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一番最初のお客さんは決めてある。

スーさんとご主人の魔王様だ。


しばらく前にお誘いしたら、とても喜んでくれた。

スーさんは温泉お宿に興味津々だったし、魔王様はルナが持っていく献上品(食べ物)に興味があるそうで、揃って来てくれるって。

魔王様の見た目、どんなだろう?

恐ろしくなかったらいいな…。


スーさんたちが現れるのは源泉がある敷地内なんだけど、そこはお客さんとして最初()から来てほしい。

こっちに来て、すぐ門外に転移してもらう事になっている。


涼やかな葉っぱの垣根にある門戸を入ると、正面にある本館までは、ゆるやかに蛇行しながら平な飛び石が配されている。

雨の日に滑らないように、表面にザラザラ加工がしてあるのが親切設計でしょ♪


飛び石の周りは白っぽい砂利が施してある。

旅行雑誌なんかで見た記憶から何となくやって(もらって)みた。

我ながらいい感じだと思う♪


広い庭園には、ほどよく木が植えてある。

和風の木々や苔なんかが、侘び寂びの庭を造り出していて非常に趣がある。

なんて知った風にいってるけど、私もちゃんとはわからない。何となくの感性ね。


ちなみに飛び石通路からは、スーさんマジック?いや、造園をしてくれた魔人さんの魔法なのか?光と風が存分に通る植木の配置なのに、客室は霞んだようによく見えないという。

どういう仕組みかわからないけど、ありがとうございます。




さて、スーさんと魔王様がやって来た。

スーさんは初めて会った時と同じ、妖艶な美人さんだ。半年ぶりくらいだけど変わらずお美しい。


魔王様は、スーさんとお似合いの凄まじいイケメンさんだった。

スーさんと同じく艶のある黒髪に、冷え冷えとした銀色の瞳。

スラリと長身なのに、服の上からでもわかる鍛え上げられていると思われるお身体。


ほんと人外さんて、みなさん美形ばかりだ。


そんな二人が本館に入って来た。

入るとそこは広い三和土たたきになっている。旅館なんかにある靴を脱ぐ場所ね。

今どきの旅館やホテルなんかでは、もう靴を脱がないところも多いけど。


私たちスタッフは全員でお客様をお出迎えする。


「ようこそおいでなさいませ。ヒエムス様、エアスタース様、お待ちしておりました」

「あぁ、世話になる」


私が営業言葉なので、スーさんはちょっと目を細めておかしそうだ。


「当宿自慢の温泉でございます。まずは足湯でおくつろぎくださいませ」


そう言って足湯に誘う。

三和土の奥には、いきなり足湯があるのだ。


靴を脱がない生活の人に、素足で過ごす事は違和感しかないだろう。

まずはここで靴を脱いでもらって、足湯で先制攻撃だ♪(攻撃じゃないか)


この足湯にはある種のスライムさんにひそんでもらっている。

ドクターフィッシュって知ってる?

手足を水に入れると、角質を食べてくれるとかっていうお魚。


食事中の方はごめんなさい!

ちょっと汚い話になっちゃうかもだけど、あれにヒントを得て、角質はもちろん水虫も食べてもらっちゃおうと考えた。


スーさんと魔王様に水虫があるかわからないけど、 革靴で一日中過ごすこの世界の人々は、実はかなりの人が水虫に悩まされているんだって。

すでに働きに出ているうちの上の子たちもそうだった。毎日温泉に入るようになって症状が軽くなっていったのよ。


でも同じ靴を履いたら治らないでしょ?

そこでこの足湯を思いついた時に、靴の中の水虫菌もスライムさんにお任せしたらいいんじゃない?と閃いた。

今では上の子たちはすっかり水虫が治っているよ!


泊り客にも同じサービスをと考えている。

靴係のスライムさんには、ついでに外側の汚れも食べてもらう。

それと風魔法を操る魔獣さんに乾燥してもらって、靴のお手入れのサービスにする。


角質除去の美容に水虫治療?めちゃくちゃすごくない?

これだけでも、うちに来たくなるよね!


ちなみに風の魔獣さんも洗濯機様(水の魔獣さん)と同じく見えない。

スライムさんも透明だ。お湯の中にスライムが見えたら絶対足を入れないでしょ?




足湯に入ってもらいながらお茶とお菓子をお出しする。

温泉旅館なんかでお部屋にお菓子が置いてあるのは、空腹で温泉に入るのはよくないからだとか。


『これが言っていたドラヤキとかいうものか?』 

スーさんが目で尋ねる。

『もどきですけどね!でもまぁまぁのできです』 

私も目で返す。


和風にこだわってるんだもん。お菓子も和菓子にしたい。

でも売ってないから作ってみた。

まぁ薄いホットケーキであんこを挟んだってくらいなものだけどね。

あんこは小豆みたいな豆が売っていたから作れたのだ。


「美味いな!」


スーさんには気に入ってもらえたようだ。


「初めて食べる物だが、美味いな」


しみじみと声がした。深いいいお声だなぁ…。

魔王様だ!

お気に行ってもらえたようで何よりです!


お茶とお菓子を召し上がっていただいている間に、食事に関して質問する。

好き嫌いとか、アレルギーとかね。

今の時代にアレルギーというものは知られてなさそうだから、食べると不調になる物があるか、なんて事を聞く。

それから食事を出す時間の希望も聞く。


「ではご案内いたします」


質問が終わればお部屋までご案内する。

靴を預かった場合はサンダルを履いてもらう。

サンダルならいくらでもあるし、スライムさんにきれいにしてもらえれば色々と心配なく使えてバッチリだ♪




本館から離れには、また飛び石の上を歩いてもらう。こっちは小径風につくってあって、足元には灯りが置いてある。


いくつも穴の空いたお椀型の陶器の中には、火の魔獣さんがいる筈なんだけど姿は見えない。

陶器に空いた小さな穴からは、柔らかな光が足元を照らしていてとても綺麗だ。


「こちらでお履き物をお脱ぎください」


離れに入ると、また小さい三和土たたきがあって、そこで靴かサンダルを脱いでもらう。

一段上がって、素晴らしい透かし細工の引き戸を開けると、広いワンルームの客室になっている。


少しの空間の先にはテーブルセットがあって、ここで食事をしてもらう。

その先には庭に向かってソファーが置いてある。

どうぞ美しい日本庭園風を存分に眺めてください!


奥にはダブルサイズのベッドが並んでいて、ふかふかのお布団が敷いてある。

肌触りのいいタオルケットも間に合ったよ!

枕もやや硬めのふかふかだ。


庭とは反対側の引き戸を開けると脱衣所があり、その先は広々とした露天風呂になっている。


湯船の近くには、木製のリクライニングチェアーが二つ並んである。

その横には、うちの水道仕様と同じ、石臼から水が湧き出ている。落としても割れない木のコップも置いてあるよ。

ここで熱くなった身体を冷ませられるという仕組みだ。


湯船には、もちろん源泉かけ流しが絶え間なく注がれている。

ライオンさんの口から出てる、とかいうのじゃなくて、単に木の注ぎ口だ。

素朴な作りだけど、温泉の風情を感じられてとてもよい♪

日本の高級老舗旅館並の素晴らしいお風呂場だ。


部屋の説明を終えると


「ではお食事の時間までごゆっくりおくつろぎくださいませ。ご用がありましたら、こちらでお呼びください」


手をついて部屋を出る。




ちなみに呼び出しベルは、風の魔獣さんのベル型バージョンだ。

どうやってかベルの型になってくれて、涼やかな音まで鳴る。すると本館にいる対になっている魔獣さんが教えてくれるという仕組みだ。


部屋の灯りもすべて火の魔獣さんが活躍してくれている。

魔獣さんの姿ではなく炎としてしか見えないけど。


うちでの快適な生活や、お宿でお客様に快適に過ごしていただくには、魔獣さん達が大いに役立ってくれている。

なので、そんな魔獣さんたちとスライムさんたちとは正式に雇用契約している。

ほぼ全員見えないけど。


お給料はご飯やお菓子。それがいいんだって。

なんだか対価に合わないと思うんだけど、本人?たちがそれでいいっていうならまぁいいか。


なんでも水の魔獣さんが自慢しているのを聞いて、どうしても食べてみたかったらしい。

可愛らしくてほっこりする。




さぁ、食事の仕上げをしようか!




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