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それからしばらくの間、お宿の仕事を手伝ってくれる合間合間に、シリルとたくさん話をした。


生活を快適にしてくれる魔獣さんの働きや、私たちの効率よく無駄がない働き方なんかに、どういう理由があるのかとか、どうしてそう考えついたのかとか、まぁ質問が飛ぶ飛ぶ。


「私は王にはならないけど、国や民が豊かになるにはどうしたらいいか常に考えている。そうする事が将来兄上の助けになると思うから」


しっかりした十一歳だよ!日本でいったら小学生じゃん!

私が十一歳の頃、こんなにしっかりしてなかったよ?


「シリルは立派だねぇ。王族って皆さんそうなの?」


私の中では、立派な治世を敷いた王様もいれば、悪の限りを尽くした王様もいる。まぁ物語の中でだけど。


「私などまだまだだ。王太子の長兄も、外務を担っている次兄も、すでに国のために働いている。三番目の兄も、来年学院を卒業したら騎士団に所属する。私も卒業するまでに自分の進む道を決めなければならない」


そういえば、疑問に思っていた事があった。


「シリルは王子様なのになんで商業学校に入ったの?王子様なら貴族の通う学校に行くものでしょ?」

「私は四番目だから、王子といえど自分で身を立てなければならない。王族として、国のためにどうする事が一番役に立つか考えて、経済を学びぶために商業者ギルドの経営する学校に入ったんだ」


えっ、王子様でもそんな感じなの?

世知辛いなぁ!


「我が国は小国だから、他国に輸出するほどの農産物はできないし、鉱物や織物といった特産物もない。どうしたら国が豊かになるか…。大国のように、人がたくさん訪れれば金が落ちる。貴族の通う学院では観光業は学べないからね」


十一歳でそこまで!


ちなみにシリルがいう大国とは、たんに大きな国というのではなくて、この大陸で一般的に大国の名で通っている、パエオーニアという国の事だ。


「我が国にも避暑地なんてものがあって、なかなか綺麗なところなんだ。それら二~三ヶ所の候補地を考えていたけど、この宿ほどの感動はない。この宿のようなサービスは王宮でも受けた事がないし、色々珍しい。なにより料理が美味しい」


あ。その流れは困ったぞ。


「そんなに褒めてくれてありがとう。だけど国外からたくさんのお客様を考えているなら、うちのお宿では小さすぎるよ。受け入れきれない」

「うん。ここだけではムリだ。だから候補地に大きな宿がほしい。この宿レベルのものを作って、自然景観や遊覧などを改良したら、十分誘致できる観光地になるんじゃないかと考えている」


この十一歳はどんな思考回路をしているんだろう?おそれいるよ!


「いいね!観光産業は経済効果が大きいみたいだよ。私のいた世か(い…っていったらダメか)生まれ育った国や周りの国でも、外国人観光客の消費総額は国の経済を回すひとつになっているくらいだったよ」

「そんなにか!それが我が国にも当てはまるなら、もっと積極的に進めていかなければならない」


私もそんなに詳しくはわからないけどね。

テレビやニュースで見た事くらいしか知らないし。

それでも質問された事に答えられるだけ答えたり、日本の常識や世界の暗黙のルールなんかも話した。


「コハルと話していると、どんどん道がひらかれていくようだ。もっと広く大きな道にしていきたい」


その後、シリルは十二月のお休みになると毎年やってくるようになった。




一月になった。


シリルは迎えに来た馬車に乗って、観光地を考えているいくつかの候補地に視察に向かっていった。


「とてもじっとしていられない!卒業まで時間がないからな!王都に戻る前にまた寄る」


と、エラムも連れて慌ただしく行ってしまった。


エラム…。

まぁいいか。シリルと一緒にいて楽しそうだからね。


エラムは、きっと十一歳には難しいだろう話をきちんと理解した。

わからない事は、それはどういう事か、どういう意味かと質問しながら。

シリルは生まれた環境的に考え方がそうなのかもしれない。

二人ともとても十一歳の子供には思えないよ。

感心する。


ちなみにローラだけど、視察にはついていかなかった。


「私はお宿のお手伝いをしてるわ。王都に戻る時は迎えに来てね!」


だって。

看板娘復活である♪


「ローラ、自分の事を私って言うようになったんだね」

「それはそうよ!ローラもう十歳だし!学校にだって行ってるし…、あ!」


何とも可愛い末っ子だ♪




さて、一月はアイシャが十五歳の成人を迎える。

そして、半年ほど待ったテオスと結婚してうちを巣立って行く。


おめでたい事だけど、やっぱり淋しいなぁ。

いやいや、そんな湿っぽくちゃいけない!笑顔で送り出してあげなくちゃ!

巣立つといっても遠くに行っちゃう訳じゃないしね!


新居はサイードの口利きで、二人の仕事場の中間あたりにある部屋を借りる事ができた。

サイードは大きなお店で十年真面目に働いていたし、独立後も信用を積み上げるような地道で堅い商売をしている。

家主さんから信用されるくらいの人なのだ♪私も鼻が高い。


テオスとアイシャの結婚だけど、この国の挙式披露宴とはどんなものなのか聞いてみた。


大国ならあるようだけど、この国には特にそういったものはなくて、教会に結婚の届け出をするだけとの事。親戚縁者を招いて宴会をするのもお金持ちくらいだそうだ。


ほぉほぉ。

別にうちはお金持ちという訳ではないけれど、みんなで盛大に祝おうじゃないか!

毎度みんな集まっての宴会だ♪




アイシャが十五歳になった日の朝、テオスとアイシャは二人で教会に届けを出しに行った。

さすがに今日くらいは仕事も休める。お祝い休暇らしい。


宴会はお昼からにする。

二人は今日が新婚初日だから、午後には新居に引き上げる。

お休みは今日一日だけだからね。二人きりの時間をゆっくり過ごしてほしい。

今まで仕事上がりに新居の用意をしてきたから、今日からもう不自由なく暮らせるよ!


シリルがいなくなってからは、アゼル達も前のように通ってくるようになったし、お祝いはいつものメンバーだ。


ジダンもお昼だけ抜けさせてくれるって!

親方ありがとう!今度来た時は一杯サービスするからね!


あ。エラムがいない…。


とにかく、お誕生日席に座った二人は初々しく幸せそうだった。


昨日今日で変わる筈はないのに、今日のアイシャはとても綺麗で、花嫁の母の心境の私は涙が止まらない。


「コハルさん、もう酔ったの?」

「酔ってはいないけど、なんだか胸がいっぱいなのよ」


ポロポロ泣きながら言うと、アイシャがもらい泣きしながら、コハルさんありがとう、なんて言うから!

涙腺は決壊してどうしようもなくなっちゃったよ!


こういうのは伝染するものなのか、ユーリンもシリンもローラも涙ぐんでるし、サイードとセリクは何に対してなのか、うんうんと頷きながら涙している。

涙もろかったんだと意外だったのは(失礼!)アゼルとカシムで、鼻を赤くしていた。


使い物にならなくなった私たちにかまわず、マリカ姉さんはテキパキとお料理や飲み物の追加を運んでくれている。

マリカありがとう!後片付けはやるからね!!


そうして、涙あり笑いありの結婚お祝い会はお開きになった。


「困った事があったら何でも言ってくるんだよ!いつでも帰ってきていいんだからね!」

「うん、ありがとう。頼りにしてる」

「「いってきます」」


お日様が真上から少し傾いた頃に、二人は幸せそうに巣立っていった。


テオス、アイシャ、おめでとう!

幸せになるんだよ!!




その日の夜。


子供たちが寝てしまってから、サイードと二人で飲んでいる。

身内だけの二次会だ。二次会というか


「いっぺんに二人もいなくなっちゃって淋しいよぉ。もうすぐローラも王都に帰っちゃうし…。淋しいなぁ…。」


いつの間にか、酔った私の弱音大会みたいになっていた。

サイードは黙って聞いてくれている。

すまないねぇ。


「次はマリカかな~?ジダンも成人しちゃうし。どんどんみんな大きくなっちゃうよ…」


あら、なくなっちゃった。

空のグラスを持つと、サイードがワインを注いでくれる。


「ありがと。サイードも飲んでる?

あ~ぁ…。

みんないなくなっちゃったら、どうしよう…」


ポツリと、言葉が落ちた。

異世界で一人ぼっちになっちゃったら、どうしよう…。



それはとても怖い想像だった。

とてもとても怖い……



「俺がいるよ。 コハルさん、俺がいるよ。

ずっとそばにいるから安心して」


サイードを見る。

穏やかな、琥珀の瞳が優しく笑っている。


「ふふふ。心強いわ」


サイードの笑顔を見ていたら、少しだけ安心できた。


ありがとう、サイード。



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