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お昼ご飯を食べ終わったら、午後はお掃除をする。
もちろん掃除機なんてない。
聞くと、箒で掃いてモップみたいな物で(私が見た事ある物とはちょっと違っていた)水拭きするだけだって。
う~ん…。
ここは西洋式な生活環境なので靴は脱がない。
床はそれなりに汚れている。
木の枠の窓はもちろんサッシではないから、風が吹けば砂や埃が入ってくる。
当然家の中は埃っぽい。毎日掃除するしかないんだけど、もうちょっと小ざっぱりと暮らしたい。
「エラム。細くていいから、このくらいの長さの棒ってある?」
「裏の林に行けばいくらでもあるよ」
「じゃあそれを…、とりあえず二~三本持ってきてくれる?」
「わかった」
エラムを見送ると、女子チームを見る。
「ボロ布でいいんだけど、なるべくたくさんあるかな?」
「ボロ布なんていくらでもあるわ」
「じゃあそれを、とりあえずあるだけ用意して」
「わかった。シリン行こう」
「うん」
一人残ったローラが興味津々で言う。
「コハルさん、ローラも何かする!」
「じゃあローラは、針と糸をもってきてくれる?」
「わかった!」
しばし待つ。
子供たちはキャッキャと戻ってきた。
「持って来たよ~!」
「これくらいでいい?」
「これで大丈夫?」
「ありがと~!じゃあこれから、はたきと雑巾を作ろう!」
子供たちは、はたき?ぞうきん?と頭に?マークが浮かべている。
「こうやってね…」
私はお手本にひとつ、細い棒に薄い布をくくりつけて簡易はたきを作ってみせる。
「ユーリンとシリンは針は使える?」
「あんまり上手じゃないけど使えるよ!」
「じゃあ、はたきはエラムとローラが作って!ユーリンとシリンは雑巾を縫うよ!」
持ってきてくれたボロ布の中でも厚みがあるものを選んで、雑巾もお手本にひとつ縫う。
雑巾はきれいに縫わなくていい簡単な並縫いだからすぐできる。
ユーリンもシリンも私の手元を見ながら一緒に縫いだして、ほとんど同時に縫い終わった。
「じゃあ掃除を始めようか!」
掃除の基本は高いところから。
家中の窓を全開にして、この中では背の高い私とユーリンとシリンがはたきをかけまくる。
目に埃が入ったり、咳き込んだりしながら必死にやりきる。
すごい埃だよ。……四百年分とかいわないよね?
私たちがはたきをかけ終わった後を、エラムとローラが雑巾で水拭きしていく。棚とか窓枠とかね。
掛け布団らしい掛布は、はたいて窓枠にひっかけて干す。
そうそう、この国はなのか庶民だからか、寝具事情はベッドというか…、たんに木の台みたいなものに薄い布があるだけ。
ふかふかお布団なんてないのだ。床で寝るのと変わらない。
ふかふかお布団に慣れた身体には辛いよ!
これも早急に何とかしたい!
はたきと雑巾がけが終わったら、箒をかける。
ベッドの上もはいて、雑巾で水拭きもしちゃおう。
陽気は日本の初夏くらいな感じだから、硬く絞った雑巾でならすぐ乾きそうだし。
床も掃く。埃やゴミをすっかり掃きだしたら、最後にモップがけをする。
モップは二本しかなかったから、二人でかける。一人がかけた後をもう一人が追う。二度拭きの要領ね。
頻繁に水を変えて、なるべく綺麗な水で拭くようにする。
「さあこれで終わり!どう?気持ち良くなったでしょ?」
家の中は見違えるほど清潔になった。
気のせいじゃなく、空気まで綺麗になった。
「コハルさんやりすぎって思ったけど、こんなに綺麗になるなんてすごいね!」
「すごい綺麗になったけど、これ毎日やるの大変だよ」
「大変だけど、こういう家で暮らしたいわ」
「疲れたね~!」
評価はおおむね良好だ。清潔な環境はいいけれど掃除が大変ってね。
本当に。お掃除ル○バとかある訳じゃないし、何から何までひとつひとつ人の手でやるって大変だわ。時間がかかるし。
でも君たち、小春さんにとってこれくらいは最低ラインなのだよ。
毎日やってもらうためにムチの次は(ムチって訳じゃないけど)アメをあげよう♪
「お疲れ様。それじゃあみんな頑張ったから、おやつにしようね」
おやつ?と、また頭の上に?マークが浮かぶ子供たち。
私はキャリーケースから牛乳とチョコレートを出した。
「シリン、ミルクをついでくれる?あ、私の分はいいから」
私はコーヒーにしよう。
チョコにはブラックコーヒーだよね♪
板チョコを五等分に割る。
ケチってる訳じゃないよ?この世界にあるかわからない、たぶん子供たちは初めて食べる物だから、少しずつ試しながら与えようと思う。
「また黒いの!」
「このミルク、今まで飲んだ中で一番美味しい!」
「ほんとだ!冷たくて美味しい!なんで冷たいの?」
それは私も謎なんだけど。
キャリーケースの中は、買った時の温度のまま冷たく保存されている。保冷剤も入ってるけどね。
こうなってくるともう、食材の鮮度なんかも大丈夫なんだろうと思う!
私は受け入れるよ!!
「この黒いの美味しい!!甘い!!こんなに甘いもの初めて食べた!!」
「チョコレートっていうんだよ」
「「チョコレート!!」」
冷たい牛乳もチョコレートも大好評だ。
温い牛乳は美味しくないもんね。
チョコレートは純粋に美味しい♪
もっとほしそうな子供たちに、明日もがんばったらまたおやつにしようね、と言っておく。
子供たちはキラキラとやる気満々の顔になった。
美味しいものって頑張る活力になるよね。
道具作りから始めたし、念入りに掃除もしたので、午後も結構いい時間になっている。
そろそろ夕ご飯の支度を始めないと上の子たちが帰ってきちゃう。
しかし、私には譲れない大事な事がひとつある!
お風呂だ!
昨日は異世界転移なんて受け入れられない事に少々パニくっていたし、何だかわからないうちに就職して、ご飯を作って、子供たちを紹介されて、ちょっとした説明をされたら魔王妃様を見送って…。
現実逃避にさっさと寝てしまったけど、二日もお風呂に入らないなんてありえない!
掃除をして埃だらけになった私たち。
お風呂事情を聞いてみると、今くらいの時期なら男の子は頭から井戸の水をかぶるくらい、女の子は濡らした布で身体を拭くくらいだとか。
バタリ。
いやだ~!そんなのムリ~!
いくら初夏くらいの気温といっても水は水だよ!
真夏でもお湯につかる超冷え性の私なのに水はない!
濡らした布で拭くだけっていうのもありえないよー!!
何でよ?裏の林には温泉が湧いているじゃないか?
何故それを活用しない?!
私は、夕ご飯の支度をするまでちょっと休憩にしよう!と言って、家の周りを見てくるねと外に出た。
時間がない。
走って行ってソッコーで源泉に話しかけた。
「スーさん、スーさん。聞こえますか?どーぞ」
『……おぉ、コハル。どうした?何か問題が起きたか?』
「起きたというか、ありまくりですよ!おいおい改善していきますけど、とりあえずお風呂に入りたいです!温泉!せっかく温泉があるのに入れないなんて哀しすぎる!!」
私は一気にまくしたてた。
『昨日も言っていたな。なんだ?その温泉というのは?』
ん?昨日もちょっと思ったけど、この世界だかこの国だかって温泉がないの?
いや、温泉自体はここにあるけど。入らないというか、湯治みたいな概念がないというか?
私はわかりやすく説明した。
『なるほど。その湯にそんな効果があるとは驚いた。そもそも知らないし、知らなければ湯につかろうとは思わぬからな』
「私は入りたいです~!効能がどんなだかわかりませんが、妊婦でもなし大丈夫でしょう。スーさん、なんとかなりませんか?」
源泉の前で手を合わせる。
スーさんには見えてないけどね!
『その湯をためておける大きな穴が必要なのだな?』
「はい!でもただ穴を掘るだけじゃ土と混ざっちゃうので、中をかためた穴というか…、土と混ざらないように、綺麗なお湯のまま入れるような穴がいいです」
なんだか何とかしてくれそうなので(そこは魔法で?)要望を伝える。
「穴は男湯と女湯ふたつほしいです!女子の方が多いので女湯の方は大き目でお願いします」
『なるほど、男女一緒には入らぬのだな。わかった』
どうやら温泉に入れそうだ!やったー!!