をしている。
たまぁにこういう事がある。
そういう時はたいてい小春に何かちょっと憂いがある時だ。
サイードはそういう時、小春の話を聞く事にしている。
小春が憂いてる事を話して少しでも心が軽くなれれば一番いいけど、サイードが伝えたい事は、側にいるから大丈夫、という事だ。
絶対にコハルさんをひとりにしないよ。
子供たちのお母さん的なしっかり者の小春だけれど、とても淋しがりだという事はみんなが知っている。
みんなを大きな愛情で包んで、温泉お宿なんていう大層な事を始めた女傑だというのに、時々、迷子になった女の子のようになる。
きっと、自分の国から身一つで(物凄い魔法のカバンはあるけど!)この国に飛ばされて来てしまったからだろう。帰るすべもないらしい。
空になったグラスに二杯目のワインを注ぐと、そろそろ小春が話し出す頃だ。
「私がこの家に来て、三年になるのよ…」
サイードは黙って話を聞く。
「なんだかあっという間だったなぁ…。
三年を数えて改めて思ったの。私、ずっとこの家にいるのかなって。
あ、嫌という訳じゃないんだよ? なんていうか…。前に話した、元の場所に残っている気持ち、とかね?
どっちつかずなんだよね。戻りたい気持ちもあるし、このままここでやっていこうと思う気持ちもあるし…」
ごめんね、こんなどうしようもない事言われても困るよね。
ポツリと落ちる。
「まだ三年だよ。それまでの三十年、コハルさんが築いてきたものを諦めるには短い時間だ。悩むのは当たり前だよ」
サイードが静かに言う。
「ありがとう。そう言ってもらえると気持ちが軽くなるわ。年下に甘えちゃって、私もまだまだよのぉ」
ふざけて笑う小春は、少し元気が出てきたようだ。
「あっちでは私、どういう扱いになってるんだろう。(そんな記憶はないけど、異世界ものあるあるで死んだ事になってるのかな)こっちには戸籍もないし、今更だけど大丈夫なのかな」
サイードはちょっと考えて。言った。
「コハルさん、戸籍が欲しいなら俺と結婚すればいい。俺、孤児だけど、一応この国の戸籍はあるよ」
こういう時のお約束、小春はワインを噴出した。
ゲホゲホ咳き込みながらサイードを見上げる。
「まったくロマンスの欠片もないプロポーズね!人生初のプロポーズが事務的すぎる!!」
やっとしゃべれるようになると、そう言って笑った。
「ごめん。今まで女の子を口説いた事も付き合った事もなくて。こういう時、なんて言えばいいかわからないんだ」
琥珀の瞳が揺れる。
サイードは下働きの頃からずっと、いつか独り立ちするためにとわき目も振らずがむしゃらに働いてきた。
少々見目のよいサイードは遊びで誘われる事はあったけど、孤児という後ろ盾のない者は結婚相手にはされない。サイードはそのことをよくわかっていた。
遊びで時間と金を無駄にするなんてとんでもない。サイードは根っからの商人だった。
損得勘定をしない相手は小春だ。それと子供達。
「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないの」
小春が慌てて言う。
ちゃかすつもりはなかったのだ。
サイードの、これまでの苦労は本人から聞いた事はない。けれど初めてあった日に考えた事はあった。自分の想像以上に厳しいものだったろう。
「そんな風に言ってくれてありがとね。だけど結婚はちゃんと考えてするものだよ。いきおいでプロポーズしちゃダメよ」
「いきおいじゃないよ。いや、いきおいもあるか」
サイードは微笑んだ。
さっきまで揺れていた瞳は、しっかり小春を見つめている。
「コハルさん、」
「ストップ!」
サイードは言葉を止めた。
小春は困ったように言った。
「私はローラが成人するまでは自分の事は後回しって決めてるの。ばーちゃん(スーさん)に託された時に、この子たちをちゃんと育てようって決めたから」
うん。琥珀の瞳が頷く。
「だから…。ローラが成人した後、サイードの気持ちが変わってなかったら、もう一度言って」
「…うん」
「もちろんその間に好きな人が出来たら、その人と幸せになって。私は…、約束ができないから」
「…うん」
サイードは、他の誰かを好きになる事はないと思った。言わないけれど。
小春の負担になるつもりはない。
自分はコハルさんが健やかに暮らしていけるよう支えていくのだ。それが自分に返せる恩だし、愛情だ。
「いつもありがとね」
いつものように、少し力の抜けた小春が笑顔で言った。
今はこれでいい。サイードも笑った。




