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親方たちの後は、工務店のお兄さん方や、商業者ギルドや発明ギルドの職員さん方がお出でくださっている。
その後も口コミで冒険者の方々や、その他大勢の皆様のご予約をいただくようになった。
お休みのないこの世界といっても、週休二日の世界にいた私。
私の雇用主はスーさんで、私の一番の仕事は子供たちのお世話だからね。上の子たちに不便をかけながらも、できる限り一緒にいる時間を作りたいし、まだ見習いの年齢の下の子たちにはムリをさせたくない。
週一くらいでお休みを取りながら、嬉しい悲鳴を上げているよ。
そういえば、このお宿を開くきっかけというか、まぁそんな感じのクバードたち五人だけど、何故か泊まろうとはしなかった。
不思議に思って聞いてみると
「俺たちは奥の温泉に入れてもらえてるし、コハルの美味い飯も食わせてもらってる。
や、金をケチってる訳じゃねぇんだぜ?もうこっちに慣れちまってるしな。こっちの方がくつろげるんだ」
との事。まぁそれならそれでいいけどさ。
どうせナルセは毎日お肉を配達に来て、ついでにお風呂に入っていくし、ご飯も食べていく。(ちゃんとアイシャが入浴する前に帰っていくよ!)今更ほかの四人を仲間はずれにはしないよ。
だけどお宿を考えたのって、君たちの言葉があったからなんだよね。
どんな感想か聞かせてもらいたかったなぁ。
言わないけど。
さて、お客様が増えるという事は、ご来宿される人数が増えるという事。
人が多くなればいい人ばかりではないようで、たまにスーさんの結界にはじかれて敷地内に入れない人がいる。
どんな悪心をもって来た人なのか、気分が悪くなるから考えないけど、悪意という目には見えないものでお断りするのは納得されないんだよね。
こっちはお客商売だから、客を選ぶのか!とか悪い噂をたてられたら困るし。
自分が悪いくせにと言えないところが辛い。
そこで、そんな事もあろうかと対策は立ててあった。
結界にはじかれてお断りする人には、記憶が曖昧になる魔法が発動するようになっている。
泊ったような?泊らなかったような?みたいな。
その辺は記憶操作だから、私にはどうなっているのかわからないけど、まぁなんだかうまくやってくれているようだ。
片方だけが入れた場合は、そちらはしっかりおもてなしするよ!
ちなみにそのお客様にも、はじかれた連れが一緒に泊まったような?泊まらなかったような?と、曖昧になる魔法がかけられる。便利だわ♪
記憶が曖昧にといえば、親方たち工務店の皆さん以外のお客様には、シャンプー類の記憶が曖昧になる魔法がかかるようになっている。
商業者ギルドとか発明ギルドのお偉いさんに、登録しろとか言われたらめんどくさいからね。
工務店の皆さんは建築中、仕事上がりに毎日お風呂に入っていって、内緒ですよ!とシャンプー類も出していたからすでに知っているんだな。
ちゃんと皆さん内緒にしてくれているようで、今のところ騒ぎにはなっていない。
いかつい大男たちが、スッキリつやつやの肌をしてサラサラヘアとか、ちょっと笑えたよ。
いや、失礼!
お客様は庭園を歩いている時から森林浴だし、その上本館に入ると更に皆様深呼吸されている。
香木で建てられたお宿は、敷地の外からすでにいい香りがしてるもんね。
表情を緩められているから、ここでもうすでに癒し効果があらわれていると思う。
そしてスタッフのお出迎えと足湯に驚く。
ご飯前だからか、お茶とお菓子にも驚く。
喜んでもらえるけど。
お料理の聞き取りにも驚く。
なぜかと聞かれる事もあって(アレルギーといってもわからないだろうから)人によって不調になる食べ物があるかもしれないんですよ、と説明している。
お客様はわかったような、わからないような。
うん、まぁそうだよね。
ご案内の間中、お客様は皆様、お宿の造りすべてに感動してくれる。
入浴すれば温泉にも感動する。料理をお運びすると、大興奮で褒められるからね。
料理にも驚かれる。そして感動して喜ばれる。
驚きと感動のお宿だね☆
珍しいうちだけかもしれないけど、喜んでもらえるのはとても嬉しい。
お弁当の注文もほぼ受けるよ。
皆様泊った翌日も普通に出勤だからね。
スタッフ全員でお見送りをする時は、皆様笑顔で「ありがとう」と「また来る」と言ってくださる。
そして本当にまたご予約をしてくれる。
こちらの方がありがとうございますだよ!
まったくの素人で、しかも私以外は子供という、無謀かと思われるお宿を始めたけれど、順調な滑り出しのままつつがなくやれているよ。
魔獣さんたちや私たちスタッフが頑張るのは当然だけど、不便をかけている上の子たちの協力や、サイードやクバードたちのサポートのおかげもある。
彼らは何も言わないけど、コハルさんはちゃ~んとわかってるんですからね!
試食の時にお酒を出しているのはちょっとしたお礼だ♪
そんな風に忙しくとも充実した日々は、開業してあっという間に一月半がたった。
今日は約半年ぶりにエラムが帰ってくる。
この国の学校は、条件を満たした十歳以上の子なら入学できる。
日本のように四月に一斉に入学とかではなくて、十歳になったらその年のうちの都合のいい時から入学していいという形なのがおもしろい。
特に春休みとか夏休みはないけれど、新年度に当たる一月はまるまるお休みになるそうで、十二月の後半からもうお休みになるんだって。
長い休みになるので、ふだんは帰省できないエラムも、往復の馬車の日数分をひいてもしばらく滞在できるのだ。
という事で、今日はお宿はお休み!
ローラが何日も前からそわそわしちゃってるし。
今日は一緒にご馳走を作ると張り切っている。
ローラはずいぶん料理の腕を上げたよ。
もちろん勉強も頑張っている。
商業者ギルドに推薦状をもらえるくらいの学力がなくちゃ入学できないからね!
エラムが帰り着くのは夕方くらいになる予定だから、女子チームみんなで手の込んだご飯を作る。
せっかくならこういう日は賑やかに食べたいと、今日はクバードたちも招待してあるよ。
ケガを癒しに温泉に通っていたクバードたちとエラムはよく知る仲だ。
もちろんサイ兄も来るよ!というか、毎日いるよ!
「ただいまー!」
「ただいま。ちょうどエラムとあったから一緒に帰って来た」
満面の笑みのエラムが、勢いよくドアを開けて入ってきた。
後ろにはテオスがいる。
「エラム!おかえりー!!」
「にぃにーー!!」
「おかえり」
「「おかえり~」」
ローラがエラムのもとに走って行くと、そのまま飛びついた。
「わっ!」
当然、二人して床に倒れむ。
「ただいま~。まぁこうなるわよね」
「ただいま。ジャマだ、よけてやれ」
アイシャとジダンも帰って来た。
「まぁ…。とりあえずみんな、手洗いうがいしてきなさい」
「「はーい」」
返事をした子供たちは裏の井戸に出ていく。
変わらない、いつものやり取りが幸せな事だと思う。
◇◆◇◆◇◆
「おい、東の広場の奥に行った『温泉お宿』知ってるか?」
「あぁ、なんかすんげぇらしいな。夢心地になるとかって」
「俺、ヤッさんに連れられて行ってきたんだよ!」
「マジか!どんなだった?!」
「それが噂通りの、極楽ってーの? なんかもう、何もかも珍しいっちゅうか…。素晴らしいっていうのは、あぁいうもんなんだってわかったぜ」
「なんだそれー!よくわからねぇよ!」
仕事が始まる朝のギルド内で、興奮した声が聞こえる。
普段は噂話など気にもしないクバードとアゼルが聞き耳を立てていた。
少し離れたところではカシムとサリナがニヤついている。
「まぁ、あれだ。おまえも一度行ってみろよ。宿屋の見方が変わっちまうけどな」
「そんなにいいなら行ってみてぇけど、銀貨八枚かぁ…」
「バッカ!おまえ、あれは銀貨八枚なんてもんじゃねぇよ。金貨八枚でも泊まる価値はあるぜ。まぁ実際それじゃ行けねぇけどさ」
「それくらいいいって事か…。行ってみてぇな」
二人は仕事に向かうべく出て行った。
「金貨八枚だとよ」
「あいつは確かCランクだったな。それで金貨八枚とは、またずいぶん高く買ったもんだな」
「まぁその通りだけどな」
「まぁな」
アゼルとクバードがひそやかに納得していると
「そんなにいいなら俺も行ってみてぇな~。 なぁ、カシムもそう思わねぇ?」
話を聞いていた別の冒険者の一人が、近くにいたカシムに話しかけた。
「いや~、俺はいいわ」
「なんでだよ。あんなん聞いて行きたくならねぇの? ちぇ~!イーサのヤツうまくやったよな~」
予約は半年待ちだってよ~と、ギルドを出ていく後姿を見ながら
「俺ら客じゃねぇもんな」
「まぁなんつうの…、身内?っていうかな」
「赤くなるなら言うなよ」
「コハルちゃんが身内のようなものだって言ってくれたんだよ!」
クバードたちがお客にならない理由。
その名は特別感。




