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四月で十歳になっているエラムは、七月から入学する事になった。
入学に関して勉強面での心配はないよ!これから学ぶはずの四則計算はバッチリマスターしちゃってるし、読み書きもOKだしね!
私とエラムは商業者ギルドに登録して、口座に生活費を振り込めるようにした。
入学金とか授業料なんかはこの町のギルドから払い込めるから、私が王都まで行く必要はないしエラムが大金を払う事もない。
商業学校にも貴族の学校と同じく寮はあるけど、自宅から通ってもいいし、自分で部屋を借りてもいいんだって。一番経済的なものを選んでいいらしい。
さすが商人のための学校。
という事で、エラムは今年は入寮するけれど、来年ローラが入学できたら部屋を借りる予定になっている。ローラがんばれ!
商業者ギルドに行ったその夜、子供たちが寝静まってから、そっと裏の源泉に向かう。
子供たちの変化はスーさんにお知らせせねば!
「スーさん、スーさん。聞こえますか?ど~ぞ」
『……おぉ、コハル。久しぶりだな。また問題が起きたか?』
私の通信は問題がある時しかないと思っているらしい。
まぁ今まではその通りだったけどね。
「問題はない訳ではないですけど、今のところ落ち着いてます。今日は問題があったからじゃなくてエラムの事で」
『ん?エラム?どうかしたか?』
それまでの経緯と、エラムが王都の学校に行く事になった事を報告する。
「準備という準備もありませんし、明後日の朝には出発します」
『ずいぶん早いな』
「そうですね、でも十歳になってすでに三ヶ月程過ぎてますし。まぁきっちり誕生月から入学しなくちゃならないって事もないそうですが」
だいたい十歳のうちにって感じらしい。
ファンタジーの世界はアバウトだよ。
『そうか。 ローラはどうしてる?』
「やっぱり淋しそうですが、来年自分も学校に行けるようにって気持ちを前向きにして頑張ってますよ。ひとりで旅立つエラムを応援してるくらいです」
ほぉ…。
感心したようなスーさんの深い息遣い。
『ローラがな…。短い時間でずいぶん強くなったものだ』
「私もそう思います。いざとなると女の子の方が強いのかも」
『それは言えるな』
ふたりで密やかに笑ってしまった。
「では明日も早いのでもう寝ます。また何かあったらお知らせしますね」
『あぁ、いつでも待っている』
「おやすみなさい」
『おやすみ』
私は大あくびをしつつ、心穏やかに家路についた。
なんて大げさにいっても徒歩二分くらいなもんだけどね!
「じゃあ、いってきます!」
旅立ちの朝、駅馬車の乗合所まで下の子たちとエラムを見送りに来た。
上の子たちは仕事がある。見送りくらいで遅刻はしないのだ。
ちゃんと家を出る前に別れはすませてあるしね。
エラムの隣にはクバードが立っている。王都まではクバードに送ってもらう。
さすがにひとりで初めての旅は可哀想だもんね。
ちなみにちゃんと冒険者ギルドに依頼を出して、受けてもらっているよ。
「いってらっしゃい、身体に気をつけるんだよ」
「いってらっしゃい。がんばれ!」
「いってらっしゃい。しっかりね!」
「にぃに…。 いってらっしゃい!お休みには帰ってきてね!」
それぞれ声をかける。
もう二度と会えなくなる訳じゃないのに、やっぱりこういう時って淋しいね。
そのまま続く言葉がなくて沈黙していると、御者さんから声がかかった。
出発の時間だ。
「じゃあクバード、よろしくね」
「あぁ、まかせろ」
二人は馬車に乗った。
御者さんの掛け声とともに馬は走りだす。
エラムが窓から顔を出してこっちに向かって大きく手を振っている。
危ない!頭を入れなさい!
クバード!頼むよ!!
焦っているうちに、馬車は大門を出て見えなくなっていった。
淋しい気持ちがどっかにいったじゃないか!
「にぃに……」
ローラは大粒の涙が後から後から零れている。
抱きしめて、よしよしと背中をさすってあげる。
淋しいね。こんなしんみりしちゃった気持ちの時は
「今日は家事はお休みにして美味しいお菓子を作ろうか!夕ご飯も手の込んだ美味しい物を作ろう!」
「「うん!」」
大きな声で明るく楽しい事を提案する。
ユーリンとシリンは満面の笑みで、ローラもちょっとだけ元気を出して返事をした。
それじゃあ朝市によろう♪
夕方の市しか来た事がないからね。朝なら採れたて野菜なんかもあるかも!
沈んだ気分もちょっと上がってきた。
わくわくしながら四人で朝市を見て回る。
野菜もだけど、瑞々しい果物もいっぱいあるよ!
いろいろ買って帰ろう♪
果物といっても、元の世界で食べていたような甘さは期待できない。
品種改良なんて言葉もないこの世界(時代?)ぼんやりした甘さでも上等な部類なのだ。
「コハルさん、何を買うの?」
「果物かな~。ジャムを作ろうと思ってね。パンにつけて食べたら美味しいよ」
「ジャム!何それ!作るの楽しみ~!」
「じゃあ君たち、食べたい果物を一種類ずつ選んでいいよ」
「「わーい!!」」
子供たちが選んでるうちに、私はピクルス用の野菜でも選んでおきますか。
洋服や可愛い物なんかではないけど、お買い物ってやっぱりテンションが上がるね!
こんな事で少しでも淋しさが紛らわせるなら、いくらでも買ってやろうじゃないの♪
あ、いや。いくらでもっていうのはちょっと言い過ぎか。
三人が選んだ果物は、オレンジに洋ナシみたいな物にモモと、かぶってないから色々楽しめそうだ♪
ずっとチーズトーストかバタートーストだったから飽きてきたところだったんだ。
家に帰ったら、さっそく三人にそれぞれ自分の選んだ果物でジャムを作ってもらう。
まぁ難しい事はない。皮をむいて細かく切ったらお砂糖と煮詰めるだけだ。
「水分がなくなるまで焦げないようにかき混ぜててね」
「「うん!」」
三人は、誰のが一番美味しくできるか密かに対戦モードのようだ。
競い合うっていうのはいいね!腕の向上につながると思う♪
三人が火の前でまぜまぜしてる間に、私はピクルスを作っておこう。
さっき三人が皮をむいてる間にピクルス液を作っておいたんだ。
夏バテ防止になるかわからないけど、お酢って何か身体によさそうな気がするから、まぁいっか♪
この世界?この町?には元の世界のような色んな調味料はないけれど、塩と同じくらいお酢は普及している。
そういえば元の世界でもビネガーは古代から一般的に出回っていたと何かで読んだ事がある。
キャリー様の中にはお酢はなかったけど、こっちで買えたからよかった♪
見送りに行き、市場でお買い物をして、帰ってきてからジャムを作り始めたけど、余裕でお昼には出来上がった。
せっかくだから出来立てを食べようとパンを出す。
「今日のお昼ご飯はジャムパンね!ジャムを食べ比べてみようか♪」
三人は歓声を上げる。嬉しそうでよかった。
パンを食べる前に、あぁそうだと魔獣さんにも三種類のジャムを塗ったパンを持っていく。
「毎日ありがとう。一日だけど、今日はお休みしてください。これは出来立ての、ジャムという食べ物です。どうぞ召し上がれ♪」
一緒に住んでる?んだから、魔獣さんも家族みたいなもんだよね。
子供たちが初めて作ったジャムは、思った以上に美味しく出来たよ!
翌朝食べた上の子たちにも大好評で、毎度の事ながら、しばらくの間ジャムパンが続く日々になったというね…。




