38
スーさんたちを見送って、慌ただしくお昼ご飯を食べたら、休む事なく仕事を始める。
お客様がお帰りになった後のお掃除とお洗濯ね。
といっても、これも魔獣さんたちが大活躍してくれる。
お掃除係のスライムさんは、お部屋もお風呂場も隅々まで綺麗にしてくれるし、洗濯物は、うちの物も洗ってくれている水の魔獣さんが張り切ってくれている。と思う。姿は見えないけど、心なしか水音がそう聞こえるから。
私たちがやる事といったら、お布団を干す事、取り込んでからシーツをかける事。
きちんと畳んであるタオルと室内着を用意しておく事、お花を飾る事。
それと一番時間がかかるお料理だ。
魔獣さんたちがいるから、お宿も家の方もしっかり掃除と洗濯ができてるよ!
ありがとう、魔獣さんたち!!
さて、連日だけど今夜も予約が入っている。
スーさんたちの次は、早期予約をしてくれていた親方と奥様がお出でくださる。
お部屋の準備を整えたら、お宿のお料理とうちの夕ご飯の下準備をする。
だいたい終わった頃、もういい時間だなぁ、と思ったら
「ただいま」
「ただいま~」
「ただいま。親方たちももう来るよ」
本館の裏口を開けて(厨房の勝手口)仕事から帰ってきた上の子たちが口々に顔を見せていく。
「おかえり~!手洗いうがいしちゃってね! ローラとルナがご飯を運ぶから、先に食べてて」
「「わかった」」
ジダンに言われたし、お客様をお出迎えする用意をしなければ!
スタッフ全員で玄関先に並ぶと、親方たちが庭園をやって来るのが見えた。
おおぅ。奥様が…。
一言で言うなら美女と野獣?
いや、失礼!
お客様にたいしてなんていう事を!と反省したけれど、一瞬ポカンとしちゃったのはしょうがない。
だって奥様は、切れっ切れの美人さん(オリエンタルビューティ)だったんだもん。
親方との対比が…。
もちろんそんな事は顔にも態度にも表さないよ!(一瞬驚いたのはバレてない筈!)
「ようこそおいでなさいませ。ハリル様、ダリア様、お待ちしておりました」
スタッフ全員で歓迎する。
子供達もこの時までにはビックリ顔を直していたよ。
「いやコハルさん、様付けなんてやめてくだせぇ。慣れないもんでモゾモゾしちまう」
「そうですか。ではいつものように、親方さんとお呼びいたしますね」
「そうしてもらえればありがてぇ」
お客様のご要望にはできる限りお応えする。
玄関を入るとすぐ足湯だ。
親方と奥様はさっそくビックリしていたよ。
「おぉ…。こいつは気持ちがいい」
「本当に。足湯ってこんなに気持ちいいものだったなんて知らなかったわ」
おっかなびっくりって感じで素足をお湯に入れたけど、お二人とも笑顔になった。
「こいつも美味ぇ。甘さが控えめで食いやすい」
「控え目?ちょうどいいけど?とっても美味しいわ」
お茶とお菓子も喜んでもらえた。
ふっふっふ。
男女で甘さを変えたお菓子を出しているのだよ♪
さて、食事の質問も終えたから、離れにご案内する。
親方は自分で建てたお宿だからだろう、本館に入ってきた時からあちこちキョロキョロ見ている。
何もなかった時と違って、今では色んなものが入っているから、感じが変わったよね。
「あら綺麗!」
「ありがとうございます」
奥様が、離れまでの小路に置いてある足元の灯りを褒めてくれた。
「これもすごいわね!」
「ありがとうございます」
離れに入り上がり框の先の引き戸を見て、また奥様が褒めてくれた。
「本当だ。これは後から入れたんですかぃ?」
「はい。お宿が出来上がった後、ほかの家具と一緒に入れました」
「こんな細けぇ細工は初めて見る。こいつはいい腕してやすね」
大工さんはこういう細工仕事にも目がいくものなのかしら。
親方と奥様が気づいてくれたのも、褒めてくれたのも素直に嬉しい。
色々こだわってるところだからね♪
中に入ってお部屋や温泉の説明をすると、喜ばれたり感嘆されたりする。
とっても嬉しい。内心にっこにこだ♪
「ではお食事の時間までおくつろぎくださいませ。ご用がありましたら、こちらでお呼びください」
風の魔獣さんの呼び鈴を置いて、部屋を出た。
夕食は、基本的にスーさんたちにお出しした形だ。
食前酒と先付から始まり、
「わっ!このお酒冷たくて美味しい!お前さんが言ってた通りだね!甘くて飲みやすいし」
「な? 俺にはこいつはちぃと甘ぇが、まぁこいつも悪くねぇ」
親方はビール派だもんね。
今夜はお泊りだし、帰りの心配はない。お好きなだけどうぞ♪ 別料金ですが。
「これ綺麗ねぇ!どこから食べていいか迷うわ」
「お、きたきた。これこれ」
奥様が椀物の蓋を取って声を上げる。
その後の鳥ハムのカルパッチョ風も喜んでいただけた。
親方はお料理よりビールだね!
焼き物も台物も、味はもちろんの事、卓上で火を入れるという手法にめちゃくちゃ喜ばれた!
それに比べると地味にはなっちゃうけど、じっくり味の染みた炊き合わせも茶碗蒸しも、とっても喜んでもらえた。
お料理は味だけじゃなくて、見た目でも匂いでも音でも味わうものだと思います!
親方は日本酒もとても気に入ってくれたようで
「こちら夏場には冷やして飲むと、また違った美味しさがありますよ」
「そりゃあまた飲みに来なくちゃなんねぇな」
冷酒をお勧めすると、親方は赤ら顔で(リアル赤鬼だよ!いや、失礼!)嬉しそうに言った。
部屋着として置いてある、白Tシャツとリ〇コ風を奥様とお揃いで着ているのが可愛らしいけど、やっぱりお顔のインパクトはまったく薄まらないな。
その後ご飯までしっかり平らげた親方と奥様は、大変ご満足いただけたようだった。
「それではまた明日の朝まいります。 おやすみなさいませ」
手をついて部屋を出る時は、お二人ともとてもいい笑顔だったよ。
翌朝、希望時間に朝ご飯をお出しする。
スーさんたちと同じく、熱々の炊き立てご飯に熱々のお味噌汁。
日本人ならわかると思うけど、これだけでももうご馳走だよね!
親方たちは日本人じゃないけど。
おかずも同じく鮭の塩焼きと、厚焼き玉子、青菜のお浸し、煮物の小鉢、それと浅漬けと、おかずは季節によって変えるけど、ザ・日本の朝ご飯はお宿の定番だ♪
「こいつは朝から豪勢だ」
「本当に昨日から夢のようだよ。まるでお大臣様になったみたいじゃないか」
お二人とも朝からテンションが高いですなぁ。
喜んでもらえて何よりです♪
「こちらはお弁当になります」
風呂敷に包んだお弁当箱を渡す。
親方のお弁当だ。
このお宿のコンセプトは、湯治を目的とした温泉の癒しや、たまのご褒美お宿だけど、基本お休みのないこの世界。宿泊するといっても昨日は仕事上がりにやって来たし、今日ももちろんこれから仕事だ。
お泊りしちゃってるから奥様はお弁当を作れない。
という訳で、お宿でお弁当を承ったって訳♪
ちなみにお弁当箱は、細工師さんに特注して作ってもらっている。
風呂敷は毎度アイシャのところで作ってもらった。
お休みにお泊りに来る訳ではないからね。
泊って、ここから仕事に出る人ばかりだろうと用意しておいたのだ。
これから仕事の親方たちの朝は早い。
食事を終えたらすぐにお帰りの時間だ。
スタッフ全員玄関先に並んでお客様のお見送りをする。
「こんなに丁寧にもてなされた事はねぇ。いい思いをした。コハルさん、また来やす」
「コハルさんお世話になりました。またぜひ泊りに来ますね!」
「ありがとうございます!またのお越しを心からお待ちしております」
「「ありがとうございました!!」」
スタッフみんな心から笑顔だ。
喜ばれるって嬉しいね!
そうして親方と奥様は大満足でお帰りになっていった。お弁当をもって。




