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「わっ」
朝目覚めると、同じ布団にルナが寝ていた。
魔族も眠るんだ~…。
じゃない!
見た目五歳児だからこの程度ですんだけど、最初に見た二十代くらいだったらこんなもんじゃすまなかったよ!
まったく。
両方の姿を知っていても、目に見える視覚の力って大きいんだな。
大声を出さなくてよかった。
昨日の夜、一方的に通信が終わり一人残された私。
少し待っていたけれど、今夜はもうなしかなとうちに戻り寝る事にした。
眠る時には確かに一人だったから、ルナは私が眠ってから来たんだろう。
スーさんが、ルナが読み取ったものの仕事を割り振るっていってたから、それが終わってから来たんだろうか?
いつ来たのかわからないけど、遅かったのならまだ眠いかも。
私はルナを起こさないようにそっと起きだした。
洗顔をして、いつものように朝ご飯とお弁当の支度を始める。
間もなくユーリンとシリンも起きてきた。
「コハルさんおはよ~」
「おはよ~」
「おはよう!」
ふたりは顔を洗いに外に出て行く。
ほどなく戻ってきた二人のビックリ声がかぶった。
「「コハルさん! その子誰?」」
ん? その子?
見ると足元にはちょこんとルナがいた。
あら、起きたんだ。おはよう。
「今日からうちの子になるルナだよ。小さく見えるけど、魔族だから見たまんまじゃないかも。仲良くしてあげてね」
「魔族! 私初めて見た!」
「可愛いね~! 小さいけど子供じゃないの?」
お姉さん二人はキャッキャとしてる。
「シリン、ルナに顔を洗うのを教えてあげて! ユーリンはそっちの火を見て!」
「「は~い!」」
とりあえず朝は忙しいのだ。
ルナの紹介は後回し。上の子たちには夕方になるかな。
ルナは見た目は五歳児だし、言葉もしゃべれなかったけど、行動はしっかりしていて、お姉さんたちのお世話はいらなかった。
お姉さんたちの残念そうな顔には笑えた。
お宿の方はというと、整地が終わって材木が運び込まれて来たよ。
敷地は広いからね、いくらでも置いておけるよ!
運び始めた時からずっとだけど、香木というだけあって本当にいい香りが漂っている。
量が量だからか、家の中にいてもわかるほどだ。
いい香りだな~、うっとりする。
心落ち着く香りだよ。
この香木で建てられたお宿…。
想像するだけでも嬉しくなっちゃうよ!
まぁ私はお客側じゃないけどさ。
材木が運び終わった今日は、本格的に建築作業が始まる前にご近所さんへご挨拶に回ろうと思っている。
日本だと業者さんがタオルの一本も添えてあいさつ回りをしてくれるところだけど、この世界にはそういった習慣はなかった。
うっかりしてたよ。てっきりやってくれてると思ってたからね。
習慣がないんだからしなくてもいいかと思ったけど、規模が規模だし期間も長い。
材木の搬入時にはきっとご迷惑をかけたと思うし、これから親方たちが通ってくる。
親方はもちろんだけど、職業柄か大工さんってガタイのいい人が多い。
バッタリ強面の大男に出会ったら、女性や子供はビビるだろう。
その辺の事も何となく伝えておいてあげたら親切というものだ。
三人娘とルナを連れて遠いご近所を回る。
綺麗なブルー系のタオル…、これ大丈夫だろうか?
日本なら挨拶回りにタオルが配られるのが定番なんだけど、この世界には今のところタオルってないし…。
ちょっと悩んだけど面倒くさくなって、まぁいいかとなった。
ご挨拶をしながら、お宿を開業する事や、工事期間や、親方たちの事をお伝えする。
そういう習慣がないからか、回る家回る家どこにいっても驚かれたけど、丁寧な説明や粗品(見た事もない上等なタオル)をもらって悪い気持ちになる人はいない。
円滑なご近所づきあいは気配りが大事なのだ。
お宿が開業したら、見ず知らずの人を(お客様)たくさん見かけるようになるからね。不審に思うでしょ?
まぁ私の一番の成果としては、親方の人相を伝えられた事だけど!
私たちのこうした地道な根回しもあってか、約三ヶ月にもなる建築工事はクレームのひとつもなく進んでいった。
材木の搬入が終わればそれほどご迷惑をかける事もなさそうだったしね。
謎に広い敷地なので、建築中の騒音も、遠いお隣さんに届いてないようだった。
日々の生活をしながら、社員教育もしっかりやっていく。
私の目指すお宿のサービスは日本の旅館だ。
お客様は神様です、とは思わないけれど、気持ちよく過ごしてもらえるよう、おもてなし精神を持ってもらいたい。
ユーリンとシリンは調理メインといっても、食事は部屋出しだからお運びもしてもらわなければならない。
家族経営だからね、仕事は色々兼任しなければ回らない。
基本の言葉遣いや接客態度。
私はサービス業をした事がなかったから、お客側で受けて気持ちがよかったサービスを思い出しながら教えていく。
そうそう!
マリカも一緒にお宿で働く事になったよ!
料理は二人一組で運ぶ事になる。
一人雇わなければならないと、夕食時にハローワークのようなものがあるのか聞いたら「なら私が働くわ」と言いだした。
接客業をやっているから慣れているし、一年余所で修行してたみたいなものね!だって。
マリカが戦力に加わってくれるなら心強い。
私とマリカならお客さんに対応できると思うし、一緒に組むユーリンもシリンも安心だろう。
ローラは来年王都に行く予定だから人数に入れらないしね。
男手もほしいところだけど、これ以上リスクはおかせない。
いや、リスクにするつもりはないけどね!
でも家族みんなでやってコケたら目も当てられない。
それぞれの人生設計もあるだろうし。
とりあえず私とマリカ、ユーリンシリン、お手伝いにローラと五人でやっていこうと思う。
五人でムリせずやっていけるだけの経営で始めよう。
宿代も決まった。
クバードたちに相談したところ、その国にもよるけど、冒険者相手の町の宿屋なら、一泊銀貨二〜三枚から金貨一枚まではいかないくらいとの事。
「貧乏人には縁がないけど、貴族や金持ちなんかが泊まる高級な宿屋もあるぜ。金貨一枚から上は十枚以上とか。そっちは俺も詳しくはねぇんだ」
ほぉほぉ。
老舗旅館とか高級ホテルって感じかな?
まぁそんな高いお宿にするつもりはないけどね。
最初に考えたとおり、湯治を目的にした温泉での癒しや、時間や空間を贅沢に過ごすご褒美お宿のコンセプトは変わらない。
庶民にだって人生に楽しみがあってもいいじゃないか。生きる張り合いになるよ。
という事で高い値段設定は却下!
高すぎず、でもご褒美贅沢感があるように、銀貨八枚に決めた。
金貨までになっちゃうと庶民では諦めちゃうからね。
クバードたちや親方たち、サイードにも安すぎるって言われたけど、まぁいいじゃないの。
温泉はタダだし水もタダ。食材はキャリー様とリュック様がいらっしゃる。
お宿の建築費だって塩とコショウを売ったお金だしね。
私たちの人件費とか経費を引いた利益が赤字にならなければそれでいい。
そんな風に気負わないからできるんだと思うんだ。
そして、とうとうすべての準備が整った。
発注した物もすべて揃った。どれも職人技が光る逸品揃いだ。
職人の皆さん、ありがとうございます!
見事な透かし彫りの引き戸はいつの間にか設置されているし、美しい湯船もお風呂場に鎮座されている。
風情あふれる庭園は想像以上に素晴らしいし、露天風呂からの眺めは清々しい林が広がっている。
スーさんと魔人さん達、ありがとう!
一番感謝すべきは、一世一代と気合を入れて仕事をしてくれた親方たちかもしれない。
思っていた以上に素晴らしいお宿が完成した。
親方と皆さんありがとうございました!
さぁ、温泉お宿の開業だ♪




