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「お宿を見てもいい?」


翌日、みんなで朝ご飯を食べて、上の子たちを送り出すと、興味津々にエラムが言った。

もちろん!自慢のお宿を見てよ!


「じゃあ私たちは洗濯と掃除をやってるわね」

「ありがとう!ちょっといってくる♪」


お姉さん三人に家事を頼んで、エラムとローラとお宿に向かう。

向かうといっても家の真ん前にあるから、玄関を出て本館の勝手口までは一分足らずだ。


明るい日の下でお宿を見るエラム。

昨日は『おかえりエラム宴会』で大盛り上がりしていたし、まぁ帰って来たのがもう暗かったからね。

火の魔獣さんがいるとはいっても、明るい方がよく見えるよね。


エラムはいったん敷地の外に出て、垣根にある門戸から入ってきた。もちろんローラも一緒だ。

私は玄関で待つ。


昨日エラムは、お客様用とは別の住人用の通路で帰って来たから、庭園は初めて歩く事になる。


ほら、お客様は仕事上がりにご来宿されて、翌朝は出勤に合わせて帰られていくでしょ?上の子たちと時間がかぶるのよ。

そういうのってちょっと気を遣うじゃない?なので別通路を作ったって訳♪


庭園を観賞しながらゆっくりやって来るエラム。

簡単に説明はしてあったけど、本館に入って足湯を見て驚く。


「足を入れてみる?」

「いいの?体験してみたい!」


足湯の説明もしてあるから、エラムはためらう事なく足を入れた。


「わぁ…。うちの温泉とは泉質が違うの?こっちの方がやわらかい気がする」

「あら気づいた?泉質は同じだけど、たぶんスライムさんのせいだと思う」

「そうなんだ」


目には見えないスライムさん。

エラムはスライムと聞いても驚かないし嫌がらない。洗濯機様で魔獣さんに慣れているからね!


「ついでにお菓子も食べてみる?朝ご飯を食べたばかりだけど入る?」

「食べたい食べたい!!ぜんぜん入るよ!」


育ち盛りの男の子だねぇ。

小春さんはまったく入らないよ!


ローラがお茶とお菓子を持ってくる。

これはローラの仕事だ。ローラの天使のような愛くるしさはお客様を和ませるのよ。

看板娘だね♪


ここで足湯をしながらお茶とお菓子を出して、お料理の質問なんかをする事を話す。


「ローラ、お茶を入れるのが上手いね。お菓子も美味しいし、足湯もいい。しょっぱなからこんなにサービスされたら、お客さんは喜ぶでしょ?」

「そうだね。皆様に喜んでもらえてるよ」


私の答えに、エラムはうんうんと頷いている。


それから本館の中や、離れにつづく小路や、客室になっている離れも時間をかけて見て回っていたようだ。


足湯から後はローラに任せて、私は家に戻って家事に参加したからね。

ローラもちゃんとお宿の事はわかっているから、私がいなくてもしっかり説明できるよ。




しばらく後、家に戻って来たエラムはずいぶん興奮していた。

それでもしっかり洗濯物を干すのを手伝いながら(無意識の習慣だね)


「コハルさん!あのお宿はすごいね!王都でもあんなに贅沢な建物は見た事ないよ! といっても、おれが知ってるのは学校と寮と、庶民でも行ける店とかくらいだけど。

あ、仲良くなったヤツの家に行った事があった。金持ちの家だったけど、質が違うっていうのかな。あっちは金がかかってるって感じでさ、主張が強いんだ。長くいると疲れちゃう。このお宿は本当に癒しのお宿だね」


と、一息に言う。

大丈夫かぃ? ほら、深呼吸、深呼吸。


「そう感じてもらえたならよかった。それが一番のコンセプトだからね。

それにしてもエラム、とても十歳とは思えない考え方だよ。話し方もだし、ずいぶん成長したみたい」

「それ、褒めてる?」

「褒めてるよ。子供の成長を喜ばない親はいない」


ニッコリ笑顔で言うと


「じゃあまぁ…、いいけど」


すこ~しだけ赤くなったエラムは、そっぽを向いた。




それからエラムは、王都に戻るまで自分にも何か仕事をさせてほしいと言った。


それなら帳簿をつけてもらおうか。

せっかく商業学校に行っているのだ。存分に腕を振るってもらおう♪


実のところ、まだ一月半くらいの経営だけど、これがきちんと確立してなかったんだな。

私は元の世界で経理はやった事がなかったし、家計簿もつけた事がなかった。


別にお金をいいかげんにしてた訳じゃないけど、理系脳とは程遠かった。

いや、そんな大げさにいう程でもないか。

まぁ、大らかという名のおおざっぱなのよ。


エラムはさっそく、私が大まかにつけていた帳簿を見直して、しっかりと見やすくわかりやすくつけ直してくれた。

そして王都に帰るまでの一月ほどの間に、つけるのも見るのもすぐにわかるように書き方を考えてくれた。


それをマリカとシリンに教えている…。


私とユーリンにはお声がかからなかったのは、そういう事なんだろう。

ユーリンと二人で遠い目をしてしまったよ。

いいよね、ユーリン!私たちは体力で貢献しようね!


働き者のエラムは、帳簿以外も朝から夕方まで一緒に働いているよ。

夕方、お出迎えのお茶とお菓子を出すと、ローラとエラムは家に戻る。上の子たちとご飯を食べてお風呂に入っておやすみなさい。

成長期はたくさん眠らないとね!




開業して二ヶ月目になると、リピートのお客様がいらっしゃるようになった。


ずっと先まで予約は入っているけど、親方たち工務店の皆さんや、色んなものを作ってくれた職人さん方は、お宿を建てる時にお世話になったんだもん、そこはちょっとひいきをしてしまう。


それでも月に四日分しか枠をあけてないし(皆さんで順番を決めてくれている)飽きるまではいいじゃないか。と思ったんだけど、その後もずっとまったく飽きる事はなかったわ。




一月の終わり、とうとうエラムが王都に戻る日になった。


前の時と同じ、下の子たちと見送りに来た。前と違うのはマリカがいる事、クバードの付き添いがない事だ。


「じゃあエラム、身体に気をつけて勉強がんばってね」

「うん!」

「帳簿はきちんとつけるから!任せといて!」

「任せた!」


短い時間にやりとりをする。

あぁやっぱり、別れって切なくて物悲しくなっちゃうね。


「にぃに!ローラも九月になったら王都に行くからね!」

「あぁ、待ってる。しっかり手伝をして勉強もがんばれ」

「うん!!」


出発の時間になって、馬車は走り出した。

あっ、言い忘れた! って、わー!!


エラムは前回と同じく、馬車の窓から顔を出して手を振ってるよ!


「危ない!頭を入れなさい!!」


走る馬車に私の声が届くはずもなく、やがて馬車は大門を出て行った。


エラム、成長したかと思ったけど、こういうところは成長してなかったよ。

代わりに成長したのはローラの方だった。淋しい顔をしていても、今日は涙は見えない。


「さぁ、帰って今日のお客様をお迎えする準備をしよう」

「「うん!」」


歩き出すと、ローラが力を込めて言った。


「勉強もがんばらなくちゃ」

「おぉ、がんばれ!みんな応援してるからね!」

「うん!」


今回は市場に寄らないで大丈夫なようだ。と、思ったら


「コハルさん、市場に寄っていこうよ。またジャムが食べたい」

「私も!ジャム美味しかったぁ♪」

「私は食べた事はあるけど、作るのは初めてだわ。作ってみたい!」

「あら、じゃあ寄って行こうか。今の時期でジャムに合う果物はあるかな~」


それじゃあ、明日の朝食はお客様にもジャムトーストをお出ししてみようか♪


「みんな、好きな果物を一種類ずつ選んでいいよ!」

「「わ~い!!」


娘たちは市場に駆け出して行った。

小春さんは走れないからね~! 


笑顔になって、ゆっくり後を追った。




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