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魔獣さんがいるから、私と(責任者がいないとね!)エラムとローラが洗濯係をして、ユーリンとシリンには朝食の後片付けとご飯炊きをお願いした。
この世界の子供たちは貴重な労働力だ。みんな家の手伝いができる。当然火を扱う炊事もお手の物だ。
ご飯を炊いて何をするか?
こちらは仕事の依頼主になるんだけど、子供が見習いに行っているところなら手土産が必要かなと。
……これって日本人的発想?
まぁ、そういう事で手土産を作ろうって訳ね。
持っていくものは肉巻おにぎり。
大陸でも東地域にあるというこの国では、お米は主流ではないものの、ない訳ではないらしい。
昨日の生姜焼きは、子供たちもサイードもめちゃくちゃ喜んで食べていたし、醤油味は大丈夫と思う。
大工さんなんて体力を使う仕事でしょ?
肉巻のインパクトは大きいし、男はやっぱ肉が好きだよね!(勝手なイメージ!)
洗濯が終わって台所に行くと、ご飯も炊きあがる頃だった。
「もう終わったの?早いね~!」
ユーリンとシリンは驚いている。
私たちも驚いたよね~と、三人で顔を見合わせて笑顔になる。
洗濯時間はいつもの半分以下だった。
炊けたご飯を広げて冷ます。
握れるくらいに冷めたら小ぶりの俵型を作る。上からお肉を巻いちゃうから多少形がいびつでもオーケー!みんなで握る。
キャリーケースから出した薄切りの牛肉で巻いて焼く。
火が通ってきたら、焼肉のタレをからめれば出来上がりだ♪
「うわ~、いい匂い~!」
「すっごい美味しそう!さっき朝ご飯を食べたばかりだけど食べたい!」
いい匂いだよね~。
小春さんはさすがにまだ入らないけど!
「これはお土産だから、食べる分はまた今度作ろうね。さあ出かける支度をしよう!」
そうそう。
私は小皿に肉巻おにぎりをひとつのせると外に出た。
たらいの前にお皿を置いて、見えない魔獣さんにお礼をする。
「魔獣さんありがとうございました。これはお礼です。食べられるようならどうぞ」
帰ってきて見てみたら、お皿は空になっていた。
魔獣さんが食べたのか?鳥が食べちゃったのか?わからないけど、とりあえず労働のお礼は毎日続けようと思う。
町の外れにあるという家から、東広場には歩いて二十分程かかるそう。
マリカの働いている食堂は、広場を中心に円になって並んでいるお店の中のひとつだ。
待ち合わせたサイードに教えられたそのお店には、後から行く事になっている。
ジダンが見習いに行っている工務店はそこから更に五分程だって。
サイードに連れて行ってもらい、あそこだよと教えられて、じゃあ後で!とそこで別れる。
サイードと子供たちには、一足先にマリカの働く食堂に行ってもらう。
さて。工務店の前で訪いを入れようとした時、低い声と鈍い音が聞こえた。
「仕事を依頼するからって偉そうにするんじゃねーよ!」
ゴツッという、嫌な音。
私は音のする方、建物と建物の間の薄暗い隙間を覗いた。
ジダン!!
ジダンと、ジダンと同じくらいの背丈の男がいて、ジダンはその男の足元にうずくまっていた。
おい!うちの子に何してやがるんだ!
テオスとジダンの話を思い出した。
こういう事か。
私はカッとなった後、……我ながら驚くほど冷静になった。
考えろ。
感情のままに怒鳴り込んではいけない。
ジダンにとって一番いい方法を考えなくちゃ。
私は一歩下がってから、聞こえるように独り言をいった。
「あったあった。ここね、ジダンいるかしら?」
二人がいる辺りでは慌てて動いたような物音がした。
私は一歩前に足を踏みだして、何の音かしら?というようにそちらを見る。
「あら…。そこにいるのは、ジダン?」
「うん…」
「そんなところで何をしているの?そちらの方は?」
二人は隙間から出てきた。
明るいところで見たら、その男はまだ若く、というか、ジダンと同じくらいに見える男の子だった。
「一緒に下働きしてる、先輩……」
「まぁ!初めまして。先輩というと…、ジダンによくしてくれているという方かしら?いつもありがとうね」
ニッコリ微笑んでそう言えば、先輩は居心地の悪そうな顔をして、はい…とか、いいえ…とかボソボソ呟いている。
カッとなった時は、このヤロー!と思ったけど、明るいところで見た顔は、勝気げだけどそこまで性根が悪そうには見えない。
私にお礼を言われて気まずそうに目が泳いでいるし。
まぁジダンにした事を思えば許せないけどね!
「ジダンこれを持ってくれる?重くて……。 ありがとう。じゃあ親方のところに案内して」
手土産を持ってくれたジダンが先を歩く。
「先輩も一緒に行きましょう。もうお昼だし、ご飯になるでしょ?」
取り残された先輩に声をかけると、ビクリと肩がはねた。
何ともいえない顔をして後についてくる。
先にお店の中に入ったジダンが声を上げた。
「親方、今朝話したコハルさんです」
奥には親方というのにふさわしい…、というのかな?
ちょっと…、いやかなり…、だいぶ…?悪人顔をした、いかにも力仕事をやってます、という小山のような男の人がいた。
圧がすごい!!
「初めまして、ジダンがお世話になっております。子供たちの保護者をしていますコハルと申します。こちらの都合でお昼の時間にすみません」
「ご丁寧にどうも。ここの店主をやっているハリルといいやす。仕事のご依頼ならそちらの都合でかまいませんや」
そう言って、ちょっと笑った……。
悪人顔が、もうちょっと凶悪になった。
「ほんの気持ちですが、どうぞみなさんで召し上がってください」
内心、怖い顔だな~なんて失礼な事を思いつつジダンを見ると、ジダンは持ってくれていた肉巻おにぎりのはいった入れ物を差し出した。
「ありがとうございやす。美味そうな匂いだ」
嬉しそうに、 笑った……?
嬉しいのかな? 本心かな?
悪巧みが成功したような顔だよ!
サイードから聞いた先入観があるから、悪い事を考えている顔にしか見えないよ!
とまぁ……。
そんな私の内心は置いといて、依頼の話はサクサク進んでいった。
作ってほしいイメージは絵に描いて伝えたり。
親方は、それなら二日くらいでできると請け負ってくれた。(二日?)
さっそく明日から作業開始してくれるそうだ。
心配していた料金だけど、脱衣所と洗い場と仕切りで金貨十二枚だって。
それが高いのか安いのかはわからない…。
まぁいいか。
とりあえず出来上がるのが楽しみだ♪
ジダンの仕事環境もしっかりチェックしなくちゃだしね!
「じゃあジダン、午後も頑張ってね!」
「うん…」
店先まで見送ってくれたジダンに声をかけて、私は待ち合わせをしているマリカの働いているお店に向かった。
♪チリンチリン♪
ドアを開けると、可愛らしいベルの音が迎えてくれる。
「「いらっしゃいませ!」」
店内に響く、活気のある店員さんたちの声。
「あ、コハルさん!」という声が聞こえた方を見ると、マリカが客席と客席の間の狭い通路を器用にやって来る。
「みんなはこっちだよ!」と子供たちのいる窓際の奥の席に連れて行ってくれた。
「コハルさん早かったね~!」
「おれたちもう食べちゃったよ!」
「コハルさんは何にする?」
「マリカ、お勧めをひとつお願いね」
「は~い! 日替わり一丁追加ね~!」
マリカは厨房に大声でオーダーを通すと、小さく手を振って仕事に戻って行った。
マリカは可愛いなぁ。きっと看板娘だろう♪
食事を終えて「じゃあマリカがんばってね」と店を後にする。
お料理の感想は…、勝った!だった。
まぁ私が勝ったというより、日本の食品メーカーさんの勝利って感じだけど!
食堂から出て歩き出した子供たちも、こっそりと嬉しそうに言った。
「コハルさんのご飯の方が美味しいね!」
みんなうんうんと頷く。
「コハルさんの料理なら店が出せますよ」
「コハルさんのご飯は私たちのものよ!」
みんな激しく頷く。
元の世界でも世界中に日本食レストランはあったし、日本の食品が流通していた。
美味しい物は国境を超える!世界も越えるね!
今のところ身内だけだけど!