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エラムが王都に戻って、私たちも元の生活に戻った。
お宿は昨年から変わらずで、ありがたい事に繁盛している。
私たちもお宿の仕事に慣れてきて、改善点を見つければみんなで話し合って、よりよくなるように努めているよ。
忙しく過ごしていると、季節の移り変わりは早いね!
お料理の献立を春のものにする。
とはいっても基本暑いこの国。
十二月から三月の今くらいまでは、体感二十度を切るくらいの気温で、七月八月くらいは三十度超え、その他はその間くらいだろうと思われる。
日本の沖縄くらいな感じかな。
という訳で、春の献立といっても山菜やら筍なんかがある訳ではない。
市場に行って旬の野菜を選んだり、ナルセが獲ってきてくれるお肉を、気温に合わせた味付けにするというくらいなものだ。
私の春のイメージは芽吹きの季節だから、お料理も綺麗な緑色の物を多くお出ししている。
さて、今日は冒険者ギルドから予約された男性のおひとり様がいらっしゃる。
それとお馴染みの職人さんからご紹介されたご年配のご夫婦ね。
先にご夫婦のお客様がご来宿されて、足湯もろもろを終えて、今はマリカが西の離れにご案内している。
男性客は二十歳という年齢的に現役バリバリだろう。仕事上がりにやってくると思われる。
ほどなくそのお客様がご来宿された。
「ようこそおいでなさいませ。セリク様、お待ちしておりました」
セリク様は見るからに驚いて、固まった。
それからおどおどと
「はぁ…。よろしく、お願いします」
やっと聞き取れるくらいの小声で言った。
おや? 今までのお客様たちとは何かが違う…。
私はサッと観察した。
二十歳の冒険者の割にヒョロリとした栄養の足りていない身体つき。
表情にも力強さというか生命力というか覇気というか、このくらいの若者にあるはずのものが見られない。
服は、まぁ皆様普段着で来られるけれど、それにしてもずいぶん着古しているというか、言い方は悪いけど、だいぶ草臥れている。
もちろん見た目でおもてなしに差はつけないよ!
お金をいただくのだから、皆様平等にお客様だ。
「当店自慢の温泉でございます。まずは足湯でおくつろぎくださいませ」
いつもの口上を述べて足湯に誘う。
セリク様はおっかなびっくりお湯に足を入れる。
これ、お初の方は皆様同じ反応をするんだよね。
タイミングよくローラがお茶とお菓子をもってくる。
セリク様は可愛すぎるローラを見て顔を赤らめた。うん、わかるよ!
料理の質問をして、東の離れにご案内する。
離れに上がって部屋と温泉の説明をする。
いつものご案内をしている間も、こっそりセリク様の様子をうかがう。
キョロキョロはいい。珍しいからね、お客様は皆様そうだから。
なんていうか…、ずっとおどおどソワソワしている。
うち、癒しのお宿なんだけどなぁ…。と思いつつ離れを下がった。
「今日の客、セリクじゃないか?」
お料理の仕上げをしていると、勝手口が開いてクバードが半分身体を入れて言った。
「あらクバード、お疲れ様。そうだよ。お仲間でしょ」
「いやまぁ、仲間っちゃ仲間だけど…」
おや、含みのある言い方だな。
「なぁに?なにか問題でもある人?」
「いや、問題はないし、悪いヤツじゃない。ただあいつでも、こういう思いがしたいと思うんだなと、意外だった」
「とは?」
お料理の仕上げに忙しいんだけどね。
お客様の情報がわかれば、よりよいおもてなしができる。
クバードはいい加減な噂話なんてしないし。
「セリクは冒険者稼業をするには、度胸というか覚悟というか、そういうもんが足りねぇんだ。だから討伐や戦なんかの依頼は受けない。薬草の採取なんかをやっていて、他のヤツらにずいぶん見くびられている。
あいつは家族もいねぇし、そんなんだから連れもいねぇ。薬草採りは依頼料も低いから金もあまりねぇだろう。まぁそういうヤツだ。本当に、なんで冒険者なんかになったんだか…」
ほぉ。
まぁ私だって命を奪う度胸も覚悟もないし、なんもいえないよ。食べてるけど。
稼ぎがよくなくてお金がないからあんなに瘦せてるし、服も草臥れているのか。
そんなにお金に余裕はないだろうに、うちに泊まりに来てくれたって訳ね!
そうとわかればいつも以上に精一杯おもてなしをしようじゃないか!
や、お客様は平等っていったけどね!
「教えてくれてありがとクバード。うちの方でご飯食べてって。もうみんな食べ始めてると思うけど」
「いつもすまないな。これ、走りのもんだからまだ味が若いだろうけど食ってくれ」
「こっちこそいつもありがとね~! 後で切って持って行くって子供達にも言っといて!」
話しながらも仕上がったよ!
さてお料理をお持ちしましょうかね♪
「失礼いたします。食前酒と前菜をお持ちいたしました」
グラスに缶酎ハイを注いだものと先付をもって、引き戸を開ける。
セリク様は居心地悪そうに、ちょこんとソファに座っていた。
部屋着に着替えているってことは温泉には入ったのかな?袖と裾から細い腕と足が見えている。
「お食事はこちらにご用意いたしますから、どうぞいらしてください」
硬い表情に笑いかけながら言えば、セリク様は小さく返事をしておずおずとやってくる。
この人なんでこんな風なんだろう?
生きるのが辛そうだな。心なしか影も薄く見えるよ。
「わぁ…」
それでもお料理を見れば声を上げるし
「美味い…」
お酒を飲んでもお料理を食べても感動している。
「ありがとうございます」
私はその度笑顔でお礼を言う。
おひとり様って初めてだ。いつもはお連れ様同士、感想を言い合ったり賑やかに食事をされているからね。
一人の食事って味気ないよね。まぁ私はだけど。
「こちらお熱くなっております。お気をつけてお召し上がりください」
それまでも噛みしめるように食べていたけど、陶板焼きを一口食べてボロボロと大粒の涙を零しだした。
とうとう堪えきれずに決壊したというような泣き方だ。いったいどうした!!
「何か不手際がございましたか?」
火傷か?味付けか? 青くなって尋ねると、セリク様は小さく首を振った。
ホッとして、とりあえず火の魔獣さんに保温くらいにお願い!と合図する。
火は小さくなった。火の魔獣さん、ありがとう!
そしてセリク様が泣き止むまで黙って待った。
セリク様の身なりや、クバードから聞いた話から想像するに、あまり幸せな暮らしをしているようには思えない。だからって涙の訳はわからないけどさ。
このお宿にいる間だけでも心安らかに過ごしてほしいと思う。
しばらくして、涙の止まったセリク様はポツポツと話し出した。
「俺なんかに、丁寧にしてくれて、すんません。どこの店に行ったって、気遣ってもらった事なんてなかったんで。笑いかけてもらった事もなかったし…。でてくるものはみんな美味いし…。自分でもなんで急にあんなに涙が出たんだかわからねぇんっすけど…。なんか、すんません」
どうやら思っていた以上に悲惨な暮らしのようだ。
「謝られる事なんてないんですよ。このお宿にいらしてくださったお客様は、皆様等しくおもてなしさせていただいております。お客様には、温泉に入って癒されて、わたくしどもが心を込めて作ったものを召し上がっていただいて、ゆっくりとくつろいでいただけたらいいんです」
「はぁ…。そっすか…。
そういえば俺、こんなに人としゃべったの久しぶりだ」
ぐっ。
そんなに言う程しゃべってるとは思わないけど…。
なんか…、なんというか…。
うん。まぁ。
「さあ、お肉が固くなっちゃいますよ。どうぞ召し上がってくださいね。まだまだお料理は続きますから」
火の魔獣さんは絶妙な火加減で食べごろをキープしてくれる。
火の魔獣さん、ありがとう!!
それからセリク様は、少しだけ力の抜けた顔になれて食事ができたよ。




