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改めてナディムさんを見る。

宿屋のご主人と言っていたけど、まだ若そうだ。三十すぎくらい?同年代と思われる。


親はどうして引退したんだろう?

こんな甘ちゃんな若だんなに任せざるをえない訳があったのか?


だって本人が言っている通り厚かましいよね。別の町とはいっても同じ宿屋稼業だよ?なんの縁も義理もないのに、なんで教えてもらえると思うんだろう?


掃除、料理、おもてなしは、どんな接客業にも通じる基本だから伝えたけど、それ以上は自分で考えなきゃじゃない?

教えてもらって解決じゃないし。

簡単に考えすぎだよ。


元の世界の会社の後輩を思い出す。

三十をすぎていた私はそれなりに先輩で、新人教育なんかもやっていた。

教育って忍耐だよね。学校の先生って偉いと思ったわ。


私はわかりやすいように言葉を選んでゆっくり話した。


「さっき、町中の宿屋の質があがったって聞きましたよね?

だけど、どの宿屋のご主人も、私に教えてくれと言って来た人はいません。みなさん自分たちで考えて質の向上に努めているんだと思います」


ナディムさんの頬に朱が走った。


「……切羽詰まっていて、恥ずかしい事をお願いしていたようです。すみません、忘れてください。ご迷惑をおかけしました、これで失礼します」


ナディムさんの瞳には、羞恥と後悔の色が揺れていた。

それから、頑張るぞという力強さも見える。


そうそう。そうでなくちゃね!

私は頼りっきりの甘ちゃんには厳しいけど、頑張る子を手助けするのはやぶさかではないのだ。


「とは言っても、たしか宿屋ギルドのギルド長さんがお泊りになった事があったわよね~?」


誰にともなくそう言うと、ユーリンとシリン以外のその場にいたみんなに、ジッと見られた。


そんな目で見なさんな☆


何ともいえない空気にソワソワしてるナディムさんに提案する。


「朝は忙しいので、ナディムさんにやる気があるなら、お客様がお帰りになった後に来てください」

「え…?」


ナディムさんはポカンとした。それから


「いいんですか! ありがとうございます!ありがとうございます!!」


涙を流さんばかりに喜んだ。

そして私の手を取りそうになるほど興奮していたからか、素早く動いたクバードにさっさと連れ去られて行った。


今夜はクバードの常宿に泊まる事になりそうだ。

この町のお宿を見るのも勉強だよね。


「お疲れ様。コハルさんも早くご飯食べちゃいなよ」

「ありがとう♪」


マリカが温めなおしたご飯を持って来てくれた。

しっかり者の次女で嬉しいわ♪




翌日、お客様がお帰りになった頃を見計らってナディムさんはやってきた。


お客様用の門戸から入ってくるように言っておいたので、ナディムさんはちゃんと庭園を通って来たよ。

クバードも一緒だ。まぁそうだと思ったけどね。仕事はいいんだろか?


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「おはようございます。これからいったんナディムさんをお客様として接します。それから掃除と料理を…、これは普通に私たちのお昼ご飯ですけど、一緒に作ってもらいます。

午後からは本日のお客様の準備があるので、そこまでで終了です。短い時間ですがしっかり覚えてください」

「はい!」


「では」


女子スタッフと玄関先に並ぶ。


「ようこそおいでなさいませ、ナディム()お待ちしておりました」


一同深く腰を折る。


「え! あ、はい!」


いつものように足湯にご案内する。

ローラがいない通常は、一番癒し系のシリンがお茶とお菓子をお持ちする。


食べ物に関する質問を終えると、きちんと掃除を終えてある東の離れにご案内する。

西はこの後一緒に掃除をするので、そっちはスライムさんにお休みしてもらっている。


離れに上がって、部屋と温泉の説明をする。

ナディムさんは部屋の中も、お風呂場を含めた水回りも、すべてに驚いて感動していた。


「こんな建物は見た事がありません。贅沢だといっていた事がわかりました。温泉も、ほかでマネのできない名物といっていた意味がわかりました。本当に素晴らしい…」

「ありがとうございます。

ではナディム()()一緒にお掃除をしましょう」

「はい!」


いつもはスライムさんが担当のお掃除、今日は人手でやる。

人手でも、もちろんしっかり綺麗に仕上げるよ!というか、元の基準が私たちだからね。スライムさんたちはその水準を上回るように日々働いてくれている。お疲れ様♪


そのお掃除、綺麗好きな日本人の私が教えるのだ。徹底的に仕込む。ナディムさんが、ここまで?!と驚くほどに。


そして、まぁこれなら合格かな♪というくらいに綺麗になったところで終了。


「こんなに毎日隅々までしてるんですか?」

「はい、毎日です。慣れれば早くできるようになりますよ」


ニッコリ。掃除は毎日が基本です!


「ナディムさん、そこに座って少しの間気持ちを楽にしてみてください」


「はい…?」


静かになった室内には、木々の間を渡る風の音と、鳥の鳴き声が聞こえる。

やわらかい日の光と、涼やかな風。香木のほのかな香り。


あぁ、やっぱりいいなぁ。このお宿を建ててよかった。

目を閉じているから、うっかりすると眠りそうになる。危ない危ない。


「あぁ…。心地いいですね…。寝てしまいそうだ」


同じ事を思っているよ。笑ってしまった。


「ずっとここにいるのに、今だに私もそう思います」


今度は邪気なく笑いかけられた。




「それではお昼ご飯にしましょうか。まかないは、あまり食材で作ります」

「はい!よろしくお願いします」


お宿の厨房で賄いを作る。

賄いといっても高級?食材だ。もちろん適当には作らないけど、出来たものは当然美味しい。


「美味い…。食材もいいものだけど、手間をかけて丁寧に作っているからこその味なんですね」

「はい。お料理はお客様に喜んでもらえるようにと思って作ります。賄いは練習もかねてこの子たちが作ってますけど、きちんと心を込めてますよ」


「日々修業よね~♪」

「できるようになると嬉しいわよね♪」


ユーリンとシリンが嬉しそうに言う。


「隅々まで手を抜かない掃除や、心を込めた美味い料理。客が居心地よく過ごせるようにとしたすべてが『オモテナシ』なんですね」

「「はい」」

「貴重な体験をありがとうございました」


ナディムさんはそう言って、頭を下げた。




短い研修だったけど、ナディムさんは感慨深そうに帰っていったよ。

今日の数時間ではまだまだ全然だろうけど、少しはよい宿作りの役にたったかな?


ナディムさんの宿屋がどのくらいの大きさがわからないけど、一人であそこまで掃除しようと思ったら時間がかかるよね…。

うちは二部屋(部屋自体が広いけど!)だからできるし、普段はスライムさんが担当してくれている。


食材だって、減らない日本産の美味しいものがたくさんある。

ナルセが獲ってきてくれるお肉はお金がかかっていない。依頼料は塩とコショウを売ったお金から出ているからね。


温泉だって、たまたまだけど敷地内に湧いていたし。

まぁだから温泉お宿をしようと思ったんだけど。


でも他の宿屋さんからしたら、全部不公平だよね。

真面目な日本人の私としては、ちょっと気が咎める。


だけど!と思い直す。

クバードたちのケガを癒した事や、一生懸命頑張った自分へのご褒美の場所。

孤児だからと差別されて辛い思いをさせたくないと作った職場。


最初はそんな思いで作ったお宿だけど、今では喜んでくださるお客様の笑顔が励みになっている。

ズルだなんて思わず、恵まれたチートに感謝して、これからも心を込めておもてなししていこう!


明るく元気に前向きに!

この世界で生きるモットーなのだ☆







お読みいただきありがとうございます。

書き溜めたものが終わってしまいました。

次回から不定期になります。

作者遅筆なため、気長に待っていただければ幸いです。


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