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四月になった。
テオスとアイシャが巣立って淋しくなると思っていたけど、思ったより大丈夫だったよ。何故かって?二人は三日に一度はやってきているから♪
家を出るまで毎日入浴していた二人。特にアイシャがお風呂のない生活に耐えられなかったのだ。
まぁ二日は我慢してるけどね。
うちに来てお風呂に入ると、それから帰ってご飯の支度は遅くなっちゃう。それならご飯もうちで食べちゃえば?という事になったのだ。
家を出る前と同じ暮らしだね。違うのは、ご飯を食べてお風呂に入ったら二人は新居に帰っていく事。
若い二人は少ないお給料で何とかやりくりをしているよ。三日に一食くらい助けてあげてもいいよね。
子供ができたらお金がかかるだろうけど、今は貯蓄なんてできないだろうなぁ。
なんて先の心配までしちゃう。気分はすでにおばあちゃんだ。
サイードとナルセは毎日来るし、冒険者チームも誰かしら来るし、お宿は相変わらず繁盛していて忙しいし、みんなに支えられて元気に過ごせている。
元の世界ではおひとり様生活を満喫していたから、自分がこんなに淋しがりだったとは意外だわ。
何にしてもありがたい。日々感謝だ♪
さて、本日もお客様をお迎えする時間になった。
今日のお客様はギルドからご予約のご夫婦と、リピートのおじいちゃん二人の二組だ。
第一線は退いているおじいちゃんsは、すでにご来宿されている。
今頃はもう温泉を楽しんでおられるだろう。
ご夫婦の方はお若いから仕事上がりだろうな、と思っていると、庭園の小路をお出でになった。
「ようこそおいでなさいませ、カドリ様、サリーマ様、お待ちしておりました」
「あ、はい! えっと……」
「よろしくお願いします!」
元気のいい体育会系の奥様だ。
それにしても若い。ギルドからの予約で年齢は知っていたけど、見ると更に実感するなぁ。
テオスとアイシャよりはちょっとお兄さんお姉さんだけど、二人とかぶって親近感がわく。
お二人は十八歳どうしのご夫婦で…、
あ、もしかしたら。
「もしかして、新婚さんですか?」
足湯をご案内しながら、さり気に聞いてみる。
「はい。結婚した記念に…」
ちょっと照れながら言う旦那様が初々しい。
「このお宿、ギルドで評判なんですよ!一度は泊まってみたい宿だって。だから今日はとっても嬉しいんです!」
満面の笑みでキラキラの奥様。
新婚オーラも相まって輝いてるよ!
「ありがとうございます。精一杯おもてなしいたしますね」
笑顔で言えば、わ~いと喜ぶお二人。(わ~いは奥様だけね)
十八だもんね。まだまだ子供だよ。元の世界ではだけど。
新婚さんかぁ。
そうだ!と、食事の質問をマリカに変わってもらって、私は裏の源泉に走った。
「スーさん、スーさん。今は大丈夫ですか? ど~ぞ!」
『……久しぶりだな、コハル。今日は何だ?』
「そちらにもお花ってありますか?」
みなさん、お気づきになりましたか?
そうです!ハネムーンのお客様サービスで見た事のある、花びらお風呂です!
新婚さんと知っていれば予め用意できたけど、ご来宿されて知ったからね。
普通だったら今から用意はできない。けれど、魔法が使えるスーさんなら用意できるんじゃないだろうかと…。
困った時の神頼みならぬ、魔王妃頼みだ♪
『何だそんな事か。造作もない。しかしコハルの国は色々と面白い事をするのだな。わたしも、その花びら風呂に入ってみたい』
「ぜひぜひ!!めちゃくちゃロマンチックに仕上げてお迎えします!」
スーさんのおかげで、足湯タイムの短い時間にもかかわらず、離れのテーブルの上には豪華に活けられたお花が飾られ、部屋付きの温泉をご案内すれば、湯船には色とりどりの花びらが浮かんでいた。
自分で頼んどいてナンだけど、和風の温泉に花びらは…、ちょっとミスマッチかな?
「わぁぁぁ!!! 何これ、すご~~い!!」
まぁ、奥様が感激してくれたからよしとしよう。
食事の時にはお祝いでスパークリングワインもサービスしちゃう。
お二人はそれにも感動してくれた。
十八歳で飲酒。まだちょっと慣れないけど、ナルセもテオスも飲んでるしね。そのうち慣れるだろう。
翌朝、お帰りになる時までお二人は上機嫌だった。
特に奥様は
「また絶対お金を貯めて来ます!みんなにもこの素晴らしさを宣伝しておきますね!あ、でもそうするとますます人気がでちゃうかな。今より予約が取りにくくなっちゃったら困るな…」
一人百面相をしているのが微笑ましい。
そんなに喜んでいただけて、私たちスタッフ一同嬉しいわ。みんな笑顔になる。
「ではカドリ様、サリーマ様、またのお越しを心よりお待ちしております。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「「お気をつけていってらっしゃいませ」」
「え!え!! 「…いってきます!!」」
お二人は、いつものうちのお見送りの言葉に驚いて、ちょっとの間の後、嬉しそうにそう返してくれた。
うちにお泊りになったお客様は、皆様同じようにこの「いってらっしゃいませ」に喜んでくれる。
そして嬉しそうに「いってきます」と返してくれたりする。
今ではこのお客様の笑顔を見ると、ご満足いただけたかなと、ちょっと安心するくらいになった。
新婚さんは仲良くお帰りになっていったよ。
その後、新婚さんのご来宿が多くなったのは、このお二人があちこちで宣伝してくれたからのようだ。
クバードたちが、まぁ当然だけどなと言いつつ教えてくれた。
挙式披露宴なんてないこの国、というかこの町。もちろん新婚旅行なんてものもない。
そういうものの代わりに、ちょっとだけ贅沢をするのもいいじゃないか♪
もう少し先の話になるけど、この町の男子の間では(たまには女子も)お宿の予約をとってからプロポーズをするのが流行りになったとか。
元の世界でいう指輪みたいな感じかな?
うちの基本方針に、お客様は皆平等というものがある。
だけど新婚さんサービスはいいよね。
これから厳しい世間でがんばっていく若いお二人へ、ささやかなお祝いだ♪
◇◆◇◆◇◆
「やっとお宿の予約が取れたから、あいつに求婚できるわ」
「おぉ!がんばれ! 断られたら一緒に泊まってやる」
「やめろ!縁起でもない事言うな」
人でごった返す夕方のギルドで、ヒソヒソと緊張した話し声が聞こえる。
普段は噂話など気にもしないクバードだけど『お宿』という言葉には敏感に気づく。
気づいて、聞くともなく耳を澄ませていたりする。
「カドリたちもムカつくほど仲良くしてるしな。結婚してお宿に泊まると、末永く幸せになれるとかって。あいつら見てると、ほんとにそうかもと思えるな」
なんと。そんな事になっていたとは。
「お宿の予約を取って求婚すると、うまくいくともいうしな。まぁがんばれ」
「おぅ」
なんと。更にそんな事にもなっているとは。
「お宿がどんどんすごくなっていくな。どこに向かってんだよ」
一緒に聞いていたアゼルがニヤニヤしながら言う。
「おまえ面白そうだな」
「まぁな。話したらコハルも笑うだろうよ」
クバードとアゼルは、話をしていた二人を、がんばれ~と棒読みで見送った。
平和な一日の終わりである。




