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季節は春を過ぎて夏の陽気になって来た。
初夏くらいから、何故か王都の貴族のお客様が増えている。
ネットも旅行雑誌もないこの世界、宣伝は口コミだけだというのに、馬車で何日もかかる王都で知られているなんてどういう事だろう?
うちにお泊りになるお客様は、ほぼこの町の庶民の皆さんだ。貴族の方々には縁がないと思うんだけど…。
あぁ、この町の町長さんは貴族だったか。町長さんというか、本当はご領主様というらしいけどね。
ご領主様だけど、町のみんなに町長さんと親しまれている温厚なおじい様は、ありがたい事にうちのリピーター様だ♪
王都なら、商業者ギルドのギルド長がご来宿された事があったけど…、ギルド長って貴族だったのかしら?
なんて考えていたけど、わからないものはわからない!
私たちはご来宿いただいたお客様を精一杯おもてなしするだけだ。
貴族のお客様が増えたその理由は、十二月のお休みになってわかった。
このお休みもエラム達と一緒にやって来たシリルのせいだった。
「卒業後の下準備を始めた♪」
笑顔でそう言う十二歳。
元の世界なら小学生の彼は、若干腹黒感が漂っている。
ビジュアル王子様だけど。いや、正真正銘王子様だけど。
シリルは卒業後、前回私と話した観光業を本格的に始めるとの事。
王子様という立場だけど、若すぎるトップと新規事業。国からの予算はあまりみこめないらしい。
そこで出資者を募る事にした。書面での説明より実際に体験してもらった方がその気にさせやすいと、見込みのある貴族をお宿に来させていたそうだ。
ちょっと外れるけど、この町は避暑地に向かう途中にあるしね。
本当に十二歳なんだろか?それとも主権者の家の子ってこんなもんなの?
小春さんはもうちょっとの間、無邪気に過ごしてもいいと思うんだけどな…。
さて、話を戻して七月。
今月はマリカのお誕生日があって、彼女は十五歳になる。成人だ。
毎度お宿がお休みの夕ご飯時、マリカに今後の事を尋ねてみた。
「マリカは今月で成人するでしょ? どうしたいと思っているの?」
あら、ちょっと漠然とした質問になってしまったなぁ。
と思ったけど、マリカはあっさりと
「私はお宿で働いてるし、ここに居座るわよ。わざわざ別の場所に部屋を借りて通うなんて時間の無駄だし、めんどくさいわ」
当然のように言う。
マリカが言った事はその通りだし、私もあっさり
「そうね。じゃあ変わらずね」
と終了した。時間にして二分。
テオスとアイシャの時はちょっとしたやりとりがあったけど、マリカは世間の常識的なものにこだわりはないらしい。さすがマリカ姉さん。
ところが、マリカがさらっと終わったと思ったら、ユーリンから爆弾が落とされた。
「ジダンも来月成人するじゃない?ジダンもこのままここで暮らしていくのでいいよね?」
いいよね?と問いかけの形だけど、いいよね。に聞こえたのは、私だけじゃないと思う。
「え? なんでいいよね?」
当然ジダンは戸惑う。というか、私たち全員だけど。
「だって私もお宿で働いてるから、来年成人してもここで暮らしたいし。ジダンは私と結婚するから、夫婦は普通一緒に暮らすものでしょ?」
「「ええぇぇーーーー!!!!」」
その場にいた全員大絶叫!!
いつそんな事になっていた?!
テオスたちはわかっていたけど、ユーリンたちはまったくわからなかったよ!!
みんながみんな銘々に色んな言葉を発していて、誰が何を言っているやらわからない!大混乱だ!
「火の魔獣さん、一瞬灯りを消して!」
室内は真っ暗になった。全員ハッとしたように黙る。
お願いした通り、一瞬後には明るくなった。
「ユーリン、いつの間にジダンとそういう事になってたの?」
「何もなってない!!」
ユーリンに尋ねると、答えたのは真っ赤になったジダンだった。
「うん。まだなんもないよ」
ユーリンはニッコリ答えてから、ジダンを見た。
「私はジダンが好きだよ。大人になったらジダンと結婚するって決めていたの。
ジダンは見た目が怖いのに愛想もないから、親しくなろうと思ってくれる女の子なんてできないと思う。望みの薄い未来は諦めて私にしときなよ」
情熱的なのか辛辣なのか…。
君、今愛の告白をしているんだよね?
みんなも微妙な顔をしている。
一人だけ違う表情なのは、もちろんジダンだ。
「な、な、何を…」
何か言いたいのに、言いたい事が言えないでいる。
ユーリンは、ちょっと赤くなって止めを刺した。
「私にしときなよ。幸せにするからさ」
ゴン!とテーブルに頭を打ちつけたジダン。
そのまま顔を上げず返事もしないけど、君の答えはわかったよ。
ジダンの目に見えているところ全部が真っ赤だからね!
「「おめでとう!」」
「ありがとう♪」
ユーリンの笑顔は、出会ってから一番に輝いていた。
ちなみにジダンはずいぶんと長い間、顔が上げられないでいたよ。
その日の夜、毎度ルナと一緒に源泉にやって来た。
「スーさん、スーさん、今は大丈夫ですか?ど~ぞ!」
『……コハル、久しぶりだな。今日はどうした?』
いつものやり取りをして、マリカの事、ユーリンとジダンの事を報告する。
『ユーリンとジダンがそんな事に!テオスとアイシャの時にも思ったが、おもしろいな。幸せになるなら、誰と一緒になってもよいわ』
「そうですね。幸せになるよう見守っていきましょう♪」
『そうだな』
しばし思いをはせる。
「それはそうと、新しいお菓子を作りました。食べますか?」
『なに!どんなものだ?』
空には明るいお月さま。
幸せになれそうな穏やかな夜だ。
◇◆◇◆◇◆
ユーリンの衝撃の求婚があった翌日、本日お宿は営業日。
女子チームが忙しく働いている夕食時、家にはジダンとサイードとナルセがいて、ルナが運んできた夕ご飯を食べている。
見た目五歳児のルナだけど、みんな魔族と知っているし、ルナはきちんと与えられた仕事をこなしている。一人前とみなしてルナの仕事に手を出さないのだ。
ご飯を食べながら話題は昨日の事になった。
「昨日は驚いたけど、ここに残ってくれる事になってよかったよ。ジダンありがとな」
「…うん。残るのは、まぁいいんだけど。驚いた方は、もう言わないで」
赤くなったジダンを見て、ナルセが何の事か尋ねた。
ナルセは昨日、お宿がお休みだったから納品がなくて来ていなかった。ナルセの休日ともいう。
説明したくないジダンは無言でご飯を食べているので、サイードが代わって説明する。
「ええぇぇ!! そんな事が!!」
ジダンはますます無表情でご飯を食べる。ただし顔は真っ赤だ。
驚いているナルセを置いといて、サイードは話を戻した。
「マリカも残ってくれるし、シリンは、まぁ来年の話だけど…。残ってくれたらいいなぁ」
「きっと残ってくれるよ。まさかコハルさんがあんなに元気をなくすとは思わなかったもんな」
「うん。テオスたちが出て行ってからずっと空元気だった。今日は前に戻ったみたいに元気になってたな」
「コハルさん、わかりやすいよ」
サイードとジダンが小さく笑うと、あぁ、とナルセもわかったようだ。
「コハルさん、意外と淋しがりだな」
「だな」
「俺もここに住みたいけど、いったん出た身だからなぁ。住む理由がないんじゃ戻れないわ」
「サイ兄、それムリがあるよ」
笑い声があがる。
「それはそうと…。ユーリンすごいな」
「おい、もどすなよ」
う~ん、だってさ…。と、何やらウダウダしているナルセ。
サイードは呆れたように言った。
「年下の子に便乗して求婚しようなんて考えるなよ。男を見せろ」
「グサッ! あ~、痛い痛い!! サイードの言葉が刺さった!!」
擬音をつけて胸を抑えるナルセに、男二人の冷たい視線が向けられた。
まぁ、幸せな夜ともいえる。




