40
「お宿を見てもいい?」
翌日、みんなで朝ご飯を食べて、上の子たちを送り出すと、興味津々にエラムが言った。
もちろん!自慢のお宿を見てよ!
「じゃあ私たちは洗濯と掃除をやってるわね」
「ありがとう!ちょっといってくる♪」
お姉さん三人に家事を頼んで、エラムとローラとお宿に向かう。
向かうといっても家の真ん前にあるから、玄関を出て本館の勝手口までは一分足らずだ。
明るい日の下でお宿を見るエラム。
昨日は『おかえりエラム宴会』で大盛り上がりしていたし、まぁ帰って来たのがもう暗かったからね。
火の魔獣さんがいるとはいっても、明るい方がよく見えるよね。
エラムはいったん敷地の外に出て、垣根にある門戸から入ってきた。もちろんローラも一緒だ。
私は玄関で待つ。
昨日エラムは、お客様用とは別の住人用の通路で帰って来たから、庭園は初めて歩く事になる。
ほら、お客様は仕事上がりにご来宿されて、翌朝は出勤に合わせて帰られていくでしょ?上の子たちと時間がかぶるのよ。
そういうのってちょっと気を遣うじゃない?なので別通路を作ったって訳♪
庭園を観賞しながらゆっくりやって来るエラム。
簡単に説明はしてあったけど、本館に入って足湯を見て驚く。
「足を入れてみる?」
「いいの?体験してみたい!」
足湯の説明もしてあるから、エラムはためらう事なく足を入れた。
「わぁ…。うちの温泉とは泉質が違うの?こっちの方がやわらかい気がする」
「あら気づいた?泉質は同じだけど、たぶんスライムさんのせいだと思う」
「そうなんだ」
目には見えないスライムさん。
エラムはスライムと聞いても驚かないし嫌がらない。洗濯機様で魔獣さんに慣れているからね!
「ついでにお菓子も食べてみる?朝ご飯を食べたばかりだけど入る?」
「食べたい食べたい!!ぜんぜん入るよ!」
育ち盛りの男の子だねぇ。
小春さんはまったく入らないよ!
ローラがお茶とお菓子を持ってくる。
これはローラの仕事だ。ローラの天使のような愛くるしさはお客様を和ませるのよ。
看板娘だね♪
ここで足湯をしながらお茶とお菓子を出して、お料理の質問なんかをする事を話す。
「ローラ、お茶を入れるのが上手いね。お菓子も美味しいし、足湯もいい。しょっぱなからこんなにサービスされたら、お客さんは喜ぶでしょ?」
「そうだね。皆様に喜んでもらえてるよ」
私の答えに、エラムはうんうんと頷いている。
それから本館の中や、離れにつづく小路や、客室になっている離れも時間をかけて見て回っていたようだ。
足湯から後はローラに任せて、私は家に戻って家事に参加したからね。
ローラもちゃんとお宿の事はわかっているから、私がいなくてもしっかり説明できるよ。
しばらく後、家に戻って来たエラムはずいぶん興奮していた。
それでもしっかり洗濯物を干すのを手伝いながら(無意識の習慣だね)
「コハルさん!あのお宿はすごいね!王都でもあんなに贅沢な建物は見た事ないよ! といっても、おれが知ってるのは学校と寮と、庶民でも行ける店とかくらいだけど。
あ、仲良くなったヤツの家に行った事があった。金持ちの家だったけど、質が違うっていうのかな。あっちは金がかかってるって感じでさ、主張が強いんだ。長くいると疲れちゃう。このお宿は本当に癒しのお宿だね」
と、一息に言う。
大丈夫かぃ? ほら、深呼吸、深呼吸。
「そう感じてもらえたならよかった。それが一番のコンセプトだからね。
それにしてもエラム、とても十歳とは思えない考え方だよ。話し方もだし、ずいぶん成長したみたい」
「それ、褒めてる?」
「褒めてるよ。子供の成長を喜ばない親はいない」
ニッコリ笑顔で言うと
「じゃあまぁ…、いいけど」
すこ~しだけ赤くなったエラムは、そっぽを向いた。
それからエラムは、王都に戻るまで自分にも何か仕事をさせてほしいと言った。
それなら帳簿をつけてもらおうか。
せっかく商業学校に行っているのだ。存分に腕を振るってもらおう♪
実のところ、まだ一月半くらいの経営だけど、これがきちんと確立してなかったんだな。
私は元の世界で経理はやった事がなかったし、家計簿もつけた事がなかった。
別にお金をいいかげんにしてた訳じゃないけど、理系脳とは程遠かった。
いや、そんな大げさにいう程でもないか。
まぁ、大らかという名のおおざっぱなのよ。
エラムはさっそく、私が大まかにつけていた帳簿を見直して、しっかりと見やすくわかりやすくつけ直してくれた。
そして王都に帰るまでの一月ほどの間に、つけるのも見るのもすぐにわかるように書き方を考えてくれた。
それをマリカとシリンに教えている…。
私とユーリンにはお声がかからなかったのは、そういう事なんだろう。
ユーリンと二人で遠い目をしてしまったよ。
いいよね、ユーリン!私たちは体力で貢献しようね!
働き者のエラムは、帳簿以外も朝から夕方まで一緒に働いているよ。
夕方、お出迎えのお茶とお菓子を出すと、ローラとエラムは家に戻る。上の子たちとご飯を食べてお風呂に入っておやすみなさい。
成長期はたくさん眠らないとね!
開業して二ヶ月目になると、リピートのお客様がいらっしゃるようになった。
ずっと先まで予約は入っているけど、親方たち工務店の皆さんや、色んなものを作ってくれた職人さん方は、お宿を建てる時にお世話になったんだもん、そこはちょっとひいきをしてしまう。
それでも月に四日分しか枠をあけてないし(皆さんで順番を決めてくれている)飽きるまではいいじゃないか。と思ったんだけど、その後もずっとまったく飽きる事はなかったわ。
一月の終わり、とうとうエラムが王都に戻る日になった。
前の時と同じ、下の子たちと見送りに来た。前と違うのはマリカがいる事、クバードの付き添いがない事だ。
「じゃあエラム、身体に気をつけて勉強がんばってね」
「うん!」
「帳簿はきちんとつけるから!任せといて!」
「任せた!」
短い時間にやりとりをする。
あぁやっぱり、別れって切なくて物悲しくなっちゃうね。
「にぃに!ローラも九月になったら王都に行くからね!」
「あぁ、待ってる。しっかり手伝をして勉強もがんばれ」
「うん!!」
出発の時間になって、馬車は走り出した。
あっ、言い忘れた! って、わー!!
エラムは前回と同じく、馬車の窓から顔を出して手を振ってるよ!
「危ない!頭を入れなさい!!」
走る馬車に私の声が届くはずもなく、やがて馬車は大門を出て行った。
エラム、成長したかと思ったけど、こういうところは成長してなかったよ。
代わりに成長したのはローラの方だった。淋しい顔をしていても、今日は涙は見えない。
「さぁ、帰って今日のお客様をお迎えする準備をしよう」
「「うん!」」
歩き出すと、ローラが力を込めて言った。
「勉強もがんばらなくちゃ」
「おぉ、がんばれ!みんな応援してるからね!」
「うん!」
今回は市場に寄らないで大丈夫なようだ。と、思ったら
「コハルさん、市場に寄っていこうよ。またジャムが食べたい」
「私も!ジャム美味しかったぁ♪」
「私は食べた事はあるけど、作るのは初めてだわ。作ってみたい!」
「あら、じゃあ寄って行こうか。今の時期でジャムに合う果物はあるかな~」
それじゃあ、明日の朝食はお客様にもジャムトーストをお出ししてみようか♪
「みんな、好きな果物を一種類ずつ選んでいいよ!」
「「わ~い!!」
娘たちは市場に駆け出して行った。
小春さんは走れないからね~!
笑顔になって、ゆっくり後を追った。




