35.5
時間を少しさかのぼって、三つの小話を♪
◇◆お誕生会の話◇◆
エラムが王都に行ってしまい、少し淋しくなった我が家。
七月生まれのマリカと、過ぎてしまったけど六月生まれのサイードのお誕生会をする事にした。
八月に十二歳になるユーリンは、そろそろ見習いに出る事になる。
そんな話から、そういえば他の子たちのお誕生日は?となり、今月生まれのマリカと、先月だったサイードも一緒に祝っちゃおうという事になったのだ。
この国なのか庶民がなのか、お誕生日を祝う習慣はないらしい。
みんなはお誕生会?なにそれ?って感じだった。
誕生と十五歳の成人くらいはめでたいけど、それでも特に何かをする事はないらしい。
そうなんだ。
でも私は祝いたいから祝っちゃう!
来月はユーリンとジダンのお誕生日があるし、九月はローラが九歳になる。
楽しみや娯楽の少ないこの世界、このくらいのイベントがあったっていいじゃないか♪
というわけで、いつもより気合を入れた夕ご飯にする。
ちょっとしたプレゼントも用意してるしね。
ほんとにちょっとしたものね!
マリカには、瞳と同じ色の明るい茶色のリボン。
彼女は長い髪をポニーテールにしているので、アイシャのお店で、光沢のあるちょっといい布で作ってもらった。
品のある茶色は少しだけ大人っぽく、元気な彼女にとてもよく似合っている♪
サイードには白シャツ二枚。
商売は清潔感が大事だからね!
喜んでもらえるかな~♪
プレゼントって、もらう方もだけど贈る方も楽しいよね!
その夜は、ささやかながら楽しいお祝いになった。
プレゼントも、二人はとっても喜んでくれたよ!
お誕生日を祝う習慣がないんだから、当然プレゼントの習慣もない。
二人は喜ぶ前に驚いていて、ビックリ顔に笑えた。
他の子たちも驚いていたよ。
それから自分の時の事を思ったのか、期待に満ちたキラキラした瞳にまた笑えた。
ふっふっふ。
小春さんに任せなさ~い♪
生きていればいい事ばかりじゃない、しんどい事もたくさんある。
けれど日々、小さな幸せを作ったり感じたりしながら暮らしていける。
子供たちにはそんな考え方があると知ってもらいたい。
そう思ってもらえたらいいなぁ…。
◇◆ナルセの話◇◆
うちの温泉で湯治をした冒険者のみんなは、その後も度々お土産を持って温泉に入りに来ている。
仕事柄ケガや疲労は多そうだもんね。
彼らは最初に約束した通り、午前にやってきて温泉に入ると、それまでと変わらずみんなでお昼ご飯を食べたら帰っていく。
私たちのいる日を確認していくし、その辺の情報は共有しているようだ。
さて、そんなある日の事。
時期はお宿建築中。この頃我が家は色々な案を検討中で、その日はお料理について話し合っていた。
「市場のお肉っていまいちなんだよね…。お魚なんか論外だし…。もっと新鮮なものが手に入らないかな~。手持ちだけじゃレパートリーが少なすぎる」
「レパートリー? よくわからないけど、コハルさんの飯は美味いし、何か問題があるの?」
今日のお昼ご飯はナポリタンだ。
今日はナルセが来ていた。
ナルセはウインナーを口に入れると、のん気に言った。
「あるよ! じゃあナルセ、三種類くらいのご飯がずっとグルグルしてるのと、毎日違うご飯を食べられるのと、どっちがいい?」
ナルセは手を止めて、う~~~んと考え込んでしまった。
「作る方としては色々あった方がいいわね」
シリンが楽しそうに言った。
「そうそう、作る側もそうだよね。食べる側だって色々たくさん味わいたくない?」
「そういわれればそうかも。 それでコハルさんは新鮮な肉がほしいの?」
ナルセは食事を再開させながら言う。
「ほしいよ!でも新鮮なものは売ってないし、自分で狩りに行けないし。養豚も養牛もできないし、できても捌けないし…」
あぁ!どうしたらいいのよ!!
「なら俺が狩ってこようか?ギルドに依頼を出すと手数料が上乗せされるから、専属で俺を雇ってよ。それならコハルさんと俺で料金を決められるし。
俺、仕事真面目だよ。俺を雇ったらお得だよ」
と、食べながら器用にうったえる。
「そんなこと言って、うちの温泉とご飯が目当てなんでしょ~?」
ユーリンが笑いながら言う。
「それは大きいけどね!」
ナルセは悪びれず、いい笑顔で言った。
そうしようか。
ナルセとはこの何か月かの付き合いで人柄も知ってるし、ちゃんとしたいい子だともわかっている。
それに新鮮なお肉が必要なのも切実だ。
狩れない捌けないじゃ…、あ。
「ナルセ、狩ったものって捌ける?私たち捌けないの。捌けるならお願いしたい…」
「いいよ!狩りと、捌くのも込みでやるよ!」
という訳で、ナルセと専属契約をした。
他の四人から、抜け駆けだってゴッソリしぼられたようだったけど。(酒場で四人分の奢りね!)
ずっと後になって知る。
開業するまでに一生懸命狩りの腕を上げていたとか、解体の仕方を教わって猛練習してたとか。
それも、温泉とご飯以外の目的のためだったとか。(ニヤニヤ)
まぁ、君の努力が実ってよかったね!
◇◆親方たちの話◇◆
お宿の建築が始まった。
今回も、お風呂場を作ってもらっていた時と同じに、仕事終わりに温泉をお勧めしている。
冷たいビールも一杯つけて♪
親方たちは風呂上がりの一杯が楽しみなようだ。
前回と違うのは、シャンプーなんかも使ってもらっているという事ね。
温泉で汗を流すとはいっても、ただお湯で流すだけじゃ、もうひとつ綺麗にならないじゃない?
使った事がなかったら、本人たちはわからないけどさ。
親方達が初めてプラスチックボトルを見た時や、髪や身体を洗った後の驚きようったら!
その日は風呂上がりの至福の一杯より興奮していたくらいだったよ。
あまりのサッパリ爽快感に、家族も使わせてやりたいなぁと、思わずのように言葉が零れた。
みんな、うんうんと頷いている。
家族思いの言葉にホッコリする。
「お宿が開業したら、どうぞいらしてくださいね♪」
この頃には宿代も決まっていて、親方たちもそれを知っていた。
「ぜひそうさせてもらいやす」
「俺もいっすか!」
「金貯めてきます!」
「母ちゃん喜ぶだろうな」
開業前から予約いただきましたー!
泊ってくれた人の口コミは宣伝になる。
ネットや旅行雑誌なんてないこの世界、宣伝はすべて口コミなのだ。
だからいい加減な仕事はできない。
いい事だけじゃない、悪い事も広まっちゃうからね!
そうだ、いい事を思いついた!
早期予約だし、お世話になってるし、親方たちのお泊まりの時には特別にサービスもしちゃおうか♪
ご来宿、お待ちしております♪




